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第241話「難民」

「近寄るんやない――――ッ!!」


 ヴェルスナーの強面に臆することなく、強い声が貫いた。さっきの悲鳴とは声が違う。

 開かれた扉。馬車の内部から、青い炎が膨れ上がる。


「おっと」


 ヴェルスナーは慌てない。炎弾を大きな掌で掴み取ると軽く握りつぶした。毛の先端が少し焦げ、煙があがるがそれだけだ。腕の一振りで消える。


「ヴェルスナー、そのやりようだと、襲撃してきた不審者と思われてもしょうがないんじゃないか」

「あァ? 魔術師、オレ様のどこが不審者だ」


「その声、マコトさんやな!?」


 馬車に開いた穴から、明るい茶色の髪の少女が顔を出した。その頭には狐耳がくっついている。フィクツの妹、ミミンだ。王都にいるはずなのに、どうしてこの馬車に。


「ミミン!? どうして!?」

「それはこっちのセリフやわ。急に馬がものすごく走り出したかと思ったら、急に止まって、外ですごい物音がしたんや。ほんま驚いたわ」


 ミミンはヴェルスナーを押しのけると、馬車から降りた。

 長旅用の旅装に変わっているが、王都で別れた時と様子は変わっていない。

 ミミンは辺りを見回すと、ミトナを見つけ、軽く手を振った。ミトナも手を振り返す。安全なのを確認し、馬車の中に声を掛けた。

 

「大丈夫やで。知り合いが助けにきてくれたんや」

「ほんとう?」


 ミミンの声に、おそるおそるという様子で、妙齢の美人が顔を出した。

 質素だが質のいいドレスを身に纏い、おっとりと辺りを見渡す様子はいかにも身分の高い女性という様子だ。おなかの辺りには七、八歳くらいの男の子がいた。守るように、どこにもいかないように肩に手をかけている。


「本当か? こいつらがおそってきたやつらじゃないのか?」

「こら、ティント。失礼なことを言うのではありませんよ」


 唇をとがらせて、生意気そうな顔で言う男の子を、女性が諌める。眉を立てて怒ってはいるがあまり迫力はない。男の子はフン、と荒く鼻息を吐いた。ものめずらしいのか、ヴェルスナーをじろじろと見る。


「お怪我はありませんでしたか?」

「ええ、何が何だかわからないうちでしたから」


 サウロの言葉に、女性はほっとしたように答えた。


「あ、お名前を伝えるのが遅れてしまいましたね。わたくし、ファナン・アドラーと申します。ベルランテへ向かう途中でしたの」


 アドラー?

 ほほに手をあてて上品そうに微笑むファナン。いくつかの風景がフラッシュバックする。


「ミトナ、バルグムもアドラーって言う名前じゃなかったっけ……?」

「ん。確かそうだったような……?」


 頭の中でバルグムの名前がひっかかった。外国みたいな顔が脳裏をかすめる。どうやらミトナも同じらしく、


「ベルランテ駐屯騎士団に勤務しているアドラーでしたら、わたくしの夫ですわ」


 その言葉が、俺の脳に辿り着くまでに、少しの時間を要した。



「でえええええええええッ!?」


 まさか!?

 あのバルグム!?


 俺は穴が空きそうなほどファナンとティントを眺めた。失礼と思われてもしかたがないくらい長く眺めてから、ようやく視線を外す。


「あなたがマコトさん?」

「ぅえ!? あ、え、はい。いちおう」

「夫からの手紙で、よく名前が出るわ。初めまして」

「弱っちいんだってな!」


 ファナンと言うべきか、バルグム夫人と言うべきか。そのバルグム夫人はそう言いながら一礼した。ティントも言われるままにしぶしぶ頭をさげた。

 ここまで言われれば信じるしかあるまい。ミミンも巻き込んだ壮大なドッキリというわけでもないだろう。


 改めてみる。ガイコツみたいな外見のバルグムに、おっとりとしたたおやかなお嬢様が奥さんだなんて誰も信じられないだろう。


 ようやくショックから脱した俺は、あることに気付いた。ミミンに聞くことにする。


「あっ、と。ところでミミンは一人か? フィクツは?」

「お兄ちゃんならもうすぐ追いつくで。馬車が暴走させられたから、私たちが先行したかたちになるなぁ」


 言う傍から、ミミンに呼びかける声が聞こえてくる。ほんの少しなのに懐かしく感じるあの声は、フィクツだ。道を小走りにくる狐耳の青年、フィクツだ。


「あれ!? ニイさん!? どうしてここに?」

「こっちが聞きたい。フィクツとミミンは王都にいたんじゃなかったのか?」


 俺の質問に、フィクツの眉根が寄った。どうやら不愉快なことを思い出したらしい。


「初めはマルカーンのジイちゃんのところに寄せてもらったんや。やけどな、ニイさんらが行った後から急に獣人、半獣人への風当たりがきつなったんや」

「俺達が出た……後?」

「いくつかの水路市はガサ入れが入ったで。しばらくは商売できひんやろなぁ。やからな、獣人や半獣人に条件のいい仕事が見つかるって噂のベルランテに来たんや」

「わたしはこの男の子の話相手として誘われたんで、馬車にお邪魔させてもらってたんや」


 王都は今、一体どんなことになっているのか。俺がベルランテに出た後は情報がない。後でハーヴェあたりに情報がないか聞いてみるか。


 フィクツが来た道から、ぞろぞろとやってくる人の反応を<空間把握(エリアロケーション)>で捉えた。

 なんだか慌てて荷造りして出てきたって感じの人々がまとまって歩いてきていた。

 その数に俺はあんぐりと口を開けた。三十人以上はいるだろうか。荷車に家財を積んで歩く者、かなりふくらんだバックパックを背負ってあるく者。

 そのどれもに共通点がある。


 獣人か、半獣人なのだ。


「まさか……この人たちもベルランテに来るってことか?」

「そうなんや、ニイさん。王都は、もう獣人や半獣人が住めるような土地やない。特別税と兵役が、獣人と半獣人にだけキツいんや。王都には、いられへん」

「まあ、また会えたんはうれしいけどな!」


 フィクツとミミンがお互い顔を見合わせて笑顔になる。

 王都には獣人が住める場所がなくなっている。雰囲気や、制度がそうさせるなら、そりゃ、圧政というやつだろう。王都では生活できなくなり、いわゆる難民というものになってしまっているのだ。

 ベルランテなら港街で獣王国に戻ることもできるし、そのままベルランテで住むことも考える。俺があれだけ探して見つからなかったから、住めるかはわからない。

 それとも、新しくできた獣人街に住むことになるのだろうか。


 逃げてきた彼らは、一様に疲れ切った顔をしていた。サウロさんの教会制服を見て、一瞬息を詰めたものの、泰然と腕を組むヴェルスナーを見て、ほっとした表情になった。

 隣に佇むサウロが苦い物を含んだ顔になる。握った拳が白くなっていた。


「もし、ベルランテでお困りでしたら、私の屋敷を訪ねてください。できるかぎりのことは手伝いましょう」


 教会は人間至上主義だ。だから〝教会”では手助けは考えられないだろう。だが、サウロさん個人なら別だ。あの屋敷を有効に使うことができると考えているのだろう。


 噂は少しずつ耳に入っていた。

 王都の獣人排斥運動。これが聖王国に広がるなら、彼らのような難民がまだまだ出て来ると言うことになる。そのほとんどはベルランテに集まってくるのじゃないだろうか。


 ふと、ミトナが難しい顔をしていることに気付いた。自己紹介を始めたサウロやヴェルスナーを横目に、俺はミトナの横に並んだ。


「ミトナ、どうした?」

「ん。シルメスタ大司祭は、バルグムさんの家族を狙ったってこと?」

「馬車が襲撃されたなら、そういうことじゃないか?」


 そのメリットはわからないが。


「それとも、ここまでやってきたみんなを狙ったってこと?」

「難民の流入阻止か。どうだろうな。それだったら狙いは馬車だけじゃなかったと思うけどな」


 それこそ、難民の密集しているところに範囲魔術をぶつけるだろう。


「マコト君。バルグムさんのところまで、しっかり守りながら届けよう?」

「わかった。シルメスタの手下がまた来るかもしれないしな。そのあと、ドーシュ卿の救出だな」


 少し不安そうなミトナを安心させるように、俺は力強く頷いた。

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