第246話「サウロの教義」
混乱状態のセプテロから、俺達は居場所を聞き出した。
ベルランテの秘密研究所。そこにシルメスタは居る。どうやら封印技術の研究、開発のために造られた建物らしく、見た目は普通の聖堂となっている。
新しく建設している獣人街に近い場所に、その研究所はあった。そのあたりもシルメスタが強硬に独立阻止を狙った理由なのかもしれない。
「ドーシュ卿を、なんとかしなければなりません……。今はマコトさんが封じていますが長くはもたないと思います」
「ミオセルタ、何とかならないか?」
「魂に手を出す技術は数あるがのう。さすがに結果物を見ただけでは対処を思いつきもせんわい。せめて研究記録でもあれば別だがの」
懐から俺に聞こえるぐらいの声でミオセルタが言う。
「今、素体になっておる魂が侵食されておるのは見えておる。完全に染まるとあのサイズの穢れの死魂になるかもしれんのう」
時折ぱらぱらと天井から埃が落ちて来る。上でレブナントドーシュが暴れているのだろう。
このままでは二階の床が抜けてしまう可能性もあった。屋敷に置き去りにするわけにもいかず、かといってずっと押さえ続けておくのは厳しい。
あのサイズのレブナントにさせるわけにはいかない。
「浄化するしか、ないだろうな」
「……わかったでござる。お願いするでござる」
「おう」
俺の言葉に、ハーヴェが苦い顔で言う。生前のドーシュ卿と知った仲だったのだろう。ありありと後悔の色が見えた。もっと早く乗り込んでいれば、とでも考えているのだろう。俺も同じ気持ちだ。
俺は頷くと、踏み出した。何も言わずとも、ミトナとサウロがついてきた。手伝ってくれるらしい。
レブナントドーシュを戒める魔術は、物理的に抵抗されようとしていた。あまり状態異常系の魔術も効果が薄い気がする。
筋肉の壁は、魔術をも弾く。突き刺した氷刃も致命傷ではないところを見ると、<氷閃刃>もどれほど効果があるか。
俺はマナを練ると、レブナントドーシュのもとへとたどり着いた。しっかり照準を定めるように両腕を突き出す。
「<加速>」
攻撃魔術を比ではないくらいごっそりとマナが削られた。だが、割れた魔法陣からは三重の光輪が出現した。通った物体を超加速させるリング。ミトナが頷いた。バトルハンマーを引き抜くと、レブナントドーシュに射線が合うように調整する。どうやらわかってくれたらしい。
俺はまっすぐドーシュ卿を見据えたまま、サウロに話しかけた。
「サウロさん、レブナントが這い出して来たら、頼みます」
「わかりました」
「ミトナ、頼む。放り込んでくれ」
「ん」
ミトナがバトルハンマーを投入した。一瞬で加速したハンマーがレブナントドーシュの身体に激突し、爆発に似た音と結果を導き出す。
ドバァンという破裂音と共に、その上半身が爆散した。
ずるりと、呪いの館の時よりも巨大なレブナントが這い出してきた。まるで脱皮だ。前は歪なタコか、犬かといった風情だったのが、巨大になった分人間の身体に近い形状になっていた。そこに、容赦なくサウロの<浄化>が突き刺さる。
ギアアアアアアアアアァアアァァァァ。
レブナントの眼球がぎょろりと動いた。何かを探すような目の動き。俺やミトナを、依代を探している。
サウロの詠唱より速く、レブナントが動いた。跳躍のために生白い四肢をたわめる。
「――――<浄化>!!」
そこに俺の<浄化>をぶつけた。半分白煙を上げていたのが、完全に溶けていく。目を見開いて痙攣するレブナント。そこにダメ押しの<氷刃>をぶち込んでおいた。やがてレブナントが完全に消え、室内が静かになった。
「マコトさんは、一体何者なのです……」
サウロの視線が、影の炎で出来た尻尾へと注がれていた。警戒の色はない。純粋に疑問に思っているらしい。
「魔物のような姿で魔術を用い、それなのに聖法術も扱うことができる」
「まあ、そうだな」
「マコトさんは、獣人なのですか?」
「だったらどうする? パルスト教の教義に反するかもしれないな」
沈黙が降りた。サウロはパルスト教の教義からは少し外れたところで歩いている。こんな言い方では嫌な奴にしかなれない。
ドーシュ卿を助けられなかったことで、自分にいらついてるせいか。
「パルスト教は〝人を救う”ことを第一教義としています。ですが、〝救い”とは、その人の心のありようだと思うのです」
サウロは俺から目を離さない。まっすぐ見つめたまま言う。
「その心のありようというものは、獣人も、人間も変わるところはないのではないでしょうか。外見が違うだけで、そこにある〝救い”は等質だと私は思うのです」
だから、サウロは助ける。誰でも隔てなく接し、善悪を線引いて動く。
そこには人種や種族の差はなく。変なバイアスもかからず、全力で取り組む。
パルスト教の教義は、〝人を救う”ではなく、〝心を救う”ものだから。
「マコトさんはマコトさんでしょう? 館の事で困っていた私を救けてくれたいい人です」
穏やかな笑みでサウロが言う。
「サウロさん、ベルランテに向いてると思うよ」
「少ししか滞在していませんが、私もそう感じることがあります」
ミトナが微笑んで俺たちを見ているのに気付いた。なんだか気恥ずかしい。
そこから目を逸らすと、ハーヴェ達のところに戻ることにする。ドーシュ卿とは面識はなかったが、彼の分までシルメスタにのしをつけてお返ししてやらなきゃいけないな。
「マコト殿、いいところに戻って来たでござる。シルメスタ大司祭のところへは今から乗り込むでござるか?」
「ああ。善は急げって言うだろ?」
ハーヴェが腕組みをすると、考え込む。
「騎士団から応援を呼んで、この者らを連行する故、拙者は後から向かうことになるでござるな」
「わかった。じゃあ、マカゲもここでハーヴェを手伝ってくれるか?」
「了解した。獣人が教会に乗り込めば、争いの火種にもなりかねんからな」
「フェイは……」
「行くわよ。禁忌の術っていうのが気になるわ」
止めても無駄な顔をしていた。しょうがないので好きにさせることにした。
「ん。私も行くから。マコト君だけじゃ、心配だしね」
ミトナも当然という顔だ。バトルハンマーなくなってるが大丈夫なんだろうか。ミトナのことだ、まだ予備武器はありそうな気もするが。
とにかく、行くと決まれば早いほうがいい。俺は縛られている神官達の中から、ココットを探しだす。
「聞こえてるだろ、ココット。こっち向け」
俺が声をかけると、ココットがのろのろと俺の方に顔を向ける。
拘束される時も、自分から大人しく縛についた。シルメスタが彼女を操っている原因をなんとかすれば、こっちに寝返ってくれるんじゃないか?
「お前、どうしてシルメスタなんかに従ってるんだよ」
「……弟がいるんだよ。金を稼ぐためには、何でもやるしかなかった」
「再生者にさせられて、前線に出て。もう十分なんじゃねえか?」
「…………」
「生活費の問題ならヴェルスナーが何とかするって言ってたぜ」
言ってなかったっけ?
まあ、言ってることにしよう。武闘派組織の幹部なんだから、金くらい持ってるだろう。
「今から俺達シルメスタに文句言いに行く。ココットも文句言いに行けよ。教会に所属し続けないといけない理由が、家族の生活以外になんかあるのか?」
俺の言葉に、ココットが首を左右に振る。
「やめちまえ、そんなの。ココットなら冒険者でもやっていけると思うぜ。今がチャンスだ。どうする? 行くか?」
本当はそう単純なことではないんだろう。だが、この機会をおいてシルメスタに迫れるチャンスはない。
内部事情を知っているココットを味方に付ければ、追い詰めることもやりやすくなる。
揺れる瞳をじっと見つめる。
「貴女に〝救い”が必要ですか? 今のご自分は、苦しんでいませんか?」
いつから聞いていたのか、サウロの静かな声が耳に聞こえた。
「あなたもまだシスターなら、まずご自分を〝救う”ために動きなさい」
「そう……だよな。これ以上は、ないよな。あたしも、連れてってくれ……!」
スラムで見たココットの燃えるような瞳が戻ってきていた。ココットは力強く頷くと、拘束をされている両腕を突き出した。




