第24話「休息」
いつもありがとうございます! 今日も更新させていただきますね。
今回は説明回……ですかね。
俺がベルランテの街まで戻ってきたときには、すでに夕方の鐘が鳴った後だった。
かかった時間はおそらく行きとそう変わらないのだろうが、ミトナと話していたおかげで、とても短く感じた。
道すがらミトナが何度か俺のことをじっと見つめていた気がしたのだが、気のせいだろう。たぶん。
冒険者ギルドに着くと、窓口さんに骸骨の下顎を納品する。全部で23個あったので、1150シームにもなった。これでしばらくやっていけるか。
窓口さんにこっそり教えてもらったところによると、『ドマヌ廃坑』で稼ぐには、装備品が手に入る地下2F以降が良いとのこと。E・スケルトンの装備している武器や防具を持ち帰って売れば、収入にプラスされるというのだ。次に行くときはもうちょっと潜ってみるかな。
ミトナの分の報酬受け取りが終わるのを待って、一緒に冒険者ギルドを出る。
「助けにきてくれてありがとうな。助かった」
「ううん。気にしない。マコト君がどんな動きをするのか大体わかったし」
「う、動き?」
「うん。専用装備を作るなら、どういう風に身体を動かすのか知りたかったの」
ああ、さっきの視線はそういうことか。いや、カン違いなんてしてない。ほんとだ!
冒険者ギルドの前でミトナと別れ、俺は宿屋へと戻る。スケルトン肉はないのでお金を払って食事を用意してもらう。肉と野菜を煮込んだポトフのような料理を胃袋へ収め、借りている部屋へと戻った。
鍵をかけると、ひとまず俺は安心する。とりあえず、寝よう。
やはり疲れもあったのか、俺が起きたのは9つの鐘が鳴ったときだった。いつもの時間から考えると、大遅刻だ。冒険者ギルドの依頼で良さそうな依頼はだいぶ無くなってしまっているな。
今日は1日好きなことをして過ごすか。
俺はベッドの上であぐらをかくと、精神を集中し始めた。
まずは新しく覚えた魔術の確認だ。
「治癒の秘蹟」。とりあえず発動してみる。魔法陣が割れ、あたたかな光が掌に生まれる。光が生まれた後は、どうやら投げたり飛ばしたりはできないようだ。<呪い>と同じようなもんか?
回復魔術が使えることは大きい。だが、できるだけ自分だけに使ったほうがいいだろうな。
帰り際のミトナの話を思い出すと、『治癒』の魔術はパルスト教会の者しか使えないらしい。お金などの対価を払うことで、大ケガなどを『治癒』してもらえるのだ。 冒険者パーティーで回復役が欲しいときは、シスターか神父に頼ることになるわけだ。
そういった魔術的な効果のあるマジックアイテムやマジックポーションなども、教会が一手に作っている。そりゃ、差別できるくらいの一大勢力になるわな。
ただ、寄付金を集めるためか、信者を集めるためか、その時だけはどの種族にも分け隔てなく『商売』しているらしい。
次に試してみるのは「しびとのて」。
うん。見た目には変化ないな。とりあえずいろんなところに触ってみるが、マナを吸収しているような感じはない。クーちゃんを触ろうとしたら威嚇された。
まあ、俺のマナが吸われたんだから、ヒトには効果あるだろう。魔物相手にはどうかわからないが、次に魔物とあった時に試してみよう。
これ、攻撃魔術と合成するとどうなるんだろうな。命中するとマナを吸収できるとか? それなら魔術撃ち放題になるんだがな。
俺はベッドの上で柔軟体操をして、身体の調子を確かめる。問題なし。どうもこの世界に来てから身体が軽い気がする。元の世界にいたころは、ストレス解消にジムで延々走ったりサンドバッグを殴ったりバッティングセンターに行っていたりしていたものだが、その効果だけでないほど、身体が軽い。
この世界の身体って、元の世界とちょっと違っているのかね。元の世界じゃ当然マナとか無かったしな。
動作確認が済んだあたりで、俺は宿屋を出る。
中央広場に出ると、屋台でサンドイッチもどきを購入。食べながらこの前の道を歩く。
今日の目的は『マルフを手に入れること』だ。
歩きばっかりでは活動範囲が狭まってしまうし、ドマヌ廃坑の時のように着くだけで疲れるという事態もありえる。やはり俺は騎乗動物を手に入れる必要がある。
俺が目指しているのは騎士団だ。
餅は餅屋。ならマルフならマルフを使う騎士団の人に聞けばいいのだ。
ボッツ小隊長たちに囲まれながら歩いた道順を思い出しながら、俺は歩く。しばらく歩くと、目当ての建物が見えてきた。騎士団舎だ。
今日の目的は中央ではないので、正門から入らず敷地ぞいにぐるっとまわっていく。騎士団マルフ舎の位置は前回来たときに確認ずみだ。マルフの訓練や散歩のためか、裏手のほうに大きくマルフ舎が作られ、隣接するようにある程度の広さを柵で囲った放牧場が作られていた。そこに向かって俺はこそこそと近づいていく。
俺の目に入ったのは、思い思いの格好をしてくつろぐマルフたち。
ううん。こうやって見ても、でっかいゴールデンレトリバーにしか見えないな。
作業着を着たおっちゃんが、バケツから水をかけてはマルフにブラシをかけている。たぶんおっちゃんも騎士団員なのだろう。
マルフはよく訓練されているのか、毛並みが水にぬれてもマルフはおとなしくしていた。おお、かしこい。洗われているマルフは、牧場内で特に大きな体躯を持ち、一番賢そうな顔をしていた。雰囲気というか、そういうものが他のマルフと違う。リーダー犬なのかね?
洗われていたマルフが、急に目線を動かす。
うお! 目が合った!?
さすが犬……犬、でいいよな。鋭い嗅覚とか聴覚とかで俺を察知したんだろう。
「わふっ! わふっ!」
「お……? どうした?」
あわてる俺に向かって吠えるマルフ。おっちゃんがびっくりしてマルフに話しかける。まあ、おっちゃんの位置からでは遠すぎてまだ俺には気づけないだろう。犬の鋭敏な感覚があってこその察知だ。
と、思っていたらなぜかおっちゃんまでも正確に俺のほうを向く。
あれ? 見つかった!?
おっちゃんが俺に向かって大きく手を振る。ばれているなら仕方がない。俺はばつの悪い顔をしながら放牧場の方へと寄っていく。
俺が近寄る間におっちゃんは手早くマルフの身体を洗い終わると、おしまいとばかりにマルフのお尻を叩いた。マルフが思いっきり身体を振って水滴を払い、乾かすためか放牧場内を駆け始める。
うおお。速ェ。
俺がおっちゃんの近くまでたどり着いたころには、おっちゃんはバケツやブラシをまとめ終えていた。
にこにこと温和そうな顔と、少し薄い頭が俺を出迎える。
「兄ちゃん、この前騎士団にやってきた兄ちゃんだろ。こんなところまで何しにきたんだい?」
「いや、マルフを見に……」
俺の言葉尻が小さくなる。自分で言っててそれはないだろ、と思う理由だな。しかし実際そうなんだからしょうがない。こうなったら聞きたいことは聞いてしまうことにしよう
「マルフってどうやって手に入れるんですか? 俺も欲しいんですけど!」
「え、えぇ?」
おっちゃんは驚いて目を白黒させる。やがて何かを納得したような顔をして、一息ついた。
「まあ、繋がってるエルナトから嫌な感じは受けなかったからね。変な人ではないと思うけど。そうか。マルフが欲しいかあ。格好いいもんなあ」
おっちゃんはうれしそうに目を細めて言う。放牧場では7頭のマルフたちが好きなように過ごしているのが見える。
「私はこの騎士団員で『調教士』クィオス・マルークと言う者だ。見てのとおりマルフたちの世話をしている」
「俺はマコト・ミナセ。『冒険者』やってます」
おっちゃんが名乗るのにあわせて、俺もあわてて名乗る。おっちゃんは部外者である俺にも優しく説明をしてくれた。犬好きに悪い人はいない、たぶんそういうことだろう。
おっちゃんの話によると、マルフは主に南の平原に生息する個体で、魔物の中では比較的テイミングしやすい部類だという。民間用にも卸されていて、温厚な性格と扱いやすさから荷犬車や農耕用の補助として使われているのだと言う。
「ただ、扱いやすいマルフは、力は強いが動きは鈍重なんだよ。農業をやるならそれでいいんだが、うちの仔たちみたいなのが欲しかったら、お金を出すか、自分で捕まえに行くか、どちらかだね」
「ちなみに、お値段ならいくらぐらい?」
おっちゃんは腕組みすると、頭の中でいくつかの計算をしたようだ。
「騎乗用にするなら、せめて青級のマルフが欲しいなあ。それでだいたい80万シーム……」
「……」
「紫級だと200万シーム、最高級の赤級なら1000万シームは超えるね。うん」
て、手に入るレベルじゃない!
「この放牧場にいるマルフたちは何級なんです?」
「お、聞いてくれたね。この仔たちは紫級さ! さっき身体を洗ってやったやつ――エルナトと言うんだが、あの仔が赤級さ。どうだい、すごいだろう?」
おっちゃんは満面の笑みでマルフたちを指し示す。本当に好きなんだろう。そして、自分の仕事に誇りを持っているのだろう。
「しかし、80万かあ……」
「兄ちゃんも冒険者なら一度くらい捕まえるのに挑戦してみるといい」
「捕まえるって言っても、どうすればいいんですか?」
「まずはマルフと戦って、マルフに自分のことを認めさせればいいんだよ」
おっちゃんが甲高く口笛を吹くと、すぐに何頭かのマルフが走ってきた。おっちゃんの前にくると伏せの姿勢をとる。おっちゃんはがしがしとマルフたちの頭を撫でる。
「腹見せて服従姿勢になったら大丈夫だ。あとは魔物商のところか調教士のところで『マナの繋がり』を繋いでもらえれば、晴れて自分のマルフになるんだよ」
「おっちゃんも、マルフと戦って……!?」
思わず俺の口から驚愕の叫びが出る。
おっちゃんには失礼だが、どう想像してもこの小太りで頭のちょっと薄いおっちゃんがマルフを圧倒する様子が想像できない!
いや、案外こういうおっちゃんこそが様々な力を隠し持ってる……のか?
おっちゃんを見ながら冷や汗をかき、思わずごくりと唾を飲んだ俺を見て、おっちゃんはあわてて両手をぶんぶんと左右に振って否定した。
「いやいや! 私にはそんな力はないよ。私がここでマルフたちの面倒を見ているのは、私は<マナ・コネクション>の天恵を持っているからだよ」
「天恵……?」
天恵……魔術とは違う、生まれつき備わった特殊能力。おっちゃんの話によると、人間や獣人の中にはそういった天恵を持った者が時折生まれてくるらしい。確率としては人間は低めだと言う。
おっちゃんの<マナ・コネクション>は魔物と人間の間をマナで繋いでマナの繋がりを作る能力だそうだ。
魔物商や調教士はこの天恵が必須。捕まえた魔物とマナの繋がりを作ることで、主従関係を確定し、さらにはある程度の意思疎通も可能になると言う。
「あまり大きな声で言いたくないが、奴隷も同じ仕組みだね」
「人間同士でもマナの繋がりが作れる……?」
おっちゃんは声を潜めると、俺に顔を近づけた。俺も思わず内緒話モードになる。
「そうなんだよ。もちろん普通の状態だと抵抗されちゃうから、様々な方法で心を折ることでマナの繋がりを作るんだって……」
そりゃ、便利だろうな。目に見えない方法で主従関係を叩き込まれ、ある程度主人の意思を汲むことができる奴隷が出来上がりってわけか。
「そりゃあ……」
「――そこの貴様! ここは騎士団敷地内だぞ! 何をしている!!」
話をする俺たちに、遠くから誰何の声が掛かった。
や、やばい?
ていうかこの声、どっかで聞いたことあるような。
今日もありがとうございました! 次の更新は2日後です。
呼び名というものは、使っている人たちがそれぞれ規定するものですよね。




