第231話「リビングデッド」
これだけのメンバーだ。穢れの死魂とはいえ、討ち漏らすことはない。俺は霊樹の棒を握り直した。
穢れの死魂が焦りを見せていた。動揺した様子で動きを止め、辺りを見渡す。自分の<透明化>が弱まっていることに気付いたらしい。
サウロが身構えながら口を開く。
「まずは憑りついている身体を無力化するのです!」
肉体内部のレブナントに<浄化>を届かせるには、入っている身体をまずは壊さなければならない。出てきたところにぶつけるのだ。
姿を現したカメレオン獣人の大きな目がぎょろりとサウロに向けられる。睨むように細められた目は、サウロを明らかに脅威と認識していた。<浄化>を行使するのを屋敷で見ていたのだろう。四肢をたわめ、離脱の構えを見せる。
なんだ……?
その様子に俺は疑問を感じた。屋敷のレブナントや幽霊とは、何か違う気がする。
あいつらはもっとこちらを襲うことばかりを考えていたような気がしたが。
「――――そこですッ!」
今は戦闘中だ。考えごとはできない。
セーナの気迫のこもった声に応じて、カゲバミの鋏が伸びた。一直線に突き刺す軌道だ。
一瞬早くレブナントが動いた。俊敏な動きで冷気の圏外へと脱出する。カゲバミの鋏が紙一重で通り過ぎた。
<透明化>が発動する。水に色を溶かすように、徐々にレブナントの姿が薄くなっていく。
「させるかッ!! ――――<氷刃>!!」
「<火炎杭>!!」
俺とフェイの魔術が同時に起動した。回避の隙を突いたフェイの魔術とかちあってしまう。二つの魔術が狙いたがわずレブナントに向かうが、生み出された炎と冷気がお互い干渉しあう。拡がる冷気はいまいちの温度。湯気が拡がる。
――――ひおおおあおぉあおおぉあおおあおお。
喉に大穴をあけられた人間が叫ぶような声が聞こえた。湯気の向こうのレブナントが放っている。
「何を……ッ!?」
ぼごりと地面が盛り上がる。地面の下から腕が突き上げられる。まるで冬眠から目覚めた蟲のごとく、墓地の死体が這い出してきていた。
「死体が!?」
「動死体です! やはり墓地の死体に幽霊を詰め込みましたね!」
墓地に死霊の組み合わせだ。今の絶叫は幽霊を憑依させるためのものか。嫌な予感そのままの光景に、背筋が寒くなる。見る間に動死体はその数をぼこぼこと増やしていく。
「ミトナ! ヴェルスナー!」
「ん!!」
「予想通りだな! 全部ブチのめしてやる!!」
ミトナは一瞬で動死体に接近すると、その胴体にバトルハンマーをぶち込んだ。その隣ではヴェルスナーが大きな脚で蹴り飛ばしているのが見える。距離が離れた相手は追わず、手当たり次第に攻撃を加えていく。
吹き飛ばし攻撃を主軸に、瞬く間に魔術師の視界と戦場を確保。
「フェイ、動死体は任せる!」
「焼けばいいのよね。楽勝だわ」
「フェイ殿は自分が!」
マカゲがフェイの援護に入る。接近する動死体の手足を斬り飛ばす。
フェイが魔法陣を同時起動した。動きを止められた動死体に、墓標の如く突き立つ<火炎杭>。身体を完全に燃やし尽くす炎は、内部の幽霊が出てきた瞬間に燃え移る。
そこかしこで幽霊の断末魔の声が聞こえる。任せたそちらへは意識を振り向けず、俺はレブナントを目で追った。
<透明化>を剥ぐ手段はある。微かに見えるオーラの残滓。先読みして冷気の刃を撃つ。
二発目で<透明化>を解除、三発目を肩口に命中させる。
「待ってくれよ!」
「ぉあッ!? 何だよ〝長毛”!」
さらに一撃を加えようとした俺の肩を〝長毛”が掴んでいた。揺らされて思わず魔術を中断する。
「姐さんはまだ生きてるかもしれねぇだろう!? だから、ちょっと待ってくれよ!」
大きな眼球は両目ともあらぬ方向へ向いている。口からは長い舌がでろりとはみで、無理矢理力を入れられた筋肉は肥大化したようになっている。驚異的な俊敏さや瞬発力はそこから来ている。持ち主の身体が壊れることも、痛みも無視した運用だ。
生きているとは思えない。
「それは、できない相談です」
ふわりと呪術師の服が揺れる。凛とした声は、<氷刃>より冷たい温度を感じさせた。
黒い水たまりから伸びた脚。その時にはすでに蟹鋏にも似た凶器がレブナントの胴体を貫いていた。
「サウロさん、お願いします」
「わかりました……!」
レブナントの身体が持ち上がる。尋常でない力によって鋏ごと地面に叩きつけられる。腕が折れたのかあらぬ方向を向いた。
この素体はもたないと判断したのか、ぞるりとレブナント本体が抜け出す。気持ちの悪い腕がのたうった。本体についた眼球がぎょろぎょろと辺りを見渡す。
逃げ道を探してやがる……!
俺は距離を詰める。奴を釘づけにしないと<浄化>は当たらない。距離が離れていると対処できない。即時起動できるように魔術を準備しながら、進路をふさぐように<りゅうのいかづち>を見舞う。
腕の一本がもげ落ちた。びちびちと千切れたままの腕があたりを這い回る。やはり燃やすか浄化が確実か。燃やすにしても中級火炎魔術だと準備している間に逃がしてしまう。
レブナントの動きを見逃さないようにしながら、俺は叫んだ。
「俺ごと<浄化>をッ!」
迷った気配は一瞬。<浄化>は人体に影響はない。サウロの力強い詠唱が耳朶を打つ。
「邪悪な存在を祓いたまえ! ――――<浄化>!!」
魔法陣が弾け、光の波が砲弾のように撃ち出される。俺の身体を何事もなく透過した光は、レブナントには絶大な効果を及ぼした。物理的な威力があるかのようにレブナントの身体を大きくよろめかせ、その身を溶かしていく。
<体得! 魔術<浄化>をラーニングしました>
俺にしか聞こえない声を頭の片隅に、俺はレブナントの触手腕を避ける。迫る腕の手首を霊樹の棒ではたき落しながら少し距離を取った。次の一撃で倒せる!
「――――そこまでだ。愚か者ども」
一瞬で身体に巻き付いた光り輝く鎖が、俺達の自由を奪っていた。きつく締めあげられた肺から、空気が絞り出される。
明らかに魔術なのにラーニングしない。これは<拘束>の一種か――――!
唱えた<解呪>は効果を発揮しないばかりか、より強く締め付けさせる結果になる。吸収・強化の効果でもあったのか、これ。
「かは――――ッ!?」
「マコト君!?」
「てめぇ!! クソッ!!」
こちらに駆けつけようとするミトナとヴェルスナーだが、動死体を放っておくこともできない。愚直に突撃をしかける動死体の相手をするしかない。
「獣ふぜいはそこで死体の相手でもしているがいい」
「シルメスタ大司祭! どうしてだ!!」
「貴様が先走るから、私自らがこんなところまで来るはめになるのだ。全く、度し難い」
――――シルメスタ。
あからさまに嫌な顔をしたその顔はさっき見た顔だ。サウロと言い争っていた偉そうな服の男。<拘束>もこいつのせいか。
パルスト教会ベルランテ支部大司祭。スラムという場所に似つかわしくない男が軽く手を挙げた。後ろからどやどやと神父やシスターが入り込んでくる。動死体の殲滅のためではない。シルメスタの安全を確保するための位置取り。
レブナントの身体が震えた。乗り移る先が増えたようなものだ。瀕死の腕をシルメスタに伸ばす。
「汚らわしい」
その腕は輝く盾によって弾かれた。あの形は<聖盾>。後ろの神父たちが放ったものか。
そのまま押しつぶすように複数の輝く盾がレブナントの身体を抑え込む。それを見て、すぐさま服装の違う男たちがレブナントに近寄ると包囲した。
「くぅ――――ッ!」
セーナがうめき声を上げた。カゲバミの鋏を引き戻すと、シルメスタを狙って振り上げる。<拘束>を使っている者を止めるつもりだ。
打ち下ろされた鋏の一撃は、横合いから叩き込まれたナックルで逸らされた。連撃で遠くへと弾かれる。見覚えのあるシスター。唇を引き結んだココットだった。
どうして、ココットが!?
「それでよい、ココット。――――<聖威>」
光輝くトゲ付き球体。聖なる一撃とでも言うつもりか。そのモーニングスターが黒い水たまりを直撃した。微かな悲鳴を残して、水たまりが消える。セーナの身体が震えた。カゲバミのフィードバックか。
「蟲遣い……。魔物に操られているゲテモノが……!」
シルメスタが光の鎖に縛られ転がるセーナの身体を蹴りつけた。抵抗もできず呪術師の小さな体が転がっていく。
「てめぇ!!」
<氷刃>を放つが、後ろに控えた神父やシスターたちの防御魔術によって防がれる。
「こいつは浄化されては困るのだよ……。やれ、封印官」
シルメスタの命令を受けて、先ほどの服装の違う男たち――封印官がびっしりと文字の書かれた紙を広げた。吸い付くようにレブナントの身体に張り付いていく。何重も何重も、内側に圧縮するように張り付く魔術の紙。やがて卵のようなサイズに落ち着く。封印だ。
封印官がそれを拾い、シルメスタの下へと走っていく。受け取ったシルメスタは、満足そうに頷いた。そのまま踵を返す。
「シルメスタ大司祭!! このまま行かれるおつもりか!! このままでは動死体がスラムに溢れてしまう!!」
光の鎖に縛られたまま倒れているサウロが、怒気を込めた声をあげた。シルメスタは鬱陶しそうにちらりとこちらを振り返った。
「スラムなどという汚らしい地区は、少しぐらい消えてもかまわん。市街地に被害が及ぶようであれば、殲滅させるがな」
シルメスタの指示に従い、神父たちが撤収していく。俺は再び縛られたまま魔術を放とうとした。
「マコト! 魔術を撃てるなら手を貸して! 動死体のやつら、レブナントの統率を失って好き勝手出て行こうとしているわ!!」
フェイの焦った声。俺の中で迷いが生じた。フェイの言う通り動死体達はてんでばらばらに動き始めていた。そのせいに逆に撃破がしづらくなっている。
俺は奥歯を噛んだ。
「くっそおおおおおお!!!」
このままだと埋もれそうなミトナとヴェルスナー。
俺は動死体を殲滅するために、魔術を起動した。




