第247話「乱心」
「ここだぜ。ここがシルメスタの居場所だ。再生者の実験もここでやってたぜ」
「街中にあるのかよ……」
俺とミトナ、フェイ、そしてサウロとココットの五人がここには集まっていた。
ココットの声に俺達はその教会を見上げる。
貴族街の呪いの館こと、サウロ邸にほど近い場所にある小さな教会。それがシルメスタの術式研究所だった。実際に被験者になっていたココットが言うのだから間違いはないだろう。
ドーシュ卿が捕まっていた館にはハーヴェとマカゲが残っている。セプテロをはじめとする武装神官を騎士団の詰め所に送るための人員を待っているのだ。縛ってあるし、マカゲの力もあればそのあたりも問題ないだろう。
もうしわけ程度に飾られた教会のシンボルを見上げながら俺は口を開く。
「これも教会の建物なのか?」
「そうだってシルメスタは言ってたぜ」
「教会のお金で買ったのは間違いないと思います。しかし、おそらく登録はされていないでしょう」
サウロはそこで言葉を切った。ココットを見ると、今一度問いかける。
「我々は今よりシルメスタ大司祭を糾弾しに行きます。よろしいですね」
「今更だぜ。あいつの言いなりになるのも飽きたってもんだ。また仕事は見つければいいだろ」
ココットはニッと笑うと、拳を突き出した。燃えるような瞳が戻って来た今、ドマヌ廃坑で出会った時のような熱さを感じる。この性格が本来の性格なのだろう。
「いつもの調子が戻って来たんじゃないか」
「ん。いい感じ」
「うっせえ。お前の部下やめますって言ってしまいにすりゃあいいってことだろ。またちび共と一緒にやっていくさ」
最後は呟きの様になっていた。ココットは建物を見据える。静かにそびえる敵の居城に、俺達は踏み込んだ。
「上はにせもんだ! 地下へと通じる階段がある。そこから実験の場所へ入れるからな」
ココットは居間を抜けると、奥へと進む。小さな礼拝堂。神父が立つであろう教壇の裏に階段が隠されていた。外観と同じ石造りの階段。それを俺達は降りていく。
「それで、ここまで来たけど具体的にはどうするんだ?」
「シルメスタ大司祭を中央まで連行するつもりです。禁則事項に抵触しているので、罰則が加わるでしょう」
「かりにも大司祭だろ。そう上手くいくと思うか?」
「上手くいかせます。私の名に懸けて」
訝し気な俺の視線を、サウロのいつになく強い視線が押し返した。
階段は細長い通路に繋がっていた。この先に広い空間がある気がする。気がするというのも、うまく<空間把握>が働いていないからだ。<探知>対策のための、マナを遮断する仕掛けでもあるのか。さすがは秘密の研究所、こそこそしている。
しかし、いやに静かだ。シルメスタがここで待っているということなら、封印官達もここに詰めているはずなのに。
なんとなく嫌な予感が這い上がってきていた。
「なあ、ココット。いつもこんなに静かなのか?」
「あァ? そんなこたネェんだけどな」
答えた横顔も硬い。どうやら常にない雰囲気を彼女も感じているらしい。
通路が終わり、扉が見えてきた。大きな両開きの鉄板扉。
「うぉっ!?」
急に足元から肩まで衝撃を感じて、俺は驚きのあまり声を出した。いつもは退避するクーちゃんが、珍しく俺の身体を駆け上がって肩に登ったのだ。
「クーちゃん!? ……どうした」
肩に登っただけではない、毛を逆立てて扉の向こうを睨みつけている。この警戒のしようは、ヤバイ。あの向こうに何かが居る。シルメスタだけではない。
「<魔獣化>」
魔法陣がパッと散り、戦闘モードに切り替えていく。もはや無意識に近いレベルで出来る切り替え。驚いた様子でミトナが俺を見たのもつかの間、途中で補充したバトルハンマーを手に取った。フェイが杖を確認し、サウロが盾を握り直す。
「行きます!!」
サウロの掛け声に頷くと、ココットがナックルを打ち合わせた。調子を確かめた後、扉に向かって走り出す。
「ッラァア!!」
助走をつけて思いっきり拳を振りかぶった。目の前には鉄板扉。思いっきり叩きつける。戦闘開始を告げる鐘の音が響き渡った。
「――――――ッ!?」
扉は吹っ飛んだ。開いた扉からなだれ込んだ俺達は、思わず足を止めた。
そこは薄暗い部屋だった。儀式の関係か、かなりの広さがあるのはわかる。いくつかの装飾的な祭壇や、地面の魔法陣、奥には寝台や棚なども見えた。
その室内は異常に満ちていた。光源が少ない中でも、はっきりとわかる。室内は血の海だ。嗅覚の鋭いミトナが思わず手で鼻を押さえる。
「なんだ……これ」
「……クソがッ!!」
ココットのうめき声が遠くに感じられる。ことさらに灯りをつけたいとは思わない。そのあたりに死体が転がっているのがわかる。
「君たちがここに来たということは、セプテロも役に立たぬということかね」
「シルメスタ大司祭……!!」
「神に近付けるために必要なのは何か、わかるかね」
ギラギラとした瞳が俺達を見る。すでにこちらの話は聞いていないのだろう。あたり一面の死体を、まるでゴミでも見るような目で眺めると、ぽつりとつぶやいた。
「ふぅむ。まずは掃除をするか。<聖光爆>」
「<守護殻>!!」
シルメスタの魔術に対し、俺は咄嗟に練っていた<守護殻>を起動。膨れ上がる爆発を、俺達全体を包み込んだ球状壁が防ぐ。
シルメスタのことだ。侵入者にはいきなり<聖威>をぶちこんでくる可能性を考えて用意していたが、役に立った。
<聖光爆>は範囲を絞った高熱らしく、爆光が収まったあとには、焦げた床が残されるだけになっていた。死体はきれいさっぱり焼けている。
「遺体に鞭打つ真似を、よくもできるものですね……!」
「サウロ殿か。封印官達は、もう十二分に役に立ってくれたよ」
先ほどの死体は封印官達のものだという。
「ドーシュ卿はどうだったかな? 理論は完璧だ。あの蓄積度のレブナントであれば、かなりの高位体に変容したと思うがね」
「バケモンになったよ。あれが神に近い存在なら、お粗末なもんだな」
「……やはりか」
俺の挑発にも、眉を動かすだけで終わる。あきらかにおかしい。精神の均衡を欠いている。
サウロもそれは感じたらしい。盾を油断なく構えながら、シルメスタに問いかける。
「一体何があったのです、シルメスタ大司祭。そのなさりようは、あまりにおかしい。逸脱しすぎている」
「逸脱……。そんなことはあるまいよ、サウロ殿。メデロン卿と話をすればわかる。今自分に何が必要なのかが、な」
「メデロン卿……?」
「そなたこそパルスト教徒として道を踏み外しているのではないかね?」
メデロン卿のせい……?
いったいあの男、シルメスタに何をしたんだ!?
ぐぅっと、嫌な圧力がシルメスタから吹き寄せる。
のそりとシルメスタの後ろから、ドーシュレブナントより小柄な魔物が姿を見せた。全身白い人間の形をした、明らかな異常。フレッシュゴーレムというべきか。よりスマートな姿になり、動きにも知性が見られる。
「むごいことをするものよの……」
ぼそりと呟かれたのはミオセルタの声。自嘲の色を含んだ声で、彼は言う。
「やはりこれはワシの〝魂魄保持”と仕組みは同じじゃ。じゃが、あれは魂を加工して、操り人形にしておる。いや、条件付けで命令を聞くようにしておるといったほうが正解じゃな」
俺は思わずぞっとした。神に近い存在を創り、それを操ろうというところまでがこいつらの計画というわけか。
シルメスタが俺達の中に混ざっていたココットに気付いた。にたりと顔が歪む。
「再生者、いいところに戻って来た。これぞ神の思し召しだな」
シルメスタは懐から封印を取り出した。おそらくはレブナントが封印されている。あの惨状を考えると、封印官達の身体に乗り移り、技術を手に入れては乗り換えさせたのだろう。そうして統合された高位レブナントだ。
「貴様の〝天恵”が役に立つのだよ。その魂に価値がある。ぜひとも受け入れたまえ」
「誰がッ!!」
「逃すつもりはない。――――やれ」
「チッ! ココット、お前は一旦……っ!?」
振り返った先にもレブナント。こっそりと後ろから近づいてきていたらしい。退路を断たれた。レブナントは全部で三体に、シルメスタ。
狙いはココット、レブナントの素体とするためにシルメスタは動いている。
「マコトさん、当初の作戦通りいきましょう」
作戦なんてあったっけ?
「シルメスタ大司祭を止めます。力づくでも……!」
サウロの力がこもった声に、俺達は頷いた。まずはレブナントをなんとかしなければならない。




