第245話「神の使い」
俺が一方的に叩きのめした武装神官を、ハーヴェがどこからか取り出した縄で縛りあげる。
身体を縛る他、親指どうしを結んだりと俺にはわからないが抜け出しにくい拘束らしい。魔術の氷を砕いて、一階へと運んでおいた。
条件がそろったとはいえ、あっさりといったもんだ。
三次元移動も前よりスムーズにできるようになったおかげか。それとも別の要因があるのか。
悪いとは思ったが、ココットも縛ってある。ミトナが助けたから死ぬほどではなかったが、かなりの重症を負って気絶していた。気絶していても<再生>の効果はあるらしい。すでに傷自体は完治しているようだ。あのまま連れ出してなかったら、どうなっていたんだろうか。
あれだけの<聖威>の連発をくらえば、手足の一本は吹き飛んでしまうんじゃないか。
再生に上限はあるのか? さすがに一撃で首を飛ばされれば死ぬだろう。
「マコト君」
「ミトナ。どうした?」
「ん。神官さん達を運び終わったけど、ドーシュ卿は……」
この人は、もう戻らないのだろうか。
ミトナの目線の先には、両手足を氷刃に貫かれてもがいているドーシュ卿の姿があった。関節部を射抜くようにして貫いた氷刃は、身動きする基点を潰している。いかに力が強くとも動けないはずだ。
「ベルランテ独立に力を貸してくれる数少ない貴族だったのでござるが……」
いつのまにか近寄ってきていたハーヴェが心底悔しそうにつぶやいた。
「そういや、バルグムもベルランテ独立に賛成なのか? 聖王国の騎士団は独立に反対だと思ってたけどな。そこらへんは逆らっても大丈夫なのか?」
「あまりよくないでござる。そのためにドーシュ卿を救出したかったのでござるが」
「この状態は、助けたとは言えないよなあ」
「そうでござるなあ。とりあえずは神官達から情報を引き出すでござるよ」
ハーヴェがそう言いながら一階へ向かう。ミトナもその後に続いた。
「とりあえず、やるだけやってみるか……」
俺は<フレキシブルプリズム>をはじめとする状態異常魔術をありったけぶつけておく。効果が出ているかはいまいちわからないが、<拘束>系の魔術を何種類か起動したので、しばらくは拘束しておけるはずだ。
一階のホールへと戻ることにする。
固めて集められた神官達はぐったりとしている<睡眠>と<困惑>がかけられた彼らはすぐには目覚めないだろう。
情報が聞けるとすれば、ココットかセプテロのようなものだ。あとはリッドあたりが何かを知っていそうな気がするが。
「あれ……? リッドがいない」
「ホントだ。いつの間に」
最後の瞬間あたりだろうか。まあ、逃げられてしまったものはしょうがない。
ひとまずはセプテロから話を聞くことにしよう。
マカゲが活を入れると、セプテロが呻いて目を覚ました。辺りをきょろきょろと見渡し、取り囲む俺達と縛られている武装神官達を視界に収めた。その顔に、信じられないという色が浮かぶ。やがてその視線は、俺で止まった。
「この、悪魔が……!」
俺は肩をすくめた。否定はしない。悪魔と魔物が同じものならば、言う通りだ。
ラーニングの能力は魔物の力も会得する。さらには俺の身体を形作っている素材は魔物そのものだ。
何も言わない俺に代わって、サウロが前に出た。縛られたセプテロの前にしゃがみ込み、その瞳を真っ直ぐに覗き込む。
「いろいろと教えてほしいのです」
「教える気はない。すぐにこの縄を解いていただきたい、サウロ様」
ふてぶてしい態度でセプテロは顔を背けた。この自信たっぷりな様子を見ると、情報を漏らさないための訓練も受けているのかもしれない。
「サウロ、この手合いは正面からいってもダメだ」
「ほう、拷問でもするか?」
「いや。――――<困惑>!!」
魔法陣が三つ同時に展開した。
セプテロが目を見開く。魔法陣が出現してから割れるまでのタイムラグ。その間に口早に詠唱を挟む。
「<怖れを払い、障害を払いたまえ、抵抗>!!」
おっとそうはさせるか。
俺は<抵抗>の魔法陣を拳で殴る。<ししゃのて>が起動した拳だ。割れたり消えたりしないかなと思ったが、布を殴るかのような微かな抵抗と共に、腕が魔法陣を突き抜けた。
<体得! 魔術「抵抗」 をラーニングしました>
魔法陣の状態でもラーニングできるんだな。
軽い驚き。だが起動を止めることはできないらしい。俺の魔法陣も、セプテロの魔法陣も一斉に割れ砕けた。セプテロの<抵抗>を押し潰すように、三重の<困惑>がセプテロを襲う。
「ぬ……ぐ、おッ!?」
効果はすぐに現れた。セプテロの目がどんよりと濁り、身体が弛緩する。腕がだらんと垂らしながら座る様子は、まるで人形のようだ。
フェイが呆れたような顔を俺に向けた。この魔術は見せたことなかったっけ?
「<困惑>。これで何を聞いても答えると思うわ」
「どうしてココットを巻き添えに<聖威>を起動したんだ。仲間にする仕打ちじゃないだろ。死んでもいいってのかよ」
俺は憤っていた分をセプテロに叩きつけた。森での襲撃の時からも感じていたが、どうもセプテロの態度はおかしい。
「……その通り。死んでもよい。再生者はただの研究の産物だ」
「<再生>はどうやって起動してるんだ?」
「<治癒の秘跡>の魔法陣を、再生者の体内に刻み込む。再生して消えてしまわぬように措置をして、彫り込んである……」
俺は思わず口元を押さえた。えげつない。
手術の傷は体の内側で起動し続ける<治癒の秘跡>が治療し続けるのだろう。<麻痺>あたりを麻酔に使ったとしても、外道の仕打ちだ。
昨日今日その実験がされたとは考えづらい。もしかすると、初めて出会った時から、すでに<再生者>だったのかもしれない。
ココットがそれを受け入れるのは、生活、家族のためか……?
「……それなら聞くでござる。シルメスタ大司祭の狙いは何でござるか?」
「シルメスタ大司祭様の狙い……」
俺が沈黙した間に、ハーヴェが目を光らせて、すかさず質問を投げた。セプテロはどんよりしたままの目を床に向けながら、ぽつりぽつりと話し出す。
「シルメスタ大司祭様は……焦っておられる……。執政会議をひっくり返せなかったからだ。メデロン卿の支援を受け、事前に用意していた策に切り替えることにした……」
「策……? ドーシュ卿を幽閉していたのは、違うよな」
ドーシュ卿の幽閉は執政会議の前だ。
「そうだ……。シルメスタ大司祭は、〝神の使い”を呼び出そうとされている……」
サウロの顔色がさっと青くなった。
〝神の使い”。さっきの戦いの中でもセプテロがちらりといっていた。より高次の人間。強靭な肉体と、マナを得る。
「それで禁忌に手を出したのですか! 人を故意に変質させる禁忌に……ッ!!」
サウロの激昂も、困惑状態のセプテロには通じない。どんよりした目をわずかに向けるばかり。
「神獣の逸話に進化の秘密は隠されている。レブナントは人の魂から成った魔物だ。それなら加工は容易い。多くの魂を吸ったレブナントを養分にして取り込むことに成功すれば、神の領域に近付いた人間を造り出すことができる……」
ぞっとする。
ドーシュ卿を見てわからないのか。魔物以外の何になると言うんだ。
神の使い? 高次の人間? ありえない。
適合するとするならば、それは、より高次の魔物が完成するだけだ。
「人間よりはるかな高みに立つ人間。もちろん教会を助けるための旗となるだろう……」
セプテロのむなしい声を耳が拾う。
――――そんなものが人を救うものか!
「……ドーシュ卿を戻す方法はないのか?」
「ない。少なくとも私は知らない」
空気の悪い沈黙が俺達を包んだ。
その沈黙を圧して、サウロの声がした。
「シルメスタ大司祭を止めましょう。あの方はここまでする方ではなかった。だが、このままではよくない事態になる」
俺達は頷いた。
サウロの表情は硬い。シルメスタが説得に応じなければ、〝力づくで”ということだ。そして、その可能性は高い。
だが、ドーシュ卿であれだ。もし、シルメスタの言う〝神の使い”が完成してしまった時に、一体どうなるか。
「セプテロ。お前、シルメスタのもとに戻るつもりだったんだろ。言え、シルメスタはどこにいる」




