第252話「誘惑の魔眼」
「<大氷刃>!!」
魔法陣が砕け、三本の大氷刃が床に突き刺さる。突き破るよりも、内包する冷気を振りまくことを重点においた構成だ。一気に吐く息が白くなるほどの気温低下をもたらす。
<透明化>は寒さに弱い。
この部屋で潜伏しているならこれで姿を暴けるはずだ。
同時に<空間知覚>に切り替えた。マナの残滓だけで透明になっているレブナントを追える。
だが。
――――居ない!?
ざっと壁から天井までを見渡すが、レブナントの姿は無い。その途中でメデロンの姿が目に入る。
「やっぱ……人間じゃねえな」
俺の言葉を聞いて、興味深そうにメデロンが片眉を上げた。
マナを感知できる瞳には、クーちゃん並に強大で、それでいでおどろおどろしいオーラが映っていた。腐った魂を燃やせばこんな色がでるのではないだろうか。
俺は思わず口元を押さえた。
「その眼、見えるようだね」
「レブナントはどこだ」
「彼には命令を出した。街で一番のマナ保有量を持つものを宿主にしたまえと」
フェイやサウロ、バルグムといった魔術を使う人たちが脳裏に浮かぶ。ざっと血の気が引く。透明化したレブナントは接近を知るのも至難だ。
シルメスタと同じ手かと考えたのが間違った。自分の氷で自分自身を閉じ込めてしまった。
「――――〝自分の眼を潰したまえ”」
メデロンの眼がさっきより強く、赤く輝く。
俺の身体を濡れた布が張り付くような気持ち悪さが襲った。身体の平衡感覚が失われ、俺の意志に反して両手が持ち上がる。目を潰すように持ち上がった
<体得! 魔法<いざなうまなこ>をラーニングしました>
何だこの魔法!?
俺は筋肉に力を入れて自分自身の手に逆らう。行動を操る系統の魔法!? そんなのありか!
メデロンが動いたのが見えた。俺が行動できなくなった隙に攻撃を仕掛ける気か。
クーちゃんが動いた。身体の内からマナを強烈に放射する。一瞬俺の身体が風船のように膨れ上がったように感じた。
全身が砕けるような感触。実際に砕けたわけじゃない。俺を操作しようとしていた<いざなうまなこ>のマナが、クーちゃんが流し込むマナの出力に負けて砕けたのだ。
メデロンの顔が憤りで歪んだ。
「チッ。どうしてそこまで肩入れをする……」
「〝眼を閉じ続けろ”!」
お返しに<いざなうまなこ>をメデロンに対して起動した。眼球が熱い。眼から咆哮を出す気分だ。不可視のレーザーとして放射された<いざなうまなこ>がメデロンにまとわりつく。
だが、即座に弾かれた。自分の毒で死ぬ蛇はいない。抗体を持っているようなもので、使い手には効かないか。
「ここですか! マコトさん! 中に居るんですか!」
「扉が……! サウロ様、開きませんか!?」
氷で閉ざされた入り口の向こうから、扉を叩く音とサウロさんのくぐもった声が聞こえる。続いて聞こえたのはルマルの声か。メデロンが言っていた人物が揃ったわけだ。
「サウロ!」
「メデロン卿は魔物かもしれません! 待っててください! 今、ここを開け――――」
「ここはいい! 街のどこかに<透明化>ができるレブナントが放たれてる!」
<いざなうまなこ>の際には目が赤く光る。始めにメデロンの両目が光った時にラーニングしなかったのは何故だ。あの<いざなうまなこ>は俺に対して仕掛けられたものじゃないからだ。
まだ<透明化>レブナントは遠くへは行っていない。
「マナを多く持ってる人間が危ない!」
「メデロン卿は……!?」
サウロでよかった。ルマルがいるなら、コクヨウとハクエイもいるはずだ。きっとレブナントを止められる。
俺はメデロンに向き直る。手の中の〝槍”は未だ刃を宿している。こうなればこの閉鎖空間は逆にありがたい。メデロンを逃さずに済む。
「奴は――――ここで止める」
「お気をつけて……!」
サウロとルマルが立ち去る音を背後に聞きながら、俺は連続で回転させてから、〝槍”の切っ先をメデロンに突き付けた。
メデロンの特殊能力は行動を操る<いざなうまなこ>と<停止の魔眼>。クーちゃんの介入があれば<いざなうまなこ>の命令は強制解除できる。だが、動きを止められてからの直接打撃を喰らえば、肉体が死ぬ。気を付けるのはそこだ。
「疾――――ッ!」
ぐっと踏み込んだ。高速で動き、下から跳ね上げるような一撃を送る。身体が思い通り動く快感。相手を攻撃する熱病のような熱さを心に感じながら、打つ。
メデロンがステップ回避しながらこちらに視線を振り向ける。俺は姿勢を下げ、メデロンの身体を回り込むように視線を回避。回転する勢いのまま横薙ぎの一撃。
水晶の刃の切れ味はいかほどか。当たれば鉄すら両断できそうな刃が、空気を断ち割って進む。
「<氷盾>!」
ほぼタイムラグなしに空中に氷の盾を生み出す。視線が躱せない時は、遮蔽物を入れる。
氷盾は鏡面とまではいかないが、磨き上げた美しい面。視線を跳ね返せないかと思ったが、そこまではうまくいかないらしい。
考えずに、身体を動かす。
メデロンの身体の中心に、刃をぶち込む。目標だけを見つめる。
連続突きから、〝槍”自体を一回転。逆サイドを使った打撃。
衝撃波さえ生みそうな貫手を頭の一振りで避ける。断頭台のようなかかと落としをステップでぎりぎり回避。冷や汗が流れる。
「――――<氷刃・八剣>!」
生み出した氷剣を放置して、主導権を握るべく突きこむ。コンパクトな攻撃を叩き込む。だが、どれも当たらない。
高速のやり取りの中、氷剣を動かした。<はっぽんあし>は無意識レベルの操作にも懸命に応えた。射出した氷剣は<停止の魔眼>で止められる。
回転率を上げた。氷剣の操作はもはや意識の外。酸欠になりそうなほど攻撃を仕掛けていく。
「オオオオオオオオオオッ!!」
<停止の魔眼>を使うこと自体が隙だ。
動きを一瞬止めた瞬間に、腕を切り飛ばした。まるでバターにナイフを入れるように、ずるりと刃が通る。血を吹きあげながら舞う腕は無視。
氷剣を射出。一、二本目は停止させられる。三本目がメデロンの太ももに命中。体勢を崩す。
「―――――ああああああッ!!」
行った。
氷剣を囮に、振りかぶった〝槍”をメデロンに突き刺した。押し込む。
胸の中央に〝槍”を受けて、運動エネルギーをもろに受け取ったメデロンの身体がたたらを踏んだ。
俺の手から〝槍”が離れる。
信じられない、といった顔をしたメデロンがあおむけに倒れた。<空間知覚>の視界に、メデロンの持つマナが散り散りになるのが見えた。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!!?」
メデロンが耳をつんざく絶叫をあげた直後、その両目から煙が上がる。まるで汚物で作ったろうそくが燃え尽きるような匂いを出す。
痙攣もしなくなったメデロンの身体は、両目がまったくの空洞に変わっていた。胸の傷から血液が流れ出すのが見えた。メデロンは動かない。
一分、二分待っても動かない。
死んだ。
俺が殺した。
「…………」
俺の荒い息の音だけが、室内に響く。
メデロンは魔物だ。このまま放置するわけにはいかなかった。
いつのまにか俯いていた顔を上げる。俺は火炎系魔術を生み出して部屋を覆う氷を溶かす。
まだ<透明化>レブナントが残っている。それを倒さないと終わったとは言えない。
俺はちらりと倒れているメデロンを振り返る。そのまま無理矢理引きはがすようにして、出口へと走り出した。




