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第243話「救いの手」

 ベルランテから東、森に飲み込まれた洋館が俺達の目の前にあった。

 ぽつんと一件だけ建つその姿は、異様とも見える。

 もともとはきっちりと整備されていたはずの洋館は、いまや前進してきた森に飲み込まれていた。かろうじて玄関に続く道の草が払われている程度か。

 蔓性の植物が精力的に窓を覆い隠して、内部の様子はいまいちうかがえない。だが、隙間から漏れ出す光が、打ち捨てられた廃墟のような洋館に人がいることを示していた。


「もとは貴族の避暑地として使われていた屋敷でござる」


 俺の隣でしゃがみ込んでいるハーヴェがぽつりと漏らした。油断なく辺りを見渡す。トレードマークの帽子は森林迷彩模様になっていた。懐から間取り図を取り出すと、そっと広げる。俺は覗き込んだ。

 サウロも同じようにして覗き込む。

 フェイとミトナ、マカゲの三人は玄関の他に侵入口がないか探して、ぐるりと洋館の周りをまわってもらっているところだった。


「メデロン卿が買い取ったあと、多少の改装は入っているようでござる。ベルランテからの人足がここ最近出入りしたことを確認したでござるよ。何かを運び込んだことも、でござる」


 おそらくそれがドーシュ卿だ。何かをしようとするならば、やはりそこには証拠が残る。ハーヴェのような情報屋は、そういった細かい情報で一枚の絵を描き出すことが仕事なのだろう。

 ひとつひとつは当たり前のような仕事であり、日常からドーシュ卿の行方が見つけ出せたのはハーヴェの手腕だ。


「しかし、静かすぎると思いませんか」


 サウロが眉根を寄せながら言う。メデロン卿がベルランテ独立阻止のために動いているのなら、警備の一人でもつけるべきなのだ。そういったものが見られない。不気味な明かりが館内から漏れているのみ。

 俺は<空間把握(エリアロケーション)>を起動した。マナの粒子がそっと振り撒かれ、周辺を知覚できるようになる。確かに範囲内には歩哨の一人も感知できない。


 俺達が首を捻っているところに、フェイとミトナ、マカゲが戻って来た。三人の顔も晴れない。


「どうだった?」

「ん。入れそうなところはいくつかあったんだけど、木がでたらめに生えすぎてて」

「道を切り拓きながらいくとなれば、だいぶ目立つだろうな」


 ミトナとマカゲの言葉が正しいなら、正面から入るしかないということになる。フェイが腑に落ちない顔をしながら口を開く。


「やっぱりおかしいわ。見張りがいないなんて」

「事情はわからないが、逆にチャンスじゃないか?」

「マコト、その事情が逆にピンチってこともあるわよ」

「ここでずっと座ってるわけにもいかないだろ?」

「それはそうでござるな。最低でもシルメスタ大司祭の手勢はいることは確かでござるし」


 アルドラとハクエイの追跡でも、この屋敷に入ったことが確認されている。すくなくともあいつらはいるわけだ。もしかすると追ってくるのを知っていて罠をしかけている?


 いつの間にか全員の視線が俺に集まっていた。

 あれ、これ俺が決める流れ?

 サウロさんに視線を振ってみるが、じっと見つめ返されるだけだった。

 こういう時どうすればいいかなんてわからないんだけどな。もしかして、魔術が使える冒険者だから軍事的なことにも詳しいとか思われてないだろうな。


 考えてもよくわからなかった。ただ、見張りがいらないくらいドーシュ卿が弱っているなら、助け出すのは速い方がいい。

 俺は深く沈んだ思考から、自分を引き上げた。


「――――行こう」




 霊樹の棒を握っている手に、じっとりと緊張の汗が浮き出てくるのを感じていた。


 とにかくドーシュ卿を見つけ次第、回収、脱出。顔を知っているハーヴェとサウロがドーシュ卿を連れて行く。退路を確保するためにアルドラとハクエイに残ってもらっている。アルドラのところまで連れていければ救出はできたものと考えていいだろう。


 まず俺とミトナが先行して進む。足下を静かにクーちゃんが歩いていた。抱き上げるかと一瞬考えたが、クーちゃんならどうとでもするだろう。

 ミトナが耳をぴくぴくと動かす。辺りの様子を探っているのだ。その手には抜いたバトルハンマーが握られている。


 ミトナの感覚と<空間把握(エリアロケーション)>で警戒をしている。よっぽどでないかぎり奇襲は防げるはずだ。


 円型の玄関ホール。ところどころ足下の床が腐っているところを考えても、人が住む環境とは思えない。改装は部屋にだけ入れたのだろうか。

 合図で呼び寄せたハーヴェに目で訴えるが、ここ以外にはないという確信に満ちた視線が返ってきただけだった。


 玄関ホールを抜けた先は、正面は大きなダンスホールになっている。避暑地として機能していた時は、ここでパーティでも開かれていたのだろう。


「……っ! 上……」


 俺の<空間把握(エリアロケーション)>が人間の形をしたものを感知した。装備から考えると武装神官だ。二階にある広いホールで、何かを囲むように円陣を組んでいた。円の中心に据えるように立っている人は、カタチからして武装神官じゃないだろう。


 ――――嫌な予感がする。


「二階だ。先に行く。武装神官は引き付けるからドーシュ卿を助けてくれ」

「私も行く」

「え、ちょっと……!」


 <浮遊(フローティング)><身体能力上昇(フィジカライズ)>を起動。階段を飛び越える勢いで、二階へ。ミトナが追いかけて来ているのがわかったが、今更止められない。


 俺はマナを練る。術式を編みながら目的の部屋へ。辿り着くなり扉を蹴り開けた。根本が腐っていたのか、ズガンと大きな音がして扉が吹っ飛んだのは誤算だった。だが、おかげで武装神官の注目は集められたが。


 空気が凍り付いた。


「…………なんだ、それ」


 準備した魔術を放つことも忘れ、絞り出した俺の声はかすれていた。


 円陣を組む武装神官たち、中にはココットやリッドの姿もある。セプテロと呼ばれたリーダー格が、じろりと俺を睨んだ。

 セプテロの声音は呪詛に満ちていた。嫌な感情を煮詰めるとこんな声になるのではないか、と思う声。


「ドーシュ卿だったものだよ」


 円陣を組んだ中央には、ミイラのようなものが宙吊りになっていた。鎖で縛られ、吊られたミイラだ。

 不気味にもごもごとうごめいている。


 ぐるぐる巻きの包帯が、人の形を浮き上がらせている。宙に吊られているから立っていると錯覚したのだ。何重にも巻き付けられている包帯には見覚えがある。びっしりと文字が書きこまれた包帯。


 これが、ドーシュ卿?


 見る間にミイラは内側から盛り上がっていく。手足が肥大化し、上半身はゴリラのごとく筋肉が盛り上がっていく。顔面を覆っていた包帯がずれ、顔が見える。


「残念ながら、ドーシュ卿は悪霊に憑りつかれ、魔物となってしまっていたのだ」


 よくもそんなことが言える。俺は頭に血が上るのを自覚した。


「どう見てもお前たちがやった以外にないだろうが!」

「こうなってしまったのなら、我々教会はみなの平穏を守るために、討伐せねばならぬなあ」


 がしゃり、と武装神官たちが武器を構えた。狙いは俺ではない。化け物になりつつあるドーシュ卿だ。


 おおおおおおおおおおおおおおおん!!


 身の毛のよだつ叫び声が響いた。

 がたりという音に、俺は我に返った。ふりかえるとハーヴェとサウロが追い付いてきていてる。ハーヴェの顔が驚愕の色を浮かべる。


「ドーシュ卿!!」


 やはりこの人はドーシュ卿なのか。もはや完全に肉の化け物に変貌しつつある。

 セプテロが愉悦の色を浮かべた。

 

「サウロ様もお越しとは」

「これはシルメスタ大司祭の指示ですか!」

「シルメスタ大司祭は関係ありません。我々の考えです。ドーシュ卿さえいなくなれば、シルメスタ大司祭殿も動きやすくなると考えた我々の独断ですよ」


 サウロが唇を噛んだ。盾を構える腕に力がこもる。

 レブナントドーシュの咆哮が、びりびりと空気を震わせる。縛めの鎖が、いまにもひきちぎられそうになっている。


「サウロ様、穢れた魂を救済するのも我々の使命です。お任せいたしますよ。苦しむものに救いの手を」


 じり、と武装神官たちが距離を取る。その瞬間に、ドーシュ卿の鎖が千切れた。

 太った肉のゴーレムとでも言うべき巨体が、手近な神官に殴りかかる。


 一瞬でホールが騒然となった。

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