表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
267/296

第256話「魔術創生」

 火線が走る。

 立ち位置を変えながら、できるかぎり挟撃になるように魔術を放つ。

 弾速の速い<雷撃(ライトニング)>や<氷刃(アイシクルエッジ)>を中心に、発生の遅い<輝点爆轟(フレアバースト)>や<氷閃刃(アイシクルレイザー)>を織り交ぜていく。

 フェイは俺の魔術に完璧に合わせていた。始めは俺がフェイの魔術に合わせて起動するつもりだったが、気が付けば俺がサポートされている。

 フェイの魔術の腕は一級品だ。選択肢こそ火炎系統の魔術ばかりだが、その技は多彩だ。

 つい威力で押しがちな俺とは違う。魔術を使い始めてそれなりにたつが、この域まで達するにはもう少しかかる。

 魔法陣が砕け、氷の刃や炎の球が乱れ飛ぶ。火炎の杭が突き刺さり、雷撃の奔流が炎の魔人(イフリート)を押し流そうとする。


 ここにきて、俺は違和感を感じていた。

 確かに炎の魔人(イフリート)は、膨大なマナの持ち主かもしれない。素体が巨大スノウエレメンタルとやりあった始原の炎(フィル・フラムス)だ。

 とはいえ。


 ……あまりにも魔術慣れしてないか?


 今や炎の魔人(イフリート)は自身の腕から生み出した炎の盾で魔術を防いでいた。こちらに放つ魔術も、槍状になっているなどある程度形が整えられている。

 これまで魔物が使う<魔法>は、たいていそのままの状態で放たれていた。

 

「フェイ……」

「何よ」


 フェイの息が荒い。眼の下にはくまが見える。かなりの魔術を連続で起動しているのだ。魔道具の支援があるとはいえ、マナの消費が限界近いのだろう。


「ここまで騒がしくやってるのに、誰も出てこないのって、そんなことあるのか?」


 フェイの顔が青ざめた。俺と同じ可能性に至ったらしい。

 ギルド敷地内にいた魔術師は、すでにレブナントの犠牲になっている。

 レブナントは憑依した相手の技術を模倣する。魔術も模倣できるんじゃないか?


「――――<火閃花フレアライト>!」


 フェイが掲げた杖の先から一本の光の線が走る。空中に撃ち出された小さな火の玉は、そのまま轟音と共に真っ赤な火炎の花を咲かせた。

 緊急を知らせるために打ち上げたものだろう。だが、誰も出て来る様子はない。やはり、魔術師ギルド敷地内にはもう誰もいないのだ。

 フェイが唇を噛んだ。まるでわが身を切られたかのような痛みをこらえる表情になった。


 フェイが口を開いたが、その声は聞こえなかった。

 その声にかぶせるように、炎の魔人(イフリート)が吼えたからだ。


 ――オオオォオオオォォオオオオオっ!!


 ぞくりと嫌な予感。

 フェイも同じことを感じたらしく、炎の魔人(イフリート)を見る。壊れた笛のように遠く低く、音を出している。まるで呪いの歌のようなその響きに、肌が粟立つ。

 肩にわずかな痛み。しがみついているクーちゃんが、乗り出すようにして炎の魔人(イフリート)を眺めていた。


「――――詠唱だわ」


 ぽつりと呟いたフェイの声。

 応えるように、炎の魔人(イフリート)が空中に魔法陣を描き出す。


「げッ!?」


 空中に描き出されたそれは、お世辞にもきれいな形とは言えない。人間の魔術師が出すような魔法陣にくらべると、まるで三歳児の落書きのようなもの。

 だが、それは、魔物が創り出した魔法陣なのだ。空中に描かれた歪な魔法陣は、おそろしく大きい。


 魔法陣は割れなかった。

 そのまま染み出すように、魔法陣の中心から地獄に存在する光のような輝きが漏れる。

 〝獄炎”とでも言うべきか。まるで汚染された物体を燃やしたかのような、病気の患部の色とも言える赤紫色の炎。


 ごぼりという音が聞こえた。射出というより、まるで扉が開いて、危険な汚水が漏れ出すように炎がまろびでた。一度汚泥のようにたまると、塊になって落ちて来る。まるで隕石だ。走って逃げきれるような大きさじゃない。


「<受け流せ、盾よ! 火炎盾(フレアシールド)>!!」


 フェイの魔術が起動した。魔法陣五枚。炎の盾が多重に展開した姿は、もはや壁だ。それが角度をつけて斜めに設置。


「<守護殻(ガーディアンシェル)>!!」


 魔法陣二つを使って俺とフェイを包むように<守護殻>を多重展開。白い防御の殻が一瞬視界を閉ざす。だが、すぐにぶつけられた炎によって赤黒く染まっていく。着弾したのだ。ミキサーの中のような轟音が耳を突き刺し、一瞬にして熱気が<守護殻>内に押し寄せる。


「おおおおおおおおッ!!」


 吼えた。<氷結の魔眼>で空気を冷却。布から染み出すように、守護殻の内側に炎が入り込んでくる。


 外はどうなってるんだ。

 守護殻の外側は、まだ炎が荒れ狂っているのか。それとも、これをやり過ごせば大丈夫なのか。


 俺はさらに<氷結の魔眼>の眼力を強めた。押し寄せる炎をふせげる助けになればと、影の炎で出来た腕で押し返す。


 熱い!

 熱い熱い痛い!!


 皮膚が焼けただれることはないが、熱さと痛みはそのままだ。自分で焼けた鉄を掴んでいるようなもの。だが、やめるわけにもいかない。押し返せなければ、死ぬ。

 

体得(ラーニング)! 魔法「腐敗炎星(ディケイメテオ)」をラーニングしました>


 俺の手元で魔法陣が割れる。<魂断>。マナを断ち切る刃が、両の掌から突き出される。

 呪いの炎が、割れた。


「――――ああああああッ!!」


 いつの間にか叫んでいた。喉を傷めたのか、血の味がする。

 ごっそりマナを使った。虚脱感がひどい。フェイを見れば、なんとか生きているらしい。だが、巻き込まれた魔道具はほとんどが全損。あと何回魔術が使えるか。


「……魔物が魔術を使うなんて……聞いたことないわよ……」

「実際目の前にあるんだから、しょうがないだろ……。あいつ、なんだか小さくなってないか?」


 フェイは疲労が濃い目で炎の魔人(イフリート)を見る。魔術を使った反動か、身体を構成する炎が若干弱まっている感じがする。身体をマナで保持しているのだろう。魔術を使えばマナが減る。


「魔術を使わせ続ければ消滅したりするんじゃないか?」

「馬鹿。その前に私達が死ぬわよ」


 俺はうめいた。次に<腐敗炎星(ディケイメテオ)>を使われたら防ぎようがない。俺はちらりと肩のクーちゃんを見た。可能性があるとすれば、聖王都地下戦の時のように、あのでかい狼に変化することだろうが、どうやって変化したものかさっぱり見当がつかない。


 炎の魔人(イフリート)が動きだした。

 大きく口っぽい部分を開け、再び歪な音を流し始める。詠唱だ。

 覚えたての魔術で、確実にこちらを葬るつもりだ。


「くそッ! 何か……どうにかならないのかよ……!」


 物理攻撃は効かない。手足がちぎれても再生する。

 魔術攻撃は防がれる。いまやこっちが防戦一方だ。

 一撃で絶命させるには、始原の炎(フィル・フラムス)を一撃で倒すレベルの攻撃が必要。

 何か、手段はないか!?

 せめて、力を削ぐ方法! ないか!?


「――――困っておるようじゃな?」


 涼し気な声が聞こえた。


「ミオセルタ!!」


 魚人の老研究者。ぼろぼろの魔術ゴーレムのボディは、ところどころ応急処置がしてあった。そういえばもとは作業用ゴーレム。自分で修理したのか。


「時間はあまりないようじゃ。……フェイ・ティモット」


 ミオセルタがフェイの名前を呼ぶ。どうしてここでフェイが出る。そりゃ、一緒に戦ってるから呼ばれることもあるだろうが。何か違う。


 ミオセルタの行動に、俺はボディとなっている魔術ゴーレムに疑念の目を向ける。

 まるで託宣をつげる者のように、ミオセルタは厳かに言った。


「準備と覚悟はよいかの?」


 フェイは頷いた。その目はぎらぎらと輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ