第232話「魂と封印」
しばらくすると光の鎖による<拘束>が解けた。効果範囲外までシルメスタが逃げたのか、効果時間が尽きたのか。
サウロはシルメスタが去った方を見ていたが、動き回る死体たちを見て留まった。
俺はまず、うずくまって動けそうにないセーナに<守護殻>をかけて保護はしておく。このままでは動死体に襲われてしまう。
自由に動けるようになった俺とサウロが殲滅に加わると、動死体はみるみると数を減らしていった。
目に見える範囲の動死体を浄化しきったころには、かなりの時間が経っていた。
動死体は物理攻撃に強い。動きは遅いのだが、なにぶん叩いて骨を折っても、手足を斬り飛ばしても終わらない。下手に真っ二つに斬ってしまえば、上半身と下半身が別々に襲ってくる。
距離が離れていれば火炎魔術で一網打尽にもできるのだが、ヴェルスナーとミトナがいるのだ。まとめて燃やすというわけにもいくまい。
動きを止めて各個撃破という流れになる。時間がかかるわけだ。
レブナントを撃破した後、殲滅する予定だったのだが、思わぬ乱入のせいでぐちゃぐちゃだ。
「ひとまずはレブナントの危機は去ったと思っていいのね?」
「レブナントが二匹以上潜伏していたなら、これ以上の被害が出ていただろうしな」
「解決……? 教会の横やりがすごく気持ち悪いわね」
フェイの苦い表情が全員の気持ちを物語っていた。負った傷も癒やし、カンスナ墓地の修復を手伝っていた。マカゲがもくもくと墓碑を立て直す。
静かになったカンスナ墓地。その地面を揺るがす勢いでヴェルスナーが拳を突き立てた。
「くっそ……! なんだァ? あのクズどもは!!」
煙でも吹きそうな勢いのヴェルスナー。無理もない。スラムといえば彼らの縄張りだ。そこを踏みにじられたのだ。それにセーナのこともだろう。
気絶していたセーナを、ミトナが抱えるようにして支えている。見た限り傷はない。だが、カゲバミのほうはどうか。
サウロが気休めの<治癒の秘跡>をかけているが、どれほど効果があるものか。サウロの顔色は青い。
「サウロさん、あの<拘束>みたいなやつは何なんだ。光の鎖みたいなやつ」
「<聖縛>です。対象を拘束する神聖術で、霊魂系魔物にも効果があります。もちろん、人間にも」
不意を打たれたとは言え、あっさりと縛られてしまった自分が情けない。<やみのかいな>を起動していれば引きちぎることもできたかもしれないが、後の祭りだ。
「ミトナ、ケイブレザーコートはマナの耐性があるんじゃなかったっけ?」
一瞬何を問うているのかわからない顔をしたミトナだったが、すぐにわかったようだ。
「ん。貫通や浸透を防ぐことができるだけだから、外側から縛るような魔術は防げないね。あと、露出してる顔や手足の先に干渉される可能性もあるから、過信は禁物」
「なるほどな」
光の鎖に巻き付かれる前なら対処は可能ということか。弾くなり受け流すなりができるはず。
「それにしても不思議だわ。どうして封印なのかしら」
「ん……。何か利用価値がある……とか?」
「封印解除が任意であるならば、屋敷の時みたいに設置兵器として使えると思う」
不思議そうなフェイとミトナに、俺は自分の予想を告げた。よけい混乱したような顔になった二人。
「再封印するのもかなりの手間です。安全確保した上に複数の封印官が必要ですしね」
「そもそもだ。何なんだァ? その、封印とか言うヤツはよ」
「……穢れの死魂や幽霊は、元は人間の魂だと言われていました。<浄化>が確立されるまでは古代より残されていた封印技術が対策だったのです」
疲れた顔のサウロが立ち上がる。度重なる<浄化>がサウロのマナをごっそり奪っているのだろう。使えるはずのない俺が起動するのはまずいので、見ているだけだったのも原因の一つだ。
サウロは復活した墓標ひとつひとつに祈りをささげながら、合間に話していく。
「現代では封印したレブナントを、人の魂に戻せないかという実験も行われていました。結果は酷いものだったようですがね」
俺はドキリとした。それは、魔物から〝人”へ戻すということじゃないか。
エリザベータが追い求めた技術。敵対している教会にこそ存在したということなのか。
俺は口を開きかけたが、言う言葉を思いつかずに閉じた。魔物のこの身も、その術を掛ければ〝人”に戻れるのだろうか。
俺も修復作業の手伝いに入り、サウロの祈りと修復が完了した。
ふたたび集まってみんなの顔を見渡したマカゲが口を開いた。
「結局、あの男が乱入してまで封印した理由はわからぬな」
「確かに……。教会に戻り次第問い詰めてみましょう」
サウロの目には、強い光が宿っていた。意志ある者の目。真っ直ぐな性根が表れている。
いつの間に近付いたのか、ヴェルスナーの巨体が近くまで迫っていた。嫌な感じのする視線をサウロに向けている。
「オレ様も行かせてもらう」
「ヴェルスナー……?」
「このタイミングでの乱入。不可解な行動。黒幕はアイツらで決まりなわけだ。なら、あとは、教会を潰すのみじゃねえか」
「それは遠慮願いたい……! シルメスタと関わりのない職員も大勢いるのです!」
やばい。予想以上にヴェルスナーに余裕がない。進路を阻むサウロを殴りそうな勢いだ。シルメスタが黒幕の可能性は極めて高いが、まだ確証があるわけでもない。
大司祭という地位だ。むしろ逆手にとられてスラム自体が危険になるんじゃないか?
今まで野放しにしていた危険区域の排除とかいう名目で。
「待て、ちょっと待て!」
俺は制止の声をあげながら、頭をフル回転させる。ミトナが抱えている呪術師が目に入った。
「まずはセーナのことを考えるべきじゃないか? このまま置いていくわけにもいかないだろ。たぶん、蟲がやられてる。気絶はそのせいだ」
「カゲバミが、か?」
「ああ。シルメスタの魔術の直撃を受けたんだ。見た感じだと死んだわけじゃないと思うが……」
ヴェルスナーの目がセーナを見た。その顔から若干怒気が抜ける。単純なケガではないと理解したのだろう。重くため息を吐く。やはりヴェルスナーを怒りに駆り立てていたのは小さな呪術師のことか。
ヴェルスナーはミトナから優しくそっとセーナの身体を受け取ると、きつく目を伏せた。
「しょうがねぇ……か。蟲のことは大老しかわからねぇからな。頼むぜ、魔術師」
その言葉に、俺は頷くしかなかった。
〝頼む”の一言に込められた様々なものを噛みしめていた。




