第25話「特別依頼」
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「貴様……あの時の冒険者か!」
騎士団舎のほうから、怒りを隠そうともせずやってくるのは、おなじみ高圧的な態度のボッツ小隊長だった。大熊屋で会った時と同じ取り巻きを連れている。
イヤな奴に見つかったもんだな。
ボッツが俺の前に来ると、取り巻き達が俺とクィオスのおっちゃんたちを囲むように位置取る。
「ここは部外者が入っていいところじゃないぞ! とっとと消え失せろ!」
「へいへい、わかってますわかってます」
確かに騎士団の駐屯地なんて言ってみれば軍の基地。普段は部外者が入れるようなところではないのだろう。
にしても、ボッツ小隊長、ピリピリしすぎじゃないか?
「それとも、スパイか、貴様ァ!」
「言いがかりだな。あんたらの隊長に会って無事に帰ってるんだから、スパイってことないだろ」
こういうときは早めに退散するに限る。クィオスのおっちゃんからは十分に情報をもらったしな。
「チッ! 失せろ! 冒険者ごときが!」
「……」
「まあまあ、ボッツ小隊長。ここは言うなれば敷地外ですし、そのくらいで……彼は……」
「クィオスさん、アンタもアンタだ! 部外者と無駄話をして時間を潰して、犬ッコロと遊んでいれば金がもらえるんだからな、楽な仕事だよ! まったく!」
俺の心の中にイラっとした感情が生まれる。
何でコイツこんなに高圧的な態度なんだ?
……いつも月が明るい夜ばかりじゃねえぞ?
「そろそろ時間だ。早く犬を用意しておけ!」
「できていますよ。あとは騎乗具を載せるだけです」
「それを早くしておけというのだ! バルグム隊長もお待ちだからな。これだから調教士は愚図で困る」
「……待てよお前」
思わず俺の口から怒りの声が飛び出る。何でおっちゃんがここまで言われるんだよ。
「俺はともかく、おっちゃんはちゃんと仕事してたぜ? 言いすぎだろ」
ボッツはチッと舌打ちすると、俺の方へと向き直る。
あ、イヤな予感。
「やはり貴様は捕らえておくか? 2日くらい牢屋に入れば、貴様のような冒険者も目が覚めるだろうよ……」
ボッツの目配せひとつで、じりっと包囲の輪が狭まっていく。かなり統制が取れた動きだ。
まさかこいつら、いつもやってんのか、似たようなこと。
腐っても騎士団。ここで倒してしまっては本当に俺が犯罪者で牢屋行きだ。だが、このまま意味も無く捕まるつもりもない。
俺は頭の中で行使する魔術の順番を考えておく。
――――やるか?
「――マコト君じゃないか。何をしてるんだい?」
危うい緊張が弾ける直前に、涼やかな声が俺たちに掛かった。
ルーク・フィオスター。若き金髪イケメン騎士。
自分より偉い人物が現れると、ボッツの態度が目に見えて崩れた。
「よ、用意しておけ!」
捨て台詞を残し、ボッツと取り巻きが去っていく。おっちゃんが安堵の息をついた。何事も起きなかったことに安心したのだろう。
去っていくボッツたちを、にこやかな顔でルークが見送る。
「助かりました……ルーク第1分隊長」
「いいんですよ。クィオスさん。あなたもお仕事があるでしょう」
「はい。それでは失礼します」
ルークに礼を言っておっちゃんがマルフたちの方へと走っていく。いまから鞍やら手綱やらを付けるのだろう。
「おっちゃんは悪くない。部外者の俺が勝手に入ったのが悪かった」
「そうですね。ボッツさんはいき過ぎなところがありますが……。マコト君、開かれた騎士団ではありますが、入るには正式な手順を踏んでほしいですね」
ルークが苦笑して肩をすくめる。どうやらお咎めはなさそうだ。まあ、外周部の無断侵入程度なら、怒られて追い出されるくらいなもんだろう。悪辣な奴に見つかったりしない限りはな。
俺が足元のクーちゃんを抱き上げたところで、ルークが口を開いた。
「ところで、どうしてボッツさんはクィオスさんに詰め寄っていたのです?」
「なんだか、バルグムのためにマルフを用意しろって言ってたぜ」
「マルフを……そうか……。マコト君。君は冒険者だったよね。ひとつ、依頼を受けてはもらえませんか?」
「冒険者ギルドとかじゃなくて、俺に?」
「バルグムの統括する第3分隊の動きがどうやらきな臭い。バルグム隊長は騎士団舎にいるんだが、第3分隊の姿が昨日から見えないんだ。マルフを使うということは、バルグム自身がそれなりの距離を移動するみたいなんだが……どこに行くのか突き止めて欲しいんだ」
ルークは芝居がかった動作で両手を広げると、こちらの両肩にがっしと手を置く。俺に顔を近づけると、声を潜めて言った。
「それで、僕はその間にバルグムの周辺を調べて証拠固めをしたい。だから、もしもの時は、彼らの足止めをお願いしたいんだ」
「部隊を相手に? 無理だろ……でしょ」
おっと思わず素が。
「いや、出来る限りでいいんだ。無理そうだと思ったら撤退してもらってかまわない」
「何で俺に? それこそギルドでもっとランクの高い奴を雇うべきだろ?」
「ケイブドラゴンを倒しうる君が弱いとは、私は思わないよ。報酬はそうだな……5万シーム。どうだい? 受けてくれるかい?」
ご! ごまん!?
どうなんだ、この依頼。受けるべきか? いや、そもそも俺ひとり?
ルークは真剣な顔で俺を見つめている。視線の圧力が俺を襲う。
まあ、ルークは騎士団の隊長格だし、受けてもいいか。いいよね?
何よりこの報酬は魅力的だ……! 5万あれば、あれ買ってこれ買って……。はっ! 顔に出てないよな!? 飛びついては駄目だ! ここは渋ったふりして、受けるように持っていかなくては!
「ふ、普通は受けないでしょう……ですが、何事も経験ですし、受けさせてもらいます」
俺はルークの両手を万力の如き力で掴むと、ぶんぶんと振りたくった。
「あ、ありがとう。頼むよ……」
俺との契約が成立し、ルークは騎士団舎へと戻っていった。若干引いていたように見えたのは気のせいだろう。
追跡か。そうと決まったら準備が必要だな。マルフがどれくらいの速度で進むのかはわからないが、徒歩で視認しながら追いかけるのは難しいだろう。
となれば……。
俺は放牧場の方へと歩いていく。バルグム自身に何かをしかけるのは無理だろうが、こっちはどうかな。
俺は忙しそうに準備をしているおっちゃんの近くへとそっと寄っていく。
「おっちゃん、準備見せてもらっていいか?」
「おお! 危ないから離れてな!」
多くの人間が動く中、エルナトは悠然と立っていた。
おっちゃんは部下の人と一緒に手際良くエルナトに騎乗具を装備している。
轡は口に食ませるタイプではなく、咬みついたりできるように配慮されているのか、口元を邪魔しないタイプになっていた。手際よく鞍を載せると、部下の1人がお腹の下にもぐりこんでベルトを締めていく。
装備が終わり、おっちゃんがエルナトを撫でると、エルナトはその場に伏せた。おっちゃんたちはすぐに次のマルフの装備に取り掛かる。
俺から見ても彼らの動きはとても洗練されていて、見ていて気持ちがいい。職人の動きだ。
そんな中、俺はエルナトに近寄っていく。
ぴくっとエルナトの耳が反応するが、起き上がったり吠えたりはしないみたいだ。
「……<印>」
俺がフードマントに隠した内側で魔法陣が割れる。無事エルナトに<印>が掛かったのを確認する。
よし……。これで離れても追跡ができるはず。
俺はちょっと考えると、鞄から保存食として買っておいた燻製肉を取り出す。クーちゃんが目を輝かせてぴょんぴょんするが、これはクーちゃんにあげるための肉じゃない。俺は燻製肉を一口サイズに切り分けた。
「<印>」
俺は燻製肉にマーカーをかけると。エルナトの前で振る。
あれ!? 反応しない!? まさか自分で判断して食べない、とか?
目線すら動かないとは……かしこすぎるだろ、赤級。
俺はエルナトに食べさせるのをあきらめると、他のマルフに近づく。どうやらだいたいの準備は終わったらしく、おっちゃんの部下が騎士団舎の方へ走っていくのが見える。
おっちゃんも一緒に行くのか、厚手の騎士団マント姿になっていた。マルフに騎乗している姿は、なんだか格好よく見える。
「おっちゃんも行くんだ」
「ん? ああ、私はバルグム隊長ほど強いわけじゃないが、向こうでマルフと乗り手にマナの繋がりを繋ぐ仕事があるからね」
「そっかあ」
見ればマルフ数頭に騎乗具が装備されており、乗り手がいないまま放牧地の外へと連れて行かれている。
あまり時間は無いな。正面から攻めるか。
「おっちゃん! 出陣前にマルフに食べさせてやりたいんだけどいいかな?」
俺は犬上のおっちゃんに大声で呼びかけた。燻製肉を振って見せると、おっちゃんの乗っているマルフはすごく反応した。肉につられて顔が動く。右へー。左へー。
「うーん……出撃前は食べさせないんだけどね。決められた食べ物しかあげてはいけないし」
「えぇー……」
――失敗か。
俺は燻製肉を鞄に戻す。
エサをあげられなかった残念と上手くいかなかった落胆が俺の雰囲気を暗くする。
俺が相当しょんぼりしているのを見てか、おっちゃんはごそごそと懐を探りはじめた。
「しょうがないなあ。じゃあ、これを食べさせるといい。マルフ向けの携帯餌だ」
おっちゃんが投げてきたブロックのようなものを俺は受け取る。
騎士団舎からさっき走っていった部下が戻ってきたのが見えた。おっちゃんに大声で呼びかけている。
「クィオス部長! そろそろ出発です!」
「わかったよ! エルナトを連れて行ってくれ。表で!」
おっちゃんが呼びかけに答えるために振り向いた。遠くにいる伝令に大声で答える。
――今だ!
俺はこっそりと<印>を携帯餌にかけると、マルフに放る。マルフは大きな口を開けると、ぱくっと一口に飲み込んだ。
「っとと……。うん。それじゃあ私は行ってくるよ。マルフのことで聞きたいことがあったら、いつでも来ておくれ。ただし、敷地の外側で声をかけておくれよ」
「ありがとう、おっちゃん。また寄らせてもらうよ」
おっちゃんはすばらしい手綱さばきでマルフを回頭させると、放牧地から出陣していった。
俺もできるだけゆったりとした足取りで敷地から離れる。
さて、追跡させてもらうとしましょうか。
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