第255話「順応処理」
フェイの家を破壊したわりには、両の腕をぶらぶらさせて突っ立っているだけで、動きがない。訝しがった俺とフェイは顔を見合わせた。
揺れる炎の魔人はいまいち外界を認識していないらしい。もしかすると、フェイの家を爆発させたのも身じろぎ程度のことなのか。
「膨大なマナを処理しきれておらんのじゃ。そのせいで始原の炎の炎としての属性がそのまま残ってしまっておる」
「……あのレブナント。今は戸惑ってると思うけど、そのうち動き始めるわ。その前に何とかしないと」
俺の額から汗が流れる。燃え盛る家が照明となり、魔術師ギルドの敷地を照らしていた。爆ぜる木片がごろりと転げ落ちる。
騒ぎになって誰か見に来るかと思ったが、その様子はない。俺の表情を読んだのか、フェイが片眉を上げた。
「これくらいじゃ誰も出てこないわよ」
「……どうなってんだ、魔術師ギルド」
「魔術事故が起きた時に下手に近付くと巻き込まれるわ。普通の魔術師なら近付かないわよ」
炎の魔人がつと視線を上げた。聴覚があるのかわからないが、こっちの声が聞こえているのかもしれない。
俺はマナを練った。動かれる前に先手を取る。マナが俺の意志に従って、空中に魔法陣を描き出す。<加速>は弾頭が無い。選択するのは複合魔法陣だ。
「――――<氷閃刃>!」
魔法陣が割れた。散るマナが世界に染み込み、望んだとおりの物体を顕現させる。生み出された氷刃は、一瞬だけ動きを止めた後、衝撃波を生み出しながら撃ち出された。空気を叩く音。軽く叩くように押し寄せた風が、フェイの服をはためかせる。
刺さった。胴体部分少し左に着弾。炎の魔人の右腕がちぎれるような大きさの穴が空く。氷の刃はそのまま弾道をホップさせると夜闇へと消えていく。
「駄目か!」
穴は一瞬でふさがった。巨大なこぶにも見える大き目の炎が傷口を補修する。まるで粘土細工。
今の攻撃で奴は完全にこちらに気付いた。炎の魔人の頭が、気球ほどの大きさに膨らんだ。そのまま俺の方へと頭を振り回す。
「<炎盾>!」
「<氷盾>!」
炎で出来た壁がイフリートの頭を防ぐ。直後に俺が生み出した氷の壁が四方を囲み、閉じ込める。簡易の結界だ。
一瞬で破られた。
イフリートが足を踏み出している。踏み出す度に足下から炎が噴き出し、地面を熱で赤く染めていく。マナの容量が違う。魔術で生み出す壁など障子紙程度のもんだろう。
だがまだ接続も完璧ではないのか、動きは遅い。ゾンビのように腕をだらりと前に出して、こちらにむかって歩いて来る。
「ミオセルタ! 何か方法はないのか!?」
「ええい。無茶を言いいよる! 核しかない状態でどうしろというんじゃ! せめて外部に干渉できるインターフェイスが必要じゃ。マナを使っての魔術行使も限界があるわい!!」
「――――魔術ゴーレムならあるわ」
フェイが燃え盛る家を指差す。
「まだ燃えてなければ、拾ってきた私の魔術ゴーレムがあの中よ」
「燃えた程度で壊れるような素材は使っておらんわい。マコト、あの中じゃ!」
「ミオセルタ、お前なあ……」
ミオセルタの催促の声に俺は口を半開きにする。魔物の身体とはいえ、燃えている瓦礫の中に突っ込むのはもちろん熱い。しかもそのためにはイフリートの横をすり抜けなければならない。
ふと見たイフリートが、顔を突き出して口を開いていた。嫌な予感。
「――――ッ!?」
火炎放射器のような勢いで、イフリートが口から炎を噴き出した。
まるで火のついた油を放っているかのごとく、放物線を描いて落下してくる。〝液状の炎”。炎の欠片がしぶきをあげる。
俺とフェイはダッシュで炎を避けていた。回り込むように走りながら、フェイがいくつもの魔道具をポーチから引き抜く。
抜き打ちで無詠唱火炎魔術。炎弾がイフリートの横っ面を張り飛ばす。伸びあがるようにして首があらぬ方向を向くが、ギギギと人形じみた動きで首を戻す。
「マコト! 早く行きなさい!」
フェイがミオセルタの核を放る。俺はあわててそれを受け取った。
右手にショートワンド、左手に銀色の杯を掲げたフェイが怒声を上げる。
イフリートの魔力量を考えると、津波か土石流に生身で立ち向かうようなものだ。それなのにフェイは一歩も退いていない。
「よくもうちを破壊してくれたわね。その分は返すわよ!!」
火炎と火炎。オレンジから青色まで、様々な種類の火炎魔術が起動する。<火杭>のような小技から<輝点爆轟>。イフリートの容量だけは凄まじいが、拙い火炎攻撃を、攻撃魔術をぶつけて相殺する。そのセンスはさすがフェイと言える
「馬鹿! 早く行きなさいよ!!」
このまま押し切れるんじゃないかと思ったが、事態はそう甘いもんじゃないらしい。
フェイの魔術は再生する端からイフリートの手足を吹き飛ばす。だが、だんだんと吹き飛ばされる割合が減ってきているのだ。レブナントがイフリートの身体に順応してきているのか。
若干イフリートの身体の動きもなめらかになってきている。
迷っている暇はない。
「クソッ!」
地面を蹴る。低い軌道で跳ねるように移動する。フェイの援護をうけながら、距離をとってイフリートとすれ違う。
フェイの家は、かなり収まってきているとはいえまだ燃えていて熱い。まずは鎮火と冷却が優先。
「<吹雪波>!!」
<「氷」中級>+<衝撃>。
魔法陣が割れたあたりから放り込まれた青水晶のような球は、着弾と同時に四方八方に氷結の衝撃波を振りまいた。炎が吹き飛び、一瞬で冷却されていく。ひとまずはこれで大丈夫。
俺は口の中でもう一度悪態をついた。
煤で黒く色づいた瓦礫。この中から魔術ゴーレムを探せというのか。
フェイがイフリートとやり合う音が聞こえる。火炎と火炎がぶつかり合う音だ。炎の密度が高いのか、質量が問題なのか、まるで巨大な鉄の塊をぶつけ合うような音が聞こえる。
――――まずい。
もうフェイの攻撃が命中していない。
イフリートが炎を使って防御している。使いこなしつつあるのだ。
俺は尻尾まで総動員して、瓦礫を押しのけていく。<やみのかいな>を強化して腕を大きめにすれば、大きな瓦礫も動かせる。急げ。
焦る俺の視界。<空間知覚>が、フェイのマナを捉える。魔術ゴーレムのマスターはフェイ。そのマナを取り込んでいるのなら……!
瓦礫を急いでどかした先、ボディがへこんで両脚と片腕がもげている魔術ゴーレムを発見した。思わず心の中でガッツポーズを取る。だが、この魔術ゴーレム、動くのかよ!?
「でかしたマコト! 外部ユニットが多少壊れていても問題ないわい」
ミオセルタが言うままに、魔術ゴーレムの内部にミオセルタの核をセットする。これで何とかなるのかよ。
ゴーレムのボディを再起動しているのか、動くまでの間がじれったい。そっちはミオセルタに任せることにして、俺はフェイの支援に向かう。
もうイフリートはかなり動けるようになっていた。歩く程度の速度、両腕を振ったり、身体を捻ったりなどの動きもできるようになっている。
「<氷刃>!!」
早撃ちの魔術で、フェイに釘づけだったイフリートの膝を射抜く。十字砲火は効果がある。俺とフェイは畳みかけるようにして魔術を放つ。
それでもイフリートは動いていた。
俺は嫌な汗を背中に感じる。ミオセルタの再起動を待つしかない。




