第248話「身代わり」
背後のからのレブナント。振り向いたフェイが神速の反応を見せた。
指揮棒のように細い杖を突き出し、魔術を起動する。魔法陣がぱっと地下研究所を一瞬照らし出す。
「――――<炎刃>!!」
魔法陣の数は三つ。炎で創られた刃がレブナントに向かって射出された。回避しようとしたレブナントの身体に全弾命中。まるで水飛沫のように炎が飛び散った。
レブナントは吹っ飛んだがすぐに起き上がる。フェイの舌打ちが聞こえた。
「マコトの真似してみたけど、刃状じゃあまり恩恵はなさそうね」
フェイは杖を一振りすると、再び小さく詠唱を始める。その目線はレブナントに据えられている。ちらりとフェイと視線が合う。後ろは引き受けるから、はやくやれとアイコンタクト。俺は頷いた。
「<主の名において、救いの力をここに。聖なる印を以て、もたらされん>」
気付けばサウロが詠唱をしていた。ココットを背後にかばうような位置に立ち、集中して詠唱している。
シルメスタが渋面を作る。レブナントをけしかけるが、ミトナがカバーに入った。俺と組んで戦った成果か、ミトナの詠唱時間を稼ぐ援護のレベルはかなり高い。二体のレブナントを釘づけにするように舞う。
一体の空振りを誘発させ、その隙にもう一体の足を引っ掻ける。円運動を途切れさせないようにバトルハンマーを振るう姿は、小型の台風にも思える。
「ん。筋力はすごいけど、動きは単純」
「くそっ! ならば……!」
シルメスタも叫んで詠唱を始めるが、先に詠唱をしていた分サウロの方が早い。天井に向かって手をつき上げながら、魔術を起動した。
「――――<聖刻>!!」
サウロの全身が光柱に吞み込まれた。天から降るような光の筋。それが一気に凝縮すると右腕の外側に、巨大なパルスト十字を出現させる。どうやら腕の動きと連動するらしく、サウロが腕を動かすとその外側にくっついて動く。俺がやっていた魔術の位置固定と同じ仕組みだ。
光り輝くパルスト十字。巨大な武装に見えるそれは、かなりの威圧感を放っていた。
サウロを脅威と捉えたのかレブナントが一匹、サウロに突進する。おぞましい雄叫びをあげながら飛びかかるレブナントに、サウロは右腕の武装を叩きつけた。
インパクトの轟音と同時に、パルスト十字の真ん中の棒が勢いよく飛び出してレブナントを撃ち抜く。<浄化>の作用もあるのか、中からくぐもったレブナントの断末魔が聞こえてきた。
この世界にその名称があるのかわからないが、<浄化>付与の杭打機と言える。
シルメスタをかすめて壁まで吹っ飛んだレブナントは動かなくなった。すさまじい威力。ギリギリと音を立てながら、再び元の位置に戻っていく聖なる杭。
サウロが武器を持たないわけが、わかった気がする。
「すげぇ……!」
ココットがキラキラした目でサウロを見ていた。好きそうだもんな、そういうの。
俺もラーニングしたいけど、触れたらジュッっていきそうだから躊躇う。
「サウロさん、こっちもお願い!」
「わかりました!」
退路の確保を考えると後ろのレブナントは早めに倒しておきたい。ちらりと見ると、レブナントは腕や足が炭化し、動きが鈍くなっていた。それでも死なないらしい。片足、片腕と言えど、あれだけの筋力があれば飛びついて来る。
フェイの呼びかけに応じて、サウロがレブナントを滅しにいく。
俺とミトナとココットは、改めてシルメスタと向かい合った。シルメスタの指示か、残ったレブナントは奴を守るように立ちふさがっているのが見えた。
「どうやら思い通りにはいかないみたいだな。諦めろ!」
「クソッ! どうして貴様らは邪魔をする。どうして……!? 神の御世はすぐそこだと言うのに!」
シルメスタは封印を握りつぶす勢いで拳に力を込める。相手の守りは一枚。焦っているのだ。
「ええい! <聖威>!!」
「<衝撃球>!!」
シルメスタの突き出した指先に魔法陣が浮かび上がる。俺は同時に魔術を起動した。
<氷刃>で一気にやってしまうのが早い気もするが、死んだ直後にレブナントに憑依されては笑えない。今のシルメスタに何も起きていないということは、何か対策を講じているのだろう。なら、非殺傷の魔術で意識を刈り取るまでだ。
空中に光の球が出現。モーニングスターのように振り下ろされる。
ココットとミトナが前に出た。ココットは姿勢を低く、獣の様に突撃。ミトナはいつのまにかハクリに持ち換えていた。ガシャッという音と同時に、五指が展開。空中から振り下ろされる<聖威>を受け止める。そのままレブナントを横殴りに吹き飛ばし、視界をクリアに。
「な――――ッ!!?」
シルメスタの驚愕の声は最後まで言えない。踏み込んだココットが全力のボディブロー。手首、肘と連続で打ち、手の中の封印を取り落とさせる。素早く拾うとその場から離れた。
取り返そうと手を伸ばしたシルメスタに、青い衝撃球が炸裂する。苦悶の声をかき消して、シルメスタが崩れ落ちた。
「<氷刃>!!」
レブナントはまだ息がある。射出した氷剣で床に縫いとめ、身動きを取れないようにしておいた。
束の間の静寂。シルメスタはまだ息がある。だが、俺も経験した全身めった打ち状態では、しばらくまともに動けまい。
「この封印を奪っちまえばおしまいだろ」
ココットが俺に向かってニヤリと笑った。手の中の封印を掲げて見せる。
ひやりとした感覚が走った。俺のじゃない。繋がっているミオセルタ。俺は思わず懐から核を取り出す。
「マコト! いかんぞい!」
「はぁ!? 何がだよ?」
「あの封印核、すでに空じゃ! 何も入っておらん!!」
すでに封印が解除されている!?
レブナントは憑依の際に、身体が覚えている術を得る。透明化や隠形などの術もだ。スラム街ではそれで苦戦した。
慌てて<空間把握>の感覚に集中するが、ぼんやりとしか把握できない。
「上ッ!!」
フェイの鋭い声。同時に炎の杭が飛ばす。天井に果実の様にぶら下がるレブナントが見えた。ぞるりといった感じの動きで、フェイの魔術を避けると、ココットめがけて落下しようとする。
ココットは腰を落として身構えた。見えてさえいれば回避できる。叩き落とすつもりかもしれない。
レブナントが天井から跳ぶ。
ぎょおおおおおあえおおおえおおおおあおおお!!!
雄叫びが俺達を打ち据えた。氷剣に貫かれた方のレブナントの<咆哮>。
こいつ、まさか元は獣人か!?
動きが止められる。一瞬でも、このタイミングは致命的。引き延ばされたような時間の中で、ココットの焦る顔が見える。
〝天恵”を持つココットに憑依すれば、どんなことが起きるか想像もつかない。
――――ミトナと目が合った。
やる気だ。
何を。決まっている。
止める言葉も、引き留める手も間に合わない。
ミトナが飛び出した。獣化で全身を強化し、限界以上の速度を引き出す。
身体をぶつけてでも止める気だった。ぶつけたと思った。ミオセルタの核を止めていた紐が千切れただけだった。
その速度なら、間に合う。間に合ってしまう。
「――――――ッ!!」
バカだ。どうしてミトナが。
きっと何も考えていないに違いない。行けるから、行く。それだけなんだろう。
俺の心臓がぎゅうっと押しつぶされる。
ミトナがココットを突き飛ばした。ミトナとココットの位置が、入れ替わった。
穢れの死魂が、その触手をミトナにまとわりつかせるのを、見ているしかなかった。
「ミトナあああああああああッ!!!」




