第235話「独立反対」
俺は意識を小部屋の中へと引き戻した。
降霊術よろしく執政会議の様子を伝えていた俺を見つめる視線を見返す。
「ルマル、メデロン卿が統治顧問になると、どうなるんだ?」
「……メデロン卿が親教会派だとしても、ベルランテ独立の決定が覆ることはないと思います。教会は執政会議の一票にはなりません」
「シルメスタ大司祭殿が、貴族の協力を頼んだ、ということなのか?」
疑問の声をあげたのはマカゲだった。シルメスタの狙いがどこに辿り着くのかを考えているのだろう。
どうして穢れの死魂を街に放っているのか、その理由がそこにはあるのだろう。
考え込んでいたサウロが、低い声で言う。
「――――〝ベルランテの独立阻止”。シルメスタ大司祭殿の狙いはそれでしょう。聖王国での教会権力の増大。ベルランテを聖王国直轄にする。教会と統治顧問が主導する街へと変えるつもりでしょう」
「……確かにそうなれば教会の権威は確実なものになるわ。圧政と言える強制力でね」
フェイが吐き捨てるように呟いた。ルマルが苦い顔になる。
「そんな事態が起きるとベルランテが大きく変わります。獣人に対する貿易関税も高くするつもりでしょううね。獣人の有力商人ならまだしも、細く商売をされている方はどうなることか……。下手をすると半獣人び方々などは仕事がなくなる可能性もありますね」
俺はミトナと顔を見合わせた。その目は驚きに見開いている。
いろんな都市に支店を持つ商人ならまだしも、大熊屋などの個人営業の店はどうなるのか。ミトナの瞳に不安の色が滲んだ。俺が動く前に、安心させるようにその肩にそっとフェイの手が置かれる。
ルマルの瞳に力が込められた。ルマルはすぐに控えていたコクヨウとハクエイに何事かを命じる。すぐさま部屋を飛び出していく二人。
「ぼくのプランでは、ベルランテ独立が必須です。そのためにいくつか手を打ちましょう。とりあえずはシルメスタ大司祭殿を押さえることですね」
俺達は頷いた。シルメスタ大司祭が穢れの死魂の解放に携わっていることを、問い詰めて白状させなくてはならない。
「現状では、七つの議席の内、独立に賛成が6、反対が1です。このままでも問題はないと思うのですが……」
「ルマル、それはメデロン卿に何の策も無ければ、ということよね?」
「……シルメスタ大司祭殿が助力を頼んだということであれば、何か方法が……?」
サウロの言葉は形にならず空中に溶けていく。
ともかく今は、シルメスタやメデロンが何をするつもりなのかを見逃さないようにするしかない。
気持ちを固めた俺に、注意を呼びかける思念が届いた。ミオセルタだ。
(……どうやら会議が動くようじゃぞ?)
(……っと、わかった)
俺は慌てて意識をミオセルタとのパスに集中した。
セプタゴンルームの中は、刃の上に立っているような緊張感で張りつめていた。
もちろん原因はメデロンだ。会議をひっかきまわした当人は、涼しい顔で統治顧問の席に座っている。
ぎしりと椅子を軋ませると、メデロンが机に肘をついて両手を組む。
「そもそも、独立などは必要なのでしょうか?」
「メデロン卿、その話についてはもう――――」
商業連合代表の言葉を、メデロンは視線のみで切って捨てた。圧力に負けて口を閉じるギュンスト。
メデロンは悠々と続ける。
「騎士団は聖王国と判断を同じにするでしょう。そうでしょう、団長殿」
「…………」
「ベルランテの統治に関することを聖王から一任されています。まさか、その判断に逆らうわけがないでしょうね」
バルグムは答えない。答えられないのかもしれない。メデロンは満足そうにうなずくと、セイウチの獣人へと視線を移した。メデロンの視線を受けてシヴーティがたじろぐ。揺らいだ自分に腹が立ったのか、筋肉に力を込め、威嚇するようにしながらメデロンの視線を受けた。
そんなシヴーティの様子を意に介さず、メデロンは切り込んでいく。
「今から二季節前くらいでしょうか。ベルランテは獣人による襲撃を受けたそうですね」
覚えている。魔術をラーニングして間もない俺も、その戦いに身を投じていた。市庁舎の前で狼の獣人と戦って、よく生き残ったものだ。
しかし、その話がどうして今。
「調査によるとだいぶ時間をかけてベルランテを襲撃するべく侵攻作戦が進められていたとか。展開するには海路を使うしかありません。どうして露見しなかったのでしょうね、シヴーティ海上航路組合長」
「……知らんな」
「関与しているような者がもし存在するなら、今の地位にはいられないでしょうね」
シヴーティが黙り込む。その様子をメデロンは笑みで見つめていた。
メデロンの微笑みは鳥肌が立つような類のものだ。安心からは程遠い。
一気に空気が悪くなったセプタゴンルーム内であったが、まだ最後の一線は崩されていない。たとえ騎士団、海上航路組合が反対に回ったとしても、賛成4、反対3でベルランテの独立は進められる。
「ああ、それとですね。聖王国において教会の席がないというのはいささか問題があるのではないでしょうか?」
メデロンが、毒を吐く。
石化の魔術のごとく、相対する者の動きを止め、死に至らしめる。
「七の執政者ではなく、教会の席を含めた八の執政者とするべきでしょうね」
「だ、だれがそんなことを認めると思うニャ!」
「もちろん、ベルランテが存在する聖王国をお治めになる、陛下ですよ」
激情のあまりぱくぱくと口を開閉するフェリスを無視し、メデロンは立ち上がる。芝居がかったどうさで、八の執政者達を見渡す。
「それでは今一度、ベルランテの独立について決を採りましょう。賛成の方は挙手を――――」
まずベルランテ執政代表が迷わず挙手をした。追うようにしてギュンストも挙手。マルクルが全体を見渡し、何事かを考えていたが、やがて手を挙げる。
だが、そこから手が挙がらない。シルメスタの顔が愉悦を覗かせる。
メデロンの提示したルールでは、手を“挙げなければ”、それは“反対”とカウントされてしまう。
メデロンの嘲笑する目線がちょうど正面にあたるフェリスとシヴーティに注がれている。二人はまるで金縛りにあったかのように動かない。
「――――賛成だ」
挙げられた声と手に、シルメスタの表情がひび割れた。睨み殺すような視線の先には、挙手したバルグムの姿があった。
骸骨のような顔はすました表情で、メデロンの方を見もしない。
軽く驚いた表情をしたメデロンは、バルグムの横顔を見ながら目を細めると肩をすくめた。
「さッ、賛成だニャ!」
「こちらも、賛成だ。ふン」
まるで呪縛から解放されたかのように、勢い込んでフェリスとシヴーティが手を挙げる。
顔が真っ青になりながら、シルメスタがメデロンにむかってよろめく。
メデロンが席から立ち上がる。さっきまでベルランテの行く末を左右していたとは思えないほどの気軽な動作で。
「皆様の思いはわかりました。ベルランテの独立にかける思いは、本物のようですね」
一転して明るい、明るすぎる笑顔になったメデロンが言う。あまりの変貌ぶりに、うさんくささしか感じない。
「今日の案件は以上ですね。それでは、今日はこのあたりでお暇させていただきましょう」
「メデロン卿……!?」
誰も止める間もなく、勝手に閉会を宣言するとメデロンは部屋からあっさりと出て行く。呆然としていたシルメスタも、しばらくすると追いかけるように部屋を出て行った。
呆然としているのは残された執政者達も同じだった。
「彼は何がしたかったんだ……? 反対派にしては、いやにあっさり引き下がったな……」
ぽつりとつぶやいたベルランテ執政代表の言葉は、全員の心中を代弁しているように見えた。
シルメスタもメデロンもたいした成果は出していないだろう。いろいろと弱みを掴んできたかのように見えたが、押し切るわけでもない。なんともちぐはぐだ。
シルメスタが仕掛けようとした執政会議は閉会した。
護衛と共に、それぞれの執政者達が部屋を退出していく。
その中で、椅子に深く腰掛けたまま、バルグムは深く考え込んでいるようだった。




