第256話「魔術創生」
火線が走る。
立ち位置を変えながら、できるかぎり挟撃になるように魔術を放つ。
弾速の速い<雷撃>や<氷刃>を中心に、発生の遅い<輝点爆轟>や<氷閃刃>を織り交ぜていく。
フェイは俺の魔術に完璧に合わせていた。始めは俺がフェイの魔術に合わせて起動するつもりだったが、気が付けば俺がサポートされている。
フェイの魔術の腕は一級品だ。選択肢こそ火炎系統の魔術ばかりだが、その技は多彩だ。
つい威力で押しがちな俺とは違う。魔術を使い始めてそれなりにたつが、この域まで達するにはもう少しかかる。
魔法陣が砕け、氷の刃や炎の球が乱れ飛ぶ。火炎の杭が突き刺さり、雷撃の奔流が炎の魔人を押し流そうとする。
ここにきて、俺は違和感を感じていた。
確かに炎の魔人は、膨大なマナの持ち主かもしれない。素体が巨大スノウエレメンタルとやりあった始原の炎だ。
とはいえ。
……あまりにも魔術慣れしてないか?
今や炎の魔人は自身の腕から生み出した炎の盾で魔術を防いでいた。こちらに放つ魔術も、槍状になっているなどある程度形が整えられている。
これまで魔物が使う<魔法>は、たいていそのままの状態で放たれていた。
「フェイ……」
「何よ」
フェイの息が荒い。眼の下にはくまが見える。かなりの魔術を連続で起動しているのだ。魔道具の支援があるとはいえ、マナの消費が限界近いのだろう。
「ここまで騒がしくやってるのに、誰も出てこないのって、そんなことあるのか?」
フェイの顔が青ざめた。俺と同じ可能性に至ったらしい。
ギルド敷地内にいた魔術師は、すでにレブナントの犠牲になっている。
レブナントは憑依した相手の技術を模倣する。魔術も模倣できるんじゃないか?
「――――<火閃花>!」
フェイが掲げた杖の先から一本の光の線が走る。空中に撃ち出された小さな火の玉は、そのまま轟音と共に真っ赤な火炎の花を咲かせた。
緊急を知らせるために打ち上げたものだろう。だが、誰も出て来る様子はない。やはり、魔術師ギルド敷地内にはもう誰もいないのだ。
フェイが唇を噛んだ。まるでわが身を切られたかのような痛みをこらえる表情になった。
フェイが口を開いたが、その声は聞こえなかった。
その声にかぶせるように、炎の魔人が吼えたからだ。
――オオオォオオオォォオオオオオっ!!
ぞくりと嫌な予感。
フェイも同じことを感じたらしく、炎の魔人を見る。壊れた笛のように遠く低く、音を出している。まるで呪いの歌のようなその響きに、肌が粟立つ。
肩にわずかな痛み。しがみついているクーちゃんが、乗り出すようにして炎の魔人を眺めていた。
「――――詠唱だわ」
ぽつりと呟いたフェイの声。
応えるように、炎の魔人が空中に魔法陣を描き出す。
「げッ!?」
空中に描き出されたそれは、お世辞にもきれいな形とは言えない。人間の魔術師が出すような魔法陣にくらべると、まるで三歳児の落書きのようなもの。
だが、それは、魔物が創り出した魔法陣なのだ。空中に描かれた歪な魔法陣は、おそろしく大きい。
魔法陣は割れなかった。
そのまま染み出すように、魔法陣の中心から地獄に存在する光のような輝きが漏れる。
〝獄炎”とでも言うべきか。まるで汚染された物体を燃やしたかのような、病気の患部の色とも言える赤紫色の炎。
ごぼりという音が聞こえた。射出というより、まるで扉が開いて、危険な汚水が漏れ出すように炎がまろびでた。一度汚泥のようにたまると、塊になって落ちて来る。まるで隕石だ。走って逃げきれるような大きさじゃない。
「<受け流せ、盾よ! 火炎盾>!!」
フェイの魔術が起動した。魔法陣五枚。炎の盾が多重に展開した姿は、もはや壁だ。それが角度をつけて斜めに設置。
「<守護殻>!!」
魔法陣二つを使って俺とフェイを包むように<守護殻>を多重展開。白い防御の殻が一瞬視界を閉ざす。だが、すぐにぶつけられた炎によって赤黒く染まっていく。着弾したのだ。ミキサーの中のような轟音が耳を突き刺し、一瞬にして熱気が<守護殻>内に押し寄せる。
「おおおおおおおおッ!!」
吼えた。<氷結の魔眼>で空気を冷却。布から染み出すように、守護殻の内側に炎が入り込んでくる。
外はどうなってるんだ。
守護殻の外側は、まだ炎が荒れ狂っているのか。それとも、これをやり過ごせば大丈夫なのか。
俺はさらに<氷結の魔眼>の眼力を強めた。押し寄せる炎をふせげる助けになればと、影の炎で出来た腕で押し返す。
熱い!
熱い熱い痛い!!
皮膚が焼けただれることはないが、熱さと痛みはそのままだ。自分で焼けた鉄を掴んでいるようなもの。だが、やめるわけにもいかない。押し返せなければ、死ぬ。
<体得! 魔法「腐敗炎星」をラーニングしました>
俺の手元で魔法陣が割れる。<魂断>。マナを断ち切る刃が、両の掌から突き出される。
呪いの炎が、割れた。
「――――ああああああッ!!」
いつの間にか叫んでいた。喉を傷めたのか、血の味がする。
ごっそりマナを使った。虚脱感がひどい。フェイを見れば、なんとか生きているらしい。だが、巻き込まれた魔道具はほとんどが全損。あと何回魔術が使えるか。
「……魔物が魔術を使うなんて……聞いたことないわよ……」
「実際目の前にあるんだから、しょうがないだろ……。あいつ、なんだか小さくなってないか?」
フェイは疲労が濃い目で炎の魔人を見る。魔術を使った反動か、身体を構成する炎が若干弱まっている感じがする。身体をマナで保持しているのだろう。魔術を使えばマナが減る。
「魔術を使わせ続ければ消滅したりするんじゃないか?」
「馬鹿。その前に私達が死ぬわよ」
俺はうめいた。次に<腐敗炎星>を使われたら防ぎようがない。俺はちらりと肩のクーちゃんを見た。可能性があるとすれば、聖王都地下戦の時のように、あのでかい狼に変化することだろうが、どうやって変化したものかさっぱり見当がつかない。
炎の魔人が動きだした。
大きく口っぽい部分を開け、再び歪な音を流し始める。詠唱だ。
覚えたての魔術で、確実にこちらを葬るつもりだ。
「くそッ! 何か……どうにかならないのかよ……!」
物理攻撃は効かない。手足がちぎれても再生する。
魔術攻撃は防がれる。いまやこっちが防戦一方だ。
一撃で絶命させるには、始原の炎を一撃で倒すレベルの攻撃が必要。
何か、手段はないか!?
せめて、力を削ぐ方法! ないか!?
「――――困っておるようじゃな?」
涼し気な声が聞こえた。
「ミオセルタ!!」
魚人の老研究者。ぼろぼろの魔術ゴーレムのボディは、ところどころ応急処置がしてあった。そういえばもとは作業用ゴーレム。自分で修理したのか。
「時間はあまりないようじゃ。……フェイ・ティモット」
ミオセルタがフェイの名前を呼ぶ。どうしてここでフェイが出る。そりゃ、一緒に戦ってるから呼ばれることもあるだろうが。何か違う。
ミオセルタの行動に、俺はボディとなっている魔術ゴーレムに疑念の目を向ける。
まるで託宣をつげる者のように、ミオセルタは厳かに言った。
「準備と覚悟はよいかの?」
フェイは頷いた。その目はぎらぎらと輝いていた。




