第230話「集結」
しばらく走ると街の中心に辿り着く。教会は獣人が多いスラムから遠い位置にあるのだ。屋根の上を行ければ速いのだが、フルプレートを装備したサウロを抱えて跳ぶのはちょっと無理だ。
サウロ自身も強化魔術をかけているのか、重い装備を纏ったまま息ひとつ切らすことなく走っていた。
真剣な顔をしたまま隣を走るサウロの顔を見る。さっきから無言で走っているが、何を考えているのか。
さっきなんだか言い合いしていたジイさんは、服装から見るに結構偉いやつなんじゃないのか?
「そのカンスナ墓地というのはどこに?」
「スラムの中だ。ていうか、よかったのか? さっきのジイさん、なんか怒ってたみたいだけど」
俺の言葉にサウロの顔が歪む。
「よくないでしょうね。シルメスタ殿はベルランテ教会支部の大司祭ですから」
「それってどれくらい偉いんだよ」
「パルスト教会幹部級です。ベルランテ支部の頂点でしょう」
「それは……」
「構いません。封印官を待っている間に次の犠牲者がでるかもしれません」
「わかった……! 速度上げるぞ!」
俺は走る速度を少し上げた。サウロがついて来るのを確認すると、カンスナ墓地への道を急ぐことにした。
墓地の入り口は簡素な木の柵と門で出来ていた。境界線を示すためだけに廃材か何かで作られたのだろう。中には墓石や墓標替わりの木が見えていた。実際死んだ者の遺体を捨てにくるだけのものなのだろう。掃除された様子や整えられた様子がないあたりからも想像ができた。
その入り口に見知った顔が待っていた。
「ミトナ! フェイとマカゲも……!」
「ん……!」
「待ったわよ」
完全装備を整えた三人が待っていた。アルドラはしっかりと仕事を果たしてくれたらしい。ラックにメモをはさんでおいたので、アルドラが辿り着けさえすれば大丈夫のようにはしておいたが、準備も含め、かなり急いで出てくれたのだ。
俺はふとミトナの姿がいつもと違うことに気付いた。
「ミトナ、装備変わったか?」
「ん!」
「あ、そうね。確かに可愛くなっているわね」
ミトナの防具が少し変わっていた。胸当てなどの防具は変わらないが、腰部にロングのフレアスカートのような装飾が追加されていた。フェイがその裾をつまみながら言う。
ミトナはドレス鎧といったような出で立ちになっていた。可愛らしいが、どんな効果があるのだろう。
ミトナが説明しようと口を開いた時、ヴェルスナーと呪術師の姿が視界に入った。顔布を下ろしたセーナが横に控えている。〝長毛”の姿もあった、どう言い含めたのか大人しくついてきている。腕はもう縛られていない。
ヴェルスナーは一度こちらを見渡すと、面白がるような視線を寄越した。
「そろったか? 魔術師」
「ああ。これで全員だ」
「よし、ここなら巻き込む心配はねぇからな。穢れの死魂を叩くぞ」
ヴェルスナーを筆頭にお互い自己紹介の時間を取る。名前くらいは交換しておくべきという判断だ。〝長毛”はイヨークという名前らしい。セーナは名乗らなかったが、ヴェルスナーが〝呪術師”と紹介していた。
最後にサウロが自分の胸に手を当てながら名前を告げる。
「ワタシはサウロと申します。見てのとおり神父をしております」
「……パルスト教か」
ぎしりと雰囲気が軋む音が聞こえた気がした。ヴェルスナーがサウロを睨んでいる。パルスト教は人間至上主義で有名だ。獣人のヴェルスナーからすると気に入らないのだろうか。
ヴェルスナーの圧力ある視線を受けても、サウロは微動だにしなかった。落ち着いた顔をヴェルスナーに向けている。
はらはらしたのもつかの間、ヴェルスナーがにやりと笑う。
「なかなか肝が据わってるじゃねえか、よろしく頼むぜ?」
「ええ。こちらこそお願いします」
はらはらしていた俺は思わず胸をなでおろした。どうやらヴェルスナーはサウロを試していたのだ。
「では、狩りを始めましょう」
セーナが立ち上がると全員を見下ろした。その足下には黒い水たまりが見え隠れしていた。
カンスナ墓地はそれなりの広さを誇る。学校のグラウンドほどと思っていいだろうか。中央付近には遺体を焼くお堂が建てられていた。基本は土葬だが、病気等焼却する必要がある場合はここで行うらしい。
お堂の近くに俺達は陣取っていた。周りはひらけているため、俺とセーナが背中合わせになれば透明レブナントの接近を感知できるはずだ。サウロは自由に動ける位置に、ミトナとマカゲ、ヴェルスナーの三人は、俺とセーナ、〝長毛”を守るように同心円状に配置されていた。
セーナが懐から小さな小瓶を取り出すと、蓋を取る。ほんの数滴を〝長毛”の身体に落とす。
何度か苦い思いをさせられている魔物をおびき寄せる香だ。量を調整してカンスナ墓地内にしか匂いが届かないようにしている。
「そんなに少なくて大丈夫なのか?」
「問題ないです。レブナントにとっては光っているように見えるのです。暗闇の中で光る場所。吸い寄せられるようにうやってくるでしょう」
ミトナがぎゅっとバトルハンマーを握る。そのハンマーは以前と同じ予備武器だ。どうやらあの動く鎧の素材はまだ加工できていないらしい。
「ハンマー、まだできてないんだな」
「ん。火力が足りなくて素材を溶かせてないから」
困ったように眉をはの字にして言うミトナ。終わったら手伝ってやるとしよう。<ブロック>で固形化した上級火炎魔法ならばかなりの温度が見込めるはずだ。
香を振りかけてどれくらい経っただろうか。日が沈みかけたスラム街が赤色に染まっていく。暗さが邪魔にならないように、早めに光源にするために<光源>を生成しておく。
空を塗りつぶす色が、赤から青がかった紫へと変化していく。暗さが勢力を増し、誰そ彼時に移っていく。
「――――来た」
最初に気付いたのはセーナだった。小さい声をあげる。全員の身体に緊張が走った。
足下では黒い水たまりから、鋏の先端だけがそっと覗いているのが見えた。地グモのようにいきなり襲い掛かるつもりだろう。
俺はセーナが見ている方に向かって目を凝らす。確かに見える。透明化のためにうっすらとしたオーラになって見える。そっと墓地に入ってくると、俺達を警戒しているのか大きく円を描きながら接近してくる。
「…………」
「……!」
俺はハンドサインで敵の接近を知らせた。姿が見えないことに驚きながらも、きょろきょろせずに広く視界を持って待っている。
俺はマナを練った。ここからが勝負だ。逃げ切れない位置まで追い込んでから、一気呵成にケリをつける。
ぐぐっと身をかがめ、飛びかかる姿勢を見せる透明レブナント。
俺はできるだけ気が付いてないふりをしながら、一人ひとりの顔を見て頷いた。
俺は造り上げた魔術を起動させた。
「氷刃――――!」
今にも飛びかかろうとしていたレブナントの手前で氷の剣が砕けた。初めからそのつもりだ。
刀身に閉じ込められた冷気が吹きすさぶ。空気中の水分が急激に冷やされて、凍り付いて白く輝く。
〝長毛”から聞き出した弱点。<透明化>は寒さに弱い。
レブナントが居たあたりが歪み、その輪郭がはっきりとしてきた。俺達は身構える。ヴェルスナーとマカゲとミトナが大きくさがった。円を広げ、逃がさないようにした。
さあ、レブナント狩りだ。




