第23話「差別」
今回もよろしくお願いします。
ココットとリッドを見送ると、急にあたりが静かになったように感じるな。
休憩所を発つべく、俺は荷物をまとめ始める。
まだ太陽が昇らぬ夜のうちだが、いくつかの理由がある。
まずは今いる休憩所も安全ではないこと。廃坑内に留まるより、入り口まで強行突破したほうがエンカウント数が減る。あとは、夜になると強化されるというスケルトンの強さを確かめたい。できれば援軍に来てくれたミトナにも儲けがあるように、骨の下顎を集めたいな。
「いや、本当にありがとうな。ミトナ……ちゃん」
「ミトナでいい」
「わかった。……でも、さっきも聞いたが何で俺を助けに来たんだ? お得意様に命をかけてちゃ命がいくつあっても足りないだろ」
俺はまとめ終わった荷物を背負う。クーちゃんがいることを確認して、休憩所の扉へと向かう。
ミトナも俺の後をついてきていたが、いきなり口を開いた。
「ケイブドラゴンの革」
「……?」
「新しい防具の図面を引かせてもらった。着てもらう前に死んでもらっては困るの」
……そういうことか。
俺は微妙に納得していた。防具作成の代金はまだ払ってないが、思ったより安く収まっていたのは、ウルススさんじゃなく、ミトナがデザインをしていたからか。
「鉄防具ならパパがダントツだけど、革防具や服系は私のほうがセンスあるから」
「すごい自信だな。わかった。期待してるよ」
ミトナが珍しく表情に力をいれて言う。俺はあいまいに頷いておく。
まあ、売り物にならないレベルならウルススさんがさせないだろう。
出口へと向かう俺たちの前に、スケルトンが通路からふらりと現れる。俺の姿を認めたのか、両手をあげながら走って突っ込んできた。
黒金樫の棒を構え、間合いに入った瞬間に落ち着いて横薙ぎに一閃。ふくらはぎあたりの骨を狙う。強化された一撃は軽く骨を砕いた。勢いそのままに俺たちの方へヘッドスライディングしてくるスケルトン。避ける俺。そこにミトナが上から下への一撃。心臓付近の背骨を完全に粉砕した。
ミトナの武器はバトルハンマー。鋼鉄製の柄に、質量のありそうな重りがついている。片側は円形に平たく、反対側はゆるく円錐。
見た目からしてすごく重そうなんだけど。それを軽々と扱うミトナってどんだけ膂力あるんだよ。
攻撃力は足りてるし、これは魔術は使わず温存して進むか。できるだけ秘密にしておきたいしな。
俺はスケルトンの下顎を取り外すとミトナに投げ渡す。
「よし。これ、持ってけ」
「いいの?」
「いいって。せっかく廃坑まで来たんだから」
ミトナは嬉しそうにポーチに下顎をしまう。この調子であと何体かは狩っておきたいんだけどな。
日暮れ前のスケルトンと比べると、ちょっと動きが速くなって、ちょっと硬くなったか、というレベルの違いでしかない。
ココットとリッドが言っていた下層に行けば、その差が厳しいレベルになってくるのかね。
俺はマッピングした廃坑地図と、まだ消えてなかった<印>の反応を頼りに、出口に向かっていく。途中で何回かスケルトンに遭遇したが、俺とミトナであれば問題なく撃破して進む。
この十字路を過ぎればもう出口が見えてくる。
「待って」
「どうした?」
十字路手前で、ミトナが進む俺を制止した。
ミトナはベレー帽をはずすと、ポーチにしまいこむ。真剣な顔つきで耳をすまして何かを聞いているようだ。熊耳がぴくぴくと動く。
少し待つと俺の耳にもカシャン、カシャンという聞きなれた足音が聞こえてくる。十字路から顔をのぞかせたのはやはりスケルトン。俺を見つけると速度を上げて襲いかかってくる。
先手必勝! 俺は自分から距離を詰めるとセオリーどおり足を狙う。足を砕かれ倒れたスケルトンにトドメを刺そうとするが、通路から続けて現れたスケルトンに阻まれる。2体目!?
「マコト君、下がって!」
ミトナの注意の声が飛ぶ。だが、スケルトンの足の速さならいけるはずだ。
俺は転げているスケルトンにトドメを刺すと、走ってきたスケルトンを半身になって回避する。
これで、足をつぶしてからの黄金パターンで――!
黒金樫の棒を振りぬいて、スケルトンの足を砕いた瞬間に、俺は肩に衝撃を感じた。
何だ!? 掴まれた! 骨!?
「――もう1体いる!」
ミトナの声が聞こえる。
足音はごくわずかだった。スケルトンの足には、鉱山夫が履いていたであろう布の靴。足音を軽減させていた正体だろう。
振り向いた俺の顔面を、スケルトンは両側からがっしりと掴んだ。
「あああああああああああっ!?」
気持ち悪い! 気持ち悪い!
なんだこれ! 自分自身をすりつぶしてストローで吸われたらこんな気分になるんじゃないか!?
<体得! 魔法「しびとのて」をラーニングしました>
う……お……っ!
マナ、吸われてるのか、これ!?
「――ふっ!」
ミトナの気合一閃。
スケルトンの肩にバトルハンマーの打面が接触する。重みと膂力を生かした一撃が、余すことなくその威力を伝える。スケルトンが骨を撒き散らしながら吹き飛んだ。
ミトナが追撃する。ワンステップで踏み込むと、勢いそのままバトルハンマーを下から弧を描くスィングで振り切った。バラバラと肋骨を散らしながら、布靴スケルトンが沈黙する。
始まった時と同じ唐突さで、俺の気持ち悪さが止まった。どうやらスケルトンがミトナに潰されたことで、マナ吸収も止まったらしい。
俺はいまだうごうごと地面でのたくっていた残りのスケルトンを叩くと、こちらも無力化する。
「ミトナ、助かった……!」
「うん。よかった」
心からの感謝が漏れる。ふう、と軽く息を吐いてミトナがバトルハンマーを元の位置まで戻した。
いや、ほんと助かった。これがスケルトンの危険か。
物理的な攻撃力よりも、この「しびとのて」がやばい。どこかで掴まれてしまえば動けなくなる。そうすればさらに集まってきたスケルトンに囲まれて、マナを搾り取られるなり、袋叩きにされるなり。待っているのは死。
普通ならパーティがカバーして、スケルトンを引き剥がしたり倒したりするんだろうな。いや……そもそも複数人いれば掴まれないように立ち回ることも出来るんじゃないか?
考えながら歩く俺の鼻に、外の匂いが届く。出口だ。
さっきの奇襲のせいで緊張していたのか、俺はほっと胸を撫で下ろす。警戒は崩さず、出口を抜けた。
「……はあああ。やっと脱出できた」
「やっぱり外がいいね」
俺は深い息をつく。ミトナも外の空気がおいしいのか、深呼吸を繰り返していた。
あたりはまだ暗い。だがこれはもう深夜の暗さではなく、早朝の暗さだろうか。整地された向こうの森から、虫の音が聞こえる他は、何の物音も聞こえない。こういう静けさって、元の世界にゃなかったよなあ。
「マコト君、これからどうする? このままベルランテまで戻る?」
「とりあえず夜明けまではこの辺りで時間をつぶそう。このまま歩いて帰るのも危なそうだし」
俺は腰を落ち着けられそうな場所を探す。小さな掘建て小屋のような建物を見つけた。鉱山夫たちがおそらくここで仕事前に集合したり計画を立てたりするんだろう。
魔術の明かりが室内を照らす。ミトナを伴って中に入ると、意外に綺麗に整っていた。誰かが使っている感じを受ける。ミトナに聞いたところ、どうやらドマヌ廃坑に挑戦にくる冒険者の休憩所になっているらしい。テーブルや椅子も問題なく使える。廃坑内の小部屋にあったものとはだいぶ違う。
俺が椅子のひとつに腰をおろすと、クーちゃんがその膝の上に乗ってくる。ミトナは俺の向かい側の席に落ち着いた。
「あれ、そういや帽子はかぶらないの?」
「うん。本当は耳にあたるからあまりかぶりたくないの」
「……? じゃあなんでかぶってたんだ?」
「……あの2人がパルスト教会の人だったから。獣人のこと、嫌いだからね」
あ! そうか! 考えが至らなかった。リッドさんが言っていた言葉が頭の中で再生される。
『何故です? 魔物と獣人は異教徒でしょう? 異教徒は地獄へ送らねば』
世界は変われど人は人かあ。ココットの当たり前のような顔を思い出した。俺の国は宗教観が薄かったから、俺自身はあまり気にしないんだけどな。でも、どういう教義になってんだ? あの神の野郎の話は。
「パルスト……は神様の名前だろ? やっぱり神様の話とかあったりするのか?」
「うん。あるよ」
「俺、山奥の田舎ぐらしだったから、そういうのにあまり詳しくなくて。よかったら時間つぶしにでも話してくれないか?」
「いいよ」
ミトナが頷く。話し出そうとしたところで、俺はそれを止めた。メモるための羊皮紙とペン、インク壺を取り出すと、始めるようにミトナに手で合図する。
ミトナはどう話すかを考えていたようだったが、やがて静かに語りだした。
「むかしむかし、世界は『はじまりのマナ』のほかには何もありませんでした。
ある時、『はじまりのマナ』が集まって、神様が生まれました。
はじめに生まれたのが人の神様です。人の神様は、その『技』をもって大地を創りました。
次に生まれたのが獣人の神様。獣人の神様は、その『力』をもって、山と海を創りました。
最後に生まれたのが魔物の神様です。魔物の神様は、その『命』をもって動物たちを創りました。
世界を創り終えた後、それぞれの神様は、自分と似た形をしたこどもたちを生み出しました」
ミトナの声が小屋に響く。
静謐な空気に満たされた室内で、ミトナの口から神の物語が紡がれていく。
「『はじまりのマナ』から生まれた3柱の神様は、自らのこどもたちを導いていきました。
人の神様は言います。『よりよき技術を授けよう。対価として、進化を捧げよ』
獣人の神様は言います。『よりよき力を授けよう。対価として、勝利を捧げよ』
魔物の神様は言います。『よりよき命を授けよう。対価として、――滅びを捧げよ」
「滅び……ね」
「うん。それから魔物が人や獣人を襲うようになって、現在まで戦い続けてるって伝えられている」
「なるほどね」
おそらく『初め』に生まれたのが人の神様だから、ヒトが一番偉い、とかそういう考え方なんだろうな。この神話によると、動物も魔物の神様の眷属になるわけだ。クーちゃんも狙われるわけだな。
しかし、どこの世界にもあるもんだな。人間と獣人、種族が違えば起きてくるものなのかね。
そういえばベルランテの街にも貴族街ってのがあったな。おなじ人同士でも、差別意識ってのはあるかも知れないな。
「ありがとう。なんか物語みたいだったけど、誰から聞いたんだ?」
「うん。ママがよく話してくれたから、覚えてた」
「へえ、お母さんってベルランテに?」
「うん。……マコト君はどこに住んでたの?」
家族の話題から、どうやら俺のことも気になったらしいミトナが聞いてくる。
どこ……って言われてもな。言ってもわからないだろうしなあ。
「まあ、相当な田舎だよ。ド田舎。毎日毎日働いても、いっこうに楽になりゃしない。そんなところだったよ」
「ふうん」
この後夜が明けるまで、ミトナと他愛ない話をして過ごした。どこの食事屋がおいしいとか、おもしろい武器屋はどことか。
空が白みはじめたころ、俺たちはベルランテへの帰路に着くことにした。スケルトンの顎の重みを感じながら、俺たちは歩き始めた。
街へはまだまだかかるだろう。この世界のこともたくさん知っておきたい。話す時間はありそうだ。
読んでいただき、ありがとうございました!
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