第233話「神父の祈り」
パルスト教会ベルランテ支部。大聖堂と本部に建物がわかれており、本部には常に大勢の神父やシスターが詰めている。サウロの話によると地下には修練場も備えており、武装神父や武装シスターなどもここで鍛錬をすることが可能だという。
パルスト教会のシンボルは、〝天”という字の中心を貫くように一本の直線が走っているものだ。鐘楼を備えた大聖堂には、大きなパルスト教のシンボルが設置されていた。
ステンドグラスからの光を浴びながら、様々な色に輝いている。元の世界の〝教会”と雰囲気は変わらないものだ。
聖堂に並べられた椅子に座りながら、俺達は一様に暗い顔をしていた。
シルメスタを問い詰める。
目標は明確だが、その実かなり難しい。
教会に向かった俺達だったが、シルメスタには会えず門前払いを食ったのだ。サウロがいるにも関わらず、だ。
どうやらピンポイントでブラックリスト扱いをされているらしい。職員はこちらと目を合わそうともしない。完全に無視。居ないものとして対応されている。
俺達は苦い顔を見合わせた。
「どうやら先手を打たれたわね」
「奥に居るんだろ。無視されてるんだから、押し通るってのは?」
「ん……。たぶん、やめたほうがいい。困るのはこの人たち」
ミトナの言葉にサウロがうなだれた。
俺達の聞こえよがしな会話に、ぎくりと動きをとめる職員たち。その様子を見ればなんとなくわかる。俺達に関われば何かしら罰則があるのかもしれない。支部のトップであるシルメスタ大司祭に睨まれるような事態には誰もなりたくないのだ。
無理に押し通ろうとすれば止めてくるだろうが、向こうにとっても苦しい事態になるだろう。
人が困ることを、サウロが無理矢理押し通すとは思えない。サウロの性格も考えた対策を取られている。
落ち込んでいたサウロだが、決然とした表情で顔を上げた。
「行きましょう。みなに迷惑をかけるわけにはいきません」
「サウロさん……」
立ち上がりかけた俺達の傍に、一人の神父が座った。うつむき加減になりながら両手を組み合わせ、祈りの姿勢を取る。
「これは私の独り言。神への祈りです」
目は閉じられたまま、顔をこちらぬ向けぬまま彼は声を出す。俺達は息を詰めた。
「シルメスタ大司祭様はこちらにはおられません。ベルランテ執政会議の出席の準備のため、出ておられます」
「執政会議……?」
呟いた俺の肩がマカゲに叩かれる。左右に振られる首を見て、俺は慌てて口を噤んだ。
あくまで彼が言っているのは〝独り言”。会話になってしまってはまずいのだ。しかし、喋っている人を見ないのも難しい。どこを見ようか視線をさまよわせたあげくパルスト教のシンボルを見上げる。
「支部の中で、嫌な感じがするのです。封印官の姿が見えません……。シルメスタ大司祭様は一体何をしようとしておられるのでしょうか……。カダマス区への強制介入といい、私は疑問なのです……」
カダマス区?
一瞬どこのことかわからなかったが、思い出した。スラム街の正式名称だ。
やはりシルメスタの動きは無理があったのだ。動員された者の中には、疑問を覚える者もいるということか。
神父の拳に力がこもる。
「シルメスタ大司祭様は、教会の権威を確かなものにするとおっしゃっておりました。ですが、教義とはよりよく生きるための教えではないのですか。これでは……」
「日々の生き方にこそ、〝教え”があるのです。生き方を通してでしか、救いは生まれないと私は思います」
サウロの静かな声に彼はぴくりと肩を震わせたが、こちらを見ようとはしなかった。サウロもまた正面を向いたまま続ける。
「権力を持つから、権威があるから、教義は正しいわけではありません。教義を貫くその姿を見せることこそが、教会の教えを人々の間に根付かせるのです」
「……神の声が、聞こえた気がします」
うなだれるようにして祈る彼を、サウロは優しい目で見つめていた。
教会を出た俺達は、一度作戦会議をすることにした。それなりに人数がいるため、サウロの屋敷を利用させてもらっている。一応再度見回ったが、レブナントやゴーストの気配はない。もういないのならば安心して使えるだろう。
使えるようにきれいにした一室、ソファに沈み込みながらフェイが口を開いた。
「なんだか嫌な流れだわ」
「ん。教会にいないともなれば、どこにいるのかな?」
「ベルランテは広い。その気になれば見つからずに過ごすことも可能だ。それにしても、封印官とやらを連れて、一体何をしているのか」
マカゲが刀身を磨きながら言う。ミトナも思案する表情のまま、クーちゃんの毛並を撫でつけていた。
何かをするつもりなら教会でやればよい。大司祭という立場であればその方が都合がいいだろう。そう考えると、シルメスタがやろうとしていることは、教会の他の神父やシスターに気付かれたくないレベルということになる。
「ベルランテ執政会議……」
サウロがぽつりと呟いた。全員の視線がサウロに集まる。サウロは呟いたきり考えこんでしまった。しょうがなく俺は疑問を口に出す。
「執政会議……か。そういや、ベルランテの自治機構ってどうなってんだ?」
ミトナとマカゲは顔を見合わせると首を振った。知らないらしい。フェイを向くとしょうがないという顔になった。
「ベルランテは王様や領主が治めているわけではないわ。いくつかの実力者による均等統治というのが正確かしら?」
フェイが身体を起こすと、水差しの水を指に付け、テーブルに七角形を描く。
「ベルランテ執政局、商業連合、魔術師ギルド、聖王国騎士団、聖王国統治顧問、獣王国国交管理官、海上航路組合の七つが寄り合ってベルランテを支えているのよ」
フェイは頂点の一つに指を当てると、一つ一つ言いながら滑らせていく。
「北部大陸やもっと獣王国より西のファントージャ大陸からも貿易品は来ているけれど、距離が一番近い獣王国は一枚噛んでいるわね」
「獣王国は襲撃してきたぞ。それって大丈夫なのかよ」
「獣人といえども一枚岩ではないからな。獣人国の全ての国民が戦争を望んでいるわけでもない。血気盛んな狼や獅子、猪といったあたりだろう」
「ん……。前のベルランテ襲撃の時は、獣人や半獣人にも被害が出てたよ」
そういえば大熊屋も襲撃で被害に遭わないように避難していたことを思い出す。そもそも獣王国から持ち込まれた貿易品などの管理は、もちろんよく知っている獣人がする方が確実だろうし。
「……王都では、獣人の排斥運動が進みつつあります」
「ッ!? サウロさん、それは……!」
「教主様が王の右腕となり、聖王国を名実共にパルスト教を国教とする聖なる国にするご予定だそうです」
サウロが救いの対象としているのは人間だけでなく、獣人もだ。そこにわけ隔てはない。それだけに、サウロにとって悩ましいことなのだろう。むしろ、考え方で言えば獣人を救いたいというサウロの方が異端なのだ。
俺はそのことに気が付いて動きを止めた。
人間至上主義を前面に押し出してきた聖王国。獣人との貿易を続けていくためにも、ベルランテは独立する必要がある。そのための準備をベルランテは進めてきている。
だが、それは教会にとっては防ぎたい事態だろう。ベルランテを教会の力が及ぶようにし、獣王国との貿易も人間主導のものにしたいはずだ。
俺は背中に冷たい物が差し込まれる感覚を味わう。封印されたレブナント。姿の見えない封印官達。
あの大司祭、執政会議でなんかやるつもりなのか……?
「シルメスタ大司祭は執政会議に出席するはずです。そこを押さえることができれば……」
「ベルランテのトップが集まる会議よ。そんなに簡単に潜り込めるわけがないわ」
「フェイが魔術師ギルド代表として潜り込むのは?」
「魔術師ギルドの総意として判断しなければならないのよ? 母さんじゃないとできないわ」
黙り込んだ俺達に、重い空気がのしかかる。
諦めかけた俺の脳裏に、一筋の光が閃いた。
「じゃ、何とかできそうな奴に頼もう」
「マコト君、そんな人いるの?」
ミトナが不思議そうな顔で俺を見た。首をかしげて聞いてくる。
「こういう腹黒いこと考えさせたら一番な奴がいるだろ?」




