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第240話「手加減しては止めきれぬ」

 ココットの表情は読めない。

 ただ、竜人ハイロンのような熟達者の圧力を感じる。


 立ちふさがる俺を一瞥すると、ココットは拳を構えた。


「どうしてあの馬車を狙う?」


 ココットは答えない。じり、とすり足で俺との距離を詰める。こちらの魔術を警戒しているのなら、正解だ。俺との間合いを測るその時間が勝機。俺は練っていたマナで術式を編んでいた。

 今答えなくても、この場を収めたあとに聞けばよい。


「<麻痺(パラライズ)>!」


 ココットが地を蹴ったのに合わせ、俺は魔術を起動した。魔法陣が割れ、身体を痺れさせる呪いの(もや)が拡がった。ぼふんと噴出する靄は、突っ込んでくるココットにカウンターで襲い掛かる。


「よし! 命中――――う!?」


 ココットが靄を突っ切って姿を現した。煙の如くまとわりつく麻痺が、名残惜し気に張り付いているが、それだけだ。痺れた様子は全くない。


 呪いを完全に無視か!

 リッドの言葉通り、呪いが効かない!? 再生ってそんな効果があるのかよ。


「くッ!?」


 咄嗟に<りゅうのいかづち>を放つ。至近から膨れあがる雷撃。ココットはそれすらも無視して突っ込んできた。身を焼かせながら、ガントレットを俺に叩きつける。


 息が。

 脇腹に突き刺さった鉄塊から、ぺきぺきと嫌な音が聞こえた気がした。

 よろめいた俺の顔面を、ココットの拳が正確に捉える。熱いのか痛いのかわからない。


「――――あああがッ!?」

「寝てろ」


 くそッ!

 喋れるじゃねえか。一つぐらい説明していけよ!


 膝をつき、半ば倒れた姿勢。気にするものか。

 俺は揺れる視界を無視。<空間把握(エリアロケーション)>だけを頼りに、魔術を起動。無意識でも起動できる<氷刃(アイシクルエッジ)>。


 瞬時に射出された氷の剣は、距離を取ろうとしたココットの足を貫いた。血しぶきが一瞬で凍りつく。氷の塊が地面に足を張り付ける。


 衝撃でぐらりと姿勢を崩すココット。だが、無理矢理その足を引き上げる。張り付いた肌を無理矢理剥がしているのだ。どれほどの痛みか。痛いはずだ。

 引き抜いた足からぼろっと氷の剣が抜けると、白煙を上げて足の傷が修復されていく。


 ココットがぼそりと呟いた。


「……そんなのであたしが止まるかよ」


 ココットの視線が、俺の視線とぶつかる。その声が、止めてくれと聞こえたのは気のせいか。

 ミトナも打ち合う中でこれを感じたのか?


 俺は〝遅延(ディレイ)”状態で魔術を保持したまま、よろよろと立ちあがる。銃口よろしくココットに狙いを定める。


「スラムで俺とミトナを救けてくれたこともあるよな。そんなココットがどうして……」

「ココットは説得には応じませんよ。彼女には戦う理由があるのですから」


 リッドの平坦な声。ココットの顔が歪んだ。

 俺は息を吸いこむ。いま〝遅延(ディレイ)”しているのは<治癒の秘跡(サクラメント)>。傷の回復と同時に仕掛ける。

 リッドの声は無視しろ。


 <治癒の秘跡(サクラメント)>を起動した。マナの粒子が舞い、傷が一気に回復する。疲労感を感じるが、まだ動ける。

 俺の動きを見て、ものすごい速度でココットが距離を詰める。


 まだだッ!


「――――<フレキシブルプリズム>!!」


 複数の魔法陣が一斉に割れる。複数の状態異常を含んだ呪いの靄が、ココットを包み込む。

 だが、効果は無い。まるでただの煙のようにココットは突き進んでくる。


「呪いが効かねぇのは、あたし自身の天恵(ギフト)なんだよ! 何度撃っても無駄だ!!」


「オオオオオオオオオッ!!!」


 苦し紛れの<りゅうのおたけび>。


「ぐぅっ!?」


 止まった!?


 全身を咆哮に打たれ、動きを鈍らせている。<咆哮>は呪いとは違うのか。効くなら手は打てる。

 三次元移動からの、足止めと魔術。ただ、生半な攻撃ではココットは止められない。


 覚悟を決めろ。手加減しては、止めることができない。

 俺が震えそうになる足で踏みだそうとする。


 いきなり頭上から、でかい塊が落ちてきた。


「フンッ!!」

「――――っ!?」


 黄色と黒の縞柄。巨体が空気を引き裂き、ココットめがけて落下する。

 ズドン、とまるで大砲のような音を立てて、ヴェルスナーの拳が地面にめりこんだ。行動不能からかろうじて脱していたココットが、焦りの浮いた目でヴェルスナーを見つめている。


「コソコソしている奴らを追いかけてみれば、てめぇに会えるたぁな! オレ様はやはり運がいい」


 ヴェルスナーの巨大な掌が、ぎちぎちと握り込まれて拳を作る。

 二人が同時に接近した。銃撃のような拳の応酬。戦闘スタイルは同じ。


 ヴェルスナーの拳がココットの顔面に入り、折れた鼻や腕の骨が一瞬で治癒される。

 ココットの拳がヴェルスナーの膝や肘にめり込む。頑健な獣人の身体は、鉄の拳ごときでは傷がつかない。顔面に刺さった時は、さすがによろめいたが。

 お互い強力なストレートを交わし、一度距離を取る。


「リッド、どうすりゃいいんだ?」

「スラムのヴェルスナーですか。……一度、態勢を立て直しましょう。――――セプテロ!!」


 倒れていたリーダー神官が起き上がる。こいつがセプテロか。マナを吸い切って衰弱していたと思っていたが、何かを使ったのだろう。

 セプテロは準備していた<抵抗(レジスト)>を唱えると、馬車の周りで拘束されている武装神官を解き放つ。


「一時退却!! 紫草原で集合せよ!!」


 セプテロの指示と共に、無言で散開する武装神官たち。まだ気が付かない者は数人がかりで運んでいく。


 退却の手際は見事だった。あっと言う間に木々の間にかくれ、姿が見えなくなる。<空間把握(エリアロケーション)>で追えたのもつかの間、すぐに位置を見失う。


 あのまま戦っていたとして、俺はやれたのか?


 俺は握っていた拳を見下ろした。魔術は強くなった。だけど、人間に振りかざすのは、怖いのか?。


 気が付くと近くまでヴェルスナーが来ていた。


「魔術師、どういうことだ?」

「俺が知りたいよ。ヴェルスナーこそ、よくここがわかったな」

「呪術師は何とか落ち着いた。魔術師の仲間に聞いたら怪しいヤツを追いかけていったっていうからな、匂いを辿って来た」

 

 ヴェルスナーが血入りの唾を吐き捨てた。


「なんだってあの野郎が……」

「そうだ。ヴェルスナーは理由知ってるか? ココットに〝呪い”の魔術が効かなかったんだよ」


「呪いが効かない体質という天恵(ギフト)があったはずです」


 俺の疑問に答えたのはサウロだった。ミトナはまだ辺りを警戒しているのか、バトルハンマーを片手にぶら下げている。クーちゃんが俺の足元に戻ってきていた。それを考えると隠れての奇襲もないだろう。


(アルドラ……。できるだけ距離をあけて追え。気付かれるなよ)

(是。了解した)


 待機させていたアルドラを追跡に回す。これだけ動いたあとだ、少し離れてもアルドラの鼻ならかぎつける。


祝福者(ブレッシング)は、〝呪い”の魔術を無効化し、神聖術に親和性が高くなります」

「<再生(リジェネ)>が使えて、即座に回復するくらいか?」

「ん……。ココット、回復しても疲れてなかったね」


 ミトナに言われて、俺はようやくその様子に気付いた。さっきの戦いでも、何度も修復されていたが、ココットが疲れる様子はなかった。


祝福者(ブレッシング)は<治癒の秘跡(サクラメント)>回復時の疲労も軽減するはずです」


 ということは、ココットは回復し放題というわけか。俺は苦虫をかみつぶしたような顔になった。


「マコト君も大丈夫? 何回か殴られてた気がするけど」

「っと、結局あの馬車って、誰が乗ってるんだろうな?」


 ミトナの心配はありがたいが、俺が<治癒の秘跡(サクラメント)>を使えることは秘密にしておきたい。無理矢理話題を転換することにした。

 怖がっているのか、馬車の扉は開きもしなかった。馬はすでにない。襲撃のはじめで綱も切られ、どこかへと逃げ去ったのだろう。中の人は震えているのかもしれない。


「開けて見りゃわかるだろ」

「あっ!? おい、待て! ヴェルスナー!!」


 俺の制止がむなしく通り過ぎる。

 ヴェルスナーがのしのしと歩いて、馬車の扉を引きちぎる勢いで開いた。ついで顔を突っ込んで覗き込む。


「キャアアアアアアアアアア!!!」


 馬車の中から、耳をつんざく絶叫が膨れ上がった。そりゃそうだろうよ。

 俺とミトナ、サウロは慌てて馬車へと走り寄った。

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