第239話「再生者」
ケイブレザーコートにマナを通す。反応した裾が巻き付き、動きやすい形状になった。
俺はちらりとサウロを見る。固い表情で森へと向かう彼の心中はいかほどのものか。
走る俺達の後ろから、アルドラもついてきている。
神官たちの目的は街道を来る何者かの襲撃。
先に森に入っておくべきだったかと一瞬考えたが、すでに遅しだ。
「補強の魔術を起動してから行く。ミトナ、頼んだ」
「ん。まかせて」
いつもの眠たそうに見える目に真剣な光を宿らせて、ミトナが前に出る。サウロも遅れずについて行く。半獣人のミトナについていけるのは、やはりかなり鍛えているからだろう。
ミトナはバトルハンマーを腰の後ろから引き抜くと、小さな森へと駆けていく。ミトナとサウロに二人なら、十分対処できるだろう。
「<空間把握>、<氷刃・八剣>」
魔法陣が砕け、一気に認識の幅が拡がる。同時に出現した八本の氷剣が俺の周りを滞空した。
すでに<身体能力向上>と<浮遊>は起動済みだ。半ば無意識でもできるようになってきた<まぼろしのたて>と<しびとのて>も起動しておく。
本音を言えば<やみのかいな>で、腕を影化しておきたいところだったが、サウロが居る。信頼できるとは思うが、やはり晒すのは気が引ける。
俺は戦う準備が整ったことを確認すると、霊樹の棒をアルドラのラックに戻す。森の木々を使った三次元移動を少しでもしやすくしておこう。
「よし。上から行くか」
街道を地上からミトナとサウロが行っている。木々を使って頭上から行けば奇襲できる。
俺は入り口の木の幹や枝を足掛かりに、樹上へと登っていく。枝を足場に次の枝へ。まるで往年の忍者映画の如き動きで、ミトナの下を目指す。
俺は思念でアルドラに指示を出した。アルドラも地上から。伏兵として伏せさせておく。
<空間把握>の情報によると、街道の真ん中で動きを止めている箱馬車が一台。十数名の武装神官に取り囲まれている。すでにミトナとサウロは戦端を開いているらしい。
近い。すでに武器と武器がぶつかる音が聞こえる。
そして、声もまた聞こえてくる。俺は飛び降りようとした動きを止めた。状況が見える枝の上で成り行きを見る。
ミトナのバトルハンマーが一人の鎧を叩き、ものすごい音を立てて弾き飛ばした。サウロと防具はあまり変わらない。プレートメイルだ。
神官がサウロを狙って武器を振り下ろす。メイスに見えたが、先端についているのは重りではなく、半月型の刃。これはもはや手斧だ。サウロが盾で防ぎ、はじき返す。あまりの勢いに武器が振り回され、神官はよろめく。
「サウロ殿……。 どうして我々の邪魔をするのです」
「馬車を狙う必要があるのですか!」
「ありますとも! それがシルメスタ様の命であるなら! 教会を救うためならば!!」
叫んだ神官の両脇から、疾風の如き勢いで二人が走り出た。一人は鎖付き鉄球を持つ神官。もう一人はがっしりとしたガントレットを着用しているシスター。
見覚えがあるどころではない。
「……ココット!? リッドも!!」
マッシュルームヘアーの神官はリッドだし、背の低い武装シスターはココットだ。
どうして……!?
カンスナ墓地でも会った。ヴェルスナーと仲が良くて、スラムに馴染んでいた彼女。サウロと同じく、人種の壁など気にしていないはずの彼女が、なぜ。
ココットは意図的に表情を消したまま、ミトナに襲い掛かる。避けるミトナも、知った顔にためらいが生まれている。
「シルメスタ大司祭様は、教会の権威を再生させる者。我々はそれに殉じるのみ! この者らは押さえる! 馬車をやれ!!」
リーダー格らしき神官が叫ぶと、馬車に近い武装神官たちが一斉に動いた。
仕掛けるなら、今。
「――――<雷の鎖>!!」
魔法陣が割れる。樹上から聞こえる俺の声に、ぎょっとする神官たち。反応すらさせず、降り注ぐ雷は地面の上をのたうつと神官たちを捕らえていく。俺はそのまま馬車の屋根に降り立った。即座に氷剣が宙を滑り、拘束している神官たちの衣服を貫き、地面へと縫いとめる。
「なッ!? 何だと!? 何が!」
驚愕の声をあげるリーダー神官は、ぽかんと口を開けたまま固まった。ミトナとサウロに対峙する二人も動きを止める。
「身体には刺さってない。どうしてこの馬車を襲うのか、聞かせてほしいもんだな」
俺は馬車の上から<麻痺>を起動すると、剣で足止めしていない神官の自由を奪っていく。しばらくは<雷の拘束>が効いているだろうから、動けはしないだろうが。
リーダー神官は蒸気を拭きそうな勢いで俺を睨みつける。
「獣とつるむ異端者め……! シルメスタ大司祭様の考えがわからぬ無知蒙昧さよ……! サウロ様、あなたもだ!!」
口角から泡を飛ばし、目を充血させて叫ぶ。
「ベルランテが独立すればどうなるかわからぬ貴方ではありますまい」
「教会は残る。人々の信仰は強制するものではないでしょう?」
「貴方は純粋に過ぎる。民草は愚かです。導いてやらねば」
リーダー神官は右手に手斧、左手に杖を持った。その構えには隙が無い。ミトナとサウロも身構える。鉄球がサウロの盾を叩き、鉄の拳がミトナを襲う。ミトナはバトルハンマーを掲げたものの、迷うそぶりを見せた。
気になったが、とにかくこいつらを無力化してしまうのが先決だ。リーダー神官めがけて魔術を起動する。起動速度を重視。麻痺を選択。
「<麻痺>!」
「<怖れを払い、障害を払いたまえ、抵抗>!!」
魔法陣が割れるタイムラグの間に、リーダー神官が術を起動する。魔法陣から飛び出した呪い靄は、リーダー神官が生んだ光に触れると乾いた砂になって地に落ちる。<麻痺>が無効化されている。
リーダー神官に届いていない。
「魔術。忌まわしき術よ。正しき神聖術の前で、そのようなものが効くものか」
「そうかよ! ……<拘束>ッ!!」
「<怖れを払い、障害を払いたまえ――――」
リーダー神官が嘲るように口元を歪める。同じ手を二度も使うとはバカか、ということだろう。
それは、お前にも言えることだ。
俺は魔法陣から噴き出した<拘束>の靄と一緒にリーダー神官に向かって跳ぶ。驚きながらも、詠唱は止められない。
「――――抵抗!>」
<拘束>の靄も<抵抗>の光に砂へと変えられた。だが、そうなることは予想済みだ!
「おおおおおおおおッ!!」
そのまま俺はリーダー神官にタックルで押し倒す。叫んだのは<たけるけもの>。狭い範囲の咆哮に行動不能にされたリーダー神官は、抵抗できずに倒れた。そのまま顔面を両手で掴むと、<しびとのて>でマナを吸いあげていく。
「ぐッ!? クソ!!」
まだ動けるのか!
俺は振り回された手斧をなんとか避ける。
「この……! <衝撃球>!!」
魔法陣が割れた。撃ち出された衝撃球が連続で弾ける。ふらつきながら立ち上がろうとしたリーダー神官の全身を打ち据えた。白目を剥いて倒れる。
ミトナとサウロは……!?
何度も金属の拳を打ち付ける音。
ミトナは何とか防いでいるが、拳の方が連射が利く。ミトナがバトルハンマーを振る隙を与えずに繰り出す拳撃。一撃がお腹に、さらに一撃が顔に突き刺さる。
口端から血を流すミトナの目が据わった。強い光をココットに向ける。
「させない……! ベルランテは、私達の街だよ……!」
ココットの拳が空を切る。
髪の毛をかすらせるレベルで見切ったミトナが、流れるような連撃を叩き込んだ。足首、肩関節の骨を折る打撃。あまりの勢いにココットの身体が転がる。
ミトナが苦しそうな息を吐いた。足首を打った瞬間に、カウンターの一撃をもらったのが見えた。
ココットの実力は確かなものだ。ミトナも手加減をする余裕がなかったということだろう。
だが、これでココットはもう動けない。
「立ちなさいココット。できるはずですよ」
鉄球を振り回しながら、リッドが冷たい声を出した。
ゾンビじみた動きで、ココットが立ち上がっていた。その足首と肩からは、薄く白煙が上がっている。
「彼女は再生者です。止めたいのなら、首を飛ばしてみることですね」
「うぐッ!?」
サウロの呻き声。鉄球がサウロの足元を穿ち、動きが止まった腹に強烈な蹴りをもらったのだ。
無表情のまま、ココットが戦列に戻る。
再生者という名前が言葉通りなら、自動で即時回復をする術か何かを使っているのだろう。<治癒の秘跡>を応用だとは思うが、あれは痛みを消してくれるものじゃない。ダメージをくらった瞬間は、痛みを感じているのだ。
自分の一撃の威力を知っているミトナの方が、痛みを覚えたような表情をしていた。
俺は叫ぶ。
「ココット! 操られてるんじゃないのか!?」
「彼女は彼女の意思でここに立っています」
「リッド! あんたもどうして!? ドマヌ廃坑では助けてくれただろ!?」
「…………」
帰って来たのは沈黙だった。リッドが鉄球を持つ手に力を込める。ちらりとココットを見ると、ぼそりと命令する。
「セプテロの言葉は正しい。先に馬車を狙いなさい。貴方の再生なら、呪いも無効化できる」
ひとつ頷くと、ココットは馬車を狙う。中に誰が乗っているのかは知らないが、あの鉄製ガントレットで殴られれば死ぬ。
「させるか……! わけもわからないまま、通せるかよ!」
俺はココットの前に立ちふさがった。
どうするかとか、なぜ、とか、疑問は渦巻いている。だが、止めなくてはならない。




