第237話「バッティング」
俺達はサウロの屋敷へと戻ってきていた。円盾のような門も、見慣れたものだ。
来るたびに念のためと<探知>や<浄化>で霊魂系魔物対策をしていたので、館内はきれいなものだ。
テーブルの下でクーちゃんもくつろいでいる。この館は完全に浄化されたと考えていいと思う。
買ってきた食べ物を食べながら先ほどの執政会議について話していた。
屋敷の場所をルマルに教えてあるので、ここで合流する予定なのだ。
一通り落ち着いたあたりで、扉が開いた。ルマルが来たのだ。ルマルはミオセルタがついたアクセサリを俺に渡すと、疲れたように椅子に座り込んだ。
サウロには音を伝える魔道具だと言ってある。サウロに全てを話すわけにもいかない部分は少々歯がゆいが、それもしょうがないだろう。
「どうやら執政会議の後、シルメスタ大司祭はメデロン卿の屋敷へと招かれたようです」
全員の視線がルマルに集まった。
「とりあえず人をつけています。何か動きがあればわかるでしょう」
ルマルは俺達の顔を見返しながら頷いた。市庁舎の部屋でルマルがすぐに動いていたが、どうやらメデロン卿の屋敷を見張らせていたらしい。
「一体何を話しているのか、わかったものじゃないわね」
「……シルメスタ大司祭の狙いがベルランテ独立の阻止なら、失敗したわけだろ?」
「次なる手、ということか」
俺の言葉をマカゲが継いだ。
執政会議の流れはメデロンが支配していたような気がする。あのままベルランテ独立は止められてしまうと感じたほどだ。
「でも、微妙に違和感を感じるんだよな。メデロン卿のあの態度、あの振る舞い。なんだろ……」
「ん。確かにそれは感じた。なんだか、ベルランテの独立を止めるのはあまり重要じゃないみたいな」
「それこそまさかだわ。ドーシュ卿をどうにかしてまで執政会議に食い込んだのよ?」
俺達は首を捻った。メデロンの意図が見えない。
「シルメスタ大司祭に恩を売るのが目的ではないか?」
「教会の力は独立で弱まるでしょうね。後で利益が発生するのなら、それこそここで押し切る必要があったのでは」
ただメデロンの手がそこまでだったという可能性もある。ここはメデロンより、わかりやすい人物に焦点を当てた方がいいだろう。俺はサウロに視線を向ける。
「サウロ、シルメスタ大司祭が次にどう動くと思う?」
「シルメスタ大司祭殿が教会の権威の復権を狙っているのなら、何か教会の力を示すと思います」
「教会の、力?」
疑問の表情で首をかしげるミトナ。サウロは水で喉を湿らせると、続きを口にした。
「教会の奇跡と呼ばれる神聖術には、いくつか位階があります。有名なものならば教会で受けられる治癒の<治癒の秘跡>ですね」
「……防御や攻撃の魔術は存在するけど、回復の魔術って存在しないのよ。魔法陣を解析はしているんだけど、術の修得条件がわからないのよ」
ぶすっとした顔でフェイが言う。魔術についてはオタクと言えるほど真摯に取り組むフェイのことだ。<治癒の秘跡>が使えないかどうかかなり調べたのだろう。
「<治癒の秘跡>は信仰心より生まれる神聖術ですから」
サウロが苦笑いしながら言う。フェイが睨むような視線を俺にちらりと寄越す。俺はさっと視線を逸らした。
俺はパルスト教に対する信仰心などまったくない。だが、俺は<治癒の秘跡>を取得している。しょうがないだろう。俺の<ラーニング>は、触れた魔術を使えるようになるのだから。フェイはそのあたりを嫉妬しているのだろう。
「<浄化>も位階の高い神聖術だと言えますが、これ以上穢れの死魂を放つわけにもいかないでしょうし。あとは……」
サウロは続きを言いよどんだ。言うのをためらったようだが、意を決したように口を開く。
「――――〝蘇生”です」
「つまり、死んだ者をよみがえらせる、というわけね」
「そこまで常識を逸脱した神聖術ではありません。もしそうならば、教会の勢力は数多の国において絶大な権力を持ったことでしょう」
死を克服する。時の権力者にとっては、喉から手が出るほど欲しい術だろう。
前線に出る将軍、国の王など重要なポストにつく人物。教会の者を置いておけば、安全なのだ。それ相応の権力を保証するだろう。
だが、サウロはそうではないという。
「ん……? じゃあ、いったいどんな術なの?」
「……〝蘇生”をかけられた死体は、確かに再び動き出すようです。ただ、それは生前のその人とは言えないモノになってしまうらしいのです。詳しくはわかりませんが、そういう欠点があって使わないように通達がなされています。使える者もごく少ないのですが」
「シルメスタ大司祭はどうなのよ」
「あの方は、神聖術の権威です。<蘇生>実験の失敗でベルランテ支部へ左遷されたと聞いたのですが……」
コツンと窓ガラスに何かが当たる音がした。ミトナとクーちゃんの耳がぴくりと動く。
俺は窓際まで行くと、注意深く覗き込んだ。
窓の下には、見知った顔がこちらに手を振っていた。ハーヴェだ。
どうやって調べたのか、俺達がここにいることを知ったのだろう。小石か何かを投げて合図をしてきたのだ。
「サウロ、ちょっと客を入れてもいいか?」
サウロの許可を取り、ハーヴェを部屋に通す。ハーヴェは部屋の中を見渡すと、サウロに向かって一礼した。
「サウロ殿、お噂はかねがねお聞きしているでござる。拙者、ハーヴェと申す。騎士団長バルグムの密偵をしているでござるよ」
それ、言っていいのかよ。半眼でハーヴェを見るが、気にした様子はない。大丈夫らしい。
ハーヴェは俺達を視界に収め、若干安心した様子で口を開いた。
「ここに全員が揃っているのは運がよかったでござる。みなさんにお願いがあるのでござる」
俺はミトナと視線を合わせた。ハーヴェが自分の所属を明かしたことを考えると、この〝お願い”は、バルグムの依頼だ。このタイミングで、何を?
「実は、とある有力貴族が捕らえられ、幽閉されているのでござる。その御仁を助け出す手伝いをしてほしいのでござる」
「有力貴族……?」
「ドーシュ卿と言う方でござる。どうやら肩書きを狙われて、動けない状況にされているらしいとの情報を手に入れたのでござる」
「――――ッ!?」
俺達は息を詰めた。ドーシュ卿を幽閉しているのは、メデロン卿以外にありえない。
「ベルランテ統治顧問のドーシュ卿!?」
「知っているでござるか?」
「バルグムがベルランテ独立に賛成したのは、その情報を押さえていたからか!」
「……マコト殿、なぜそれを?」
「いや、違う! ちょっとした伝手で知っているだけだ! ベルランテ独立反対派じゃないぞ!?」
ハーヴェの目が細められ、冷たい殺気が滲み出すのを感じて、俺は慌てて否定した。なんとか納得してくれたらしく、ハーヴェは殺気を収めた。そのまま床に付きそうなほど頭を下げる。
「改めてお願いするでござる! いま主人は表立って動けぬ状態にあるでござる。冒険者ギルドでは時間がかかりすぎる。マコト殿にしかお願いできないでござる……!」
ハーヴェの口ぶりだと、俺一人だけでなく、ミトナやフェイ、マカゲも戦力として考えられている。俺はみんなの顔を見渡した。それぞれが頷いたのを見て、俺は心を決めた。
ここでメデロンの手を一つ潰しておくのもいいだろう。
「――――失礼します」
ハーヴェに答えようと息を吸った瞬間、なめらかに扉を開けてコクヨウが入って来た。ルマルの前に来ると、落ち着いた声で報告する。
「メデロン邸、動きがありました。武装神官が数名出立しました。どうやら街を出るようです。武装や準備の質を見るに、少数の精鋭による隠密作戦かと。今はハクエイに尾行をさせていますが、追跡するのならご指示を」
思わず俺とサウロの視線が合った。シルメスタが動いたのだ。




