第238話「二兎を追うには」
コクヨウの持ってきた情報に、俺たちは考え込んだ。
「ドーシュ卿は助けたい」
俺はぽつりと言った。みんなの視線がこちらを向いた。反対の声はあがらない。
無言でハーヴェが頭を下げた。
ベルランテが独立をしなければ、教会勢力が増す。そうなればミトナやウルススさんの居場所が街の中になくなってしまうかもしれない。
それに、獣人街を作っている人たちの苦労はどうなるのだ。
もしかすると獣人とうまくやっていく可能性もあるのだが、俺自身今までの経験上パルスト教を信じ切ることはできない。サウロはいい人なんだけどな。
しかし、幽閉されたドーシュ卿と、動いた武装神官。一体どちらに行けばいいのか。
迷う視線がルマルとぶつかる。ルマルはしばし考え込むと、その口を開いた。
「マコトさん、まずはその武装神官を追ってみてはどうでしょうか」
「ドーシュ卿はどうする?」
「ドーシュ卿が幽閉されているのなら、備えはされていると思います。乗り込むのならそれなりに準備する必要がありますよ。戻るまでに整えておきましょう」
「ありがとう、ルマル。頼りにしてる」
「いえいえ、マコトさんはうちの従業員ですからね」
礼を言う俺に、ルマルはおどけて言う。こういう時にルマルは頼りになる。
ルマルが乗り気なのは、ベルランテが独立したほうが儲けが多いのだろう。準備にかかる金は預けた分から引いてもらえればいい。
「よし、すぐに追いかけよう」
シルメスタの手勢を追いかけるのは、俺とミトナ、サウロの三人だ。
先に街を出た武装神官はどうやら馬を使っているらしい。追いつくにはかなりの速度を出さなければならない。そこでミトナとサウロの二人にはアルドラに乗ってもらい、俺が<身体能力向上>と<浮遊>を併用して高速移動して並走する。
コクヨウの荷物から、アルドラに匂いを覚えてもらった。これで追跡ができるはずだ。
コクヨウから合流のための符丁を教えてもらうと、すぐに出発することにした。
ベルランテ南の門を抜け、道をさらに南へ。
俺は大きなジャンプを繰り返すようにしながら前へと進む。コツはスキップのようなもので、着地と同時のステップ。森の中の三次元移動と比べれば難易度は低い。
家屋や木々など、高度が稼げるものがあれば足場にする。踏み台にすればかなりの距離を稼げる。
踏んだ枝が折れる勢いで、俺は跳躍した。
「すごいものですね、魔術と言うのは」
アルドラの鞍上から、サウロの声がした。
二人を乗せたアルドラは、重いというより振り落とさないようにするのが大変のようだ。若干速度が出ない。専用スペースにいるクーちゃんも、頭を出して周りを見渡す余裕がある。
「練習すればできる」
俺の返事は少しばかり不愛想なものになってしまった。戦力的にはミトナが必要だし、教会相手ならサウロは外せない。その采配をしたのは俺だし、理解はしている。
(……主?)
(……なんでもない)
だが、アルドラの上で二人乗りをしているのを見ると、なんだか落ち着かないのだ。
サウロに悪気はないのはわかっているし、そういうことを言う権利すら今は得ていないのもわかっている。
だから、速度を上げることに専念することにした。すぐにハクエイのところまでたどり着けばいいのだ。
ベルランテを南下する道。これは俺とミトナが帰りに使った王都への道だ。一体こっちの方面で何の用があるのか。俺には予測がつかないが、追いつきさえすればサウロにはわかるかもしれない。
ベルランテの農業地帯も抜け、村もまばらなこのあたりは、街道以外は整備もされていない平原と、ところどころに取り残されたような小さな森が存在する。
アルドラがハクエイの匂いを嗅ぎつけた。俺は飛ぶのをやめると、アルドラからの情報をもとに、道を外れたところで隠れているハクエイのもとに向かう。ミトナとサウロにも、念のためアルドラを降りて徒歩でついて来るように伝える。
ハクエイは街道から離れた位置にある大岩の上に隠れていた。灰色のマントが迷彩色となって、遠目からはその姿は見えにくくなっていた。どうやら街道の方を見張っているらしい。
コクヨウから教えられた符丁をかわすと、俺は軽く跳びあがり、ハクエイの隣に着地した。
ハクエイは魔術で創り出した鏡のようなものを覗き込んでいた。俺は目を見張った。望遠鏡代わりの魔術レンズらしい。ラーニングのために触ろうとする前に、ハクエイが口を開いた。
「マコト様。向こうに見えますか?」
ハクエイが指したのは、小さな森に街道が飲み込まれている場所だった。どうやら森を通って向こう側に抜けているらしい。
魔術レンズを俺も覗く。そこには、何やら木々の間に身を隠す武装神官が見えていた。じっと動かぬ様子や、皆が同じ方向に視線を向けて動かない様子を見て、俺は眉根を寄せた。
「待ち伏せ……?」
「おそらくは」
ハクエイは後方に広がる平原に、一瞬目をやった。俺もつられて見るが、何も見えない。
「馬は平原の方に放ったようです。何をするつもりかはわかりませんが、後で回収のための馬車が来るのかもしれません」
「何を待ち伏せしているのか、ということだよな」
「何が狙いか、待ったほうがいいかもしれませんね」
あの教会がやることだ。俺としてはすぐにも攻撃を仕掛けて無力化してしまいたいが、目的を確かめないというのも後手に回る気がする。
「……ひとついいか?」
「何でしょう?」
「それ、一体どうなってるんだ?」
不思議そうな顔をするハクエイに、俺は若干気恥ずかしさを覚えながら言う。
「望遠のための魔術です。この円鏡の射線上にある風景を拡大するものです」
「ハクエイさんも魔術師……?」
「厳密には違うでしょう。仕事に必要な物は修めているだけですので」
ハクエイもコクヨウもかなりのハイスペックだよな。
その仕事、要人警護や潜入、裏工作とか特殊部隊のような内容な気がするのは俺だけだろうか。
大丈夫そうだったので、俺は魔術レンズにそっと触れてみた。実体はないらしい。水に映った象のように一度崩れてから、再び形を為す。
<体得! 魔術「拡大鏡」 をラーニングしました。>
ラーニングできた。水を操作してレンズを作っているのかとも思ったけど、どうやら違うようだ。
「動きがあったら教えてくれ」
「了解しました」
カモフラージュ用の灰色マントをかぶりなおし、ハクエイは監視体制に戻る。
俺は大岩を降りると、ミトナとサウロに状況を説明した。
「シルメスタは何をさせるつもりなんだ?」
「ん。ここを通るのは商隊か旅行者、あとは冒険者くらいだけど……」
ミトナが耳をぴくぴくさせて周囲の音を聞き取る。ひときわ大きく耳を動かすと、街道の方に顔を向けた。
「馬車の…車輪?」
「マコト様。動きました。おそらく木々を遮蔽として襲撃をするつもりです」
ハクエイからの声。俺はサウロを見た。
教会は救いを与える集団ではないのかよ。ハクエイの言う通りなら、騎士団も真っ青の軍隊ということになる。
サウロの表情も硬いものになっていた。言いたい事は伝わったらしい。
「教えを伝える中で、戦いの歴史もまたあったのです。神官が武装しているのは、魔物から身を守るためだけではない。それを自分の一存で振り回すとは……。忸怩たる思いです」
サウロは顔を上げた。腰に提げていた盾をしっかりと装着すると、街道へ向かって踏み出した。
「――――止めましょう。教会は、シルメスタ大司祭の私物ではない」




