第22話「パルスト教」
登場人物が増えてきています。しっかり整理しておかないと、と思いますね。いつもどおりゆっくり進行です。気長にお付き合いくださいませ。
どれくらい寝ていたのだろう。何かの気配に俺の意識が浮上する。
俺はあれからどのくらい寝てたんだ?
倦怠感が薄れているところから考えて、数時間は寝られたようだ。扉は破られていない。マナは寝ると回復するってことか。
寝起きの頭でぼんやり考えていた俺の耳が扉の外からの物音を拾う。
聞こえてきたのは、確かに足音だった。ガシャ、ガシャと騒がしく歩く音がする。
俺の身体はすぐに反応した。クーちゃんの警戒声がないということは、まだそれほど切羽詰った距離ではないはず。
俺はすぐに跳ね起きた。
――ガツンっ!
「あでッ!?」
跳ね起きたのが間違いだった。
光球が消えて真っ暗な室内で、芋虫のようにマントにくるまったまま跳ね起きればそりゃあ頭のひとつも強打するだろうよ。
たぶんベッド。ぶつけたところがじんじんする。額から垂れてくる感触があるけど、血か。傷になってんのかコレ。
俺は光球を生み出すと光源を確保する。
ていうか足音!
響く数からして2体以上。しかも骨の音じゃなく、ブーツかグリーブの音。E・スケルトンか?
そっと二重起動で<身体能力上昇>と<まぼろしのたて>をかけておく。
足音、少しずつ近付いてくる……!
「――――――まで、行ってみようと思うの」
「だから、言ってんだろ? ソロで廃坑来るとか地下2階に降りちまったらもう命はねえよ」
「ココット。その言い方は神に仕える者としてどうかと思いますよ」
「リッド、てめえ、いちいちうるせえんだよ。言葉遣いがなんでも信仰心があれば問題ないだろが。なあ? 嬢ちゃんもそう思うだろ?」
「どうだろ」
俺の耳に聞こえてきたのはドスの利いたセリフを言う可愛いらしい声と、落ち着きを感じさせる男性の声。あと1人の声、聞いたことが……ある? ……スケルトンって喋ったっけ?
声は俺が入っている休憩所の扉の前で止まった。どうやらここに入ってくるつもりらしい。
「ん……? おいリッド、開かねえぞ?」
「誰か中から閉じてるのでは? もしもし、入っていますか?」
コンコンと扉がノックされ、声がかけられる。いや、トイレじゃないんだから。
次いでゴンゴンというより、ズドンズドンというレベルで扉が叩かれる。壊れる壊れる。
「おい。ぶち破るか? ここで休憩しておかねえと地下2階は辛いかんな」
「いや、中に入ってる! 今開けるから待て!」
俺は叫びながらあわてて扉に噛ませていたシャベルを外した。
俺が開けようとする間もなく引き開けられたそこには、不思議な3人組が立っていた。
3人組が持つカンテラの光が、俺の顔をまぶしく照らし出す。
ガチガチのプレートアーマーに身を包み、サーコートをその上から着用している背の高い男性。側面を刈り上げたマッシュルームのような髪型、鼻の下のもふもふした髭。落ち着いた雰囲気の顔が俺を注視する。
もう1人は頭髪を隠すベールのような被り物。どうみてもシスターにしか見えない服に身を包んだ背の低い女の子。女の子の方はがっしりしたガントレットを着用して、戦うシスターという感じだ。
最後の1人も背が高い。頭の上にはベレー帽。手甲のついたロンググローブ、ノースリーブの胴鎧を装着している。その女の子の顔は、見知った顔だった。
「あれ? ミトナ……ちゃん、だよな?」
「うん。無事でよかった」
どうやらミトナはウルススさんに頼まれて俺の様子を見に来たらしい。
あの時間から出発すれば廃坑で夜になる。夜にはスケルトンの数も増え、かつ強くなる。それを心配したウルススさんがミトナに頼んだいうわけだ。もし窮地に陥っているようなら、手助けをしてやれと。問題ない場合は絶対に手をだすなと厳命して。ウルススさん、ちょっと俺に対して過保護すぎじゃね?
「というかよく知らん俺みたいなやつのために、夜中にこんなとこまで来るなんて……。お人よしというか何というか……」
「気にしない。うちのお得意様だし」
「そうかい」
そういや、夜にはスケルトンが危険になるなら、ミトナ以外の2人はどうなんだろ?
俺はテーブルに携帯食を広げてくつろいでいる2人のほうを見る。
「あの2人は知り合い?」
「違うよ。スケルトン討伐に行くらしいから、同行させてもらったの」
いや、駆け出し冒険者の俺に対してのウルススさんの気持ちもわかるけど、女の子に助けに来てもらうってのは、男としてちょっと……な。
ただ、自分自身で体調が管理できていなかったことや、1人で休憩するときの危険を考えると、ウルススさんやミトナの考え方は当然と言えるか。クーちゃんがいなかったら絶対寝れないし死んでるしな。
考えこんだ俺を、不思議そうな顔でミトナが見ていた。
「いや、心配ありがとな」
「うん」
ミトナは眠そうな顔のまま頷いた。あまり表情が変わらないからいまいち考えが掴みづらいな。
「嬢ちゃん、探し人は見つかったか?」
「うん」
「よし。それでどうすんだ? ここで朝まで待つか? いけそうなら出口まで戻ってもいいんじゃねえか?」
「マコト君。どうする?」
バトルシスターが問いかけ、ミトナが俺に丸投げしてきた。
結構スケルトンの下顎は集まってるから、戻ってもいいんだけどな。地下2階ってのも気になる。連れて行ってもらえるなら偵察くらいはしておきたい。
「……できれば地下2階に連れていってほしいんだけど」
「お前なあ……。ってケガしてんじゃねえか。スケルトンにやられちまったのか?」
俺の言葉に呆れた顔をしたバトルシスターだったが、俺の額の傷に気付いたらしく、素っ頓狂な声を出した。
そういや忘れてたわ。ケガしてんの。クーちゃんが後で治してくれるだろ。ちなみにクーちゃんは闖入者に驚いたのかベッドの下に潜り込んでいる。
「いやこれ、さっきそのベッドの残骸でぶつけて……」
「お前……ダセえな」
半眼でバトルシスターが言う。俺もドジったとは思うけどさ。
「しょうがねえなあ、それくらいだったら『神聖術』でパパっと治してやるよ」
「え?」
「―――ココット」
フルプレートさんが底冷えするような声を出す。びくっとバトルシスターの身体が震える。
何だ? 『神聖術』ってのがまずいのか?
「『治癒』を使うならきちんと対価を頂きなさい。そもそもあなたは司祭まで位階をあげておきながら、いつも気構えが――――――」
「ろ、ろくシーム! 6シームだから! 払え! な!?」
「お、おう!」
マッシュルームカットの髪が逆立つ勢いで説教を始めそうになったフルプレートさんを遮って、バトルシスターが叫んだ。俺も思わずOKを出してしまう。
バトルシスターが俺の前に来ると、ガントレットに包まれた掌を額の前にかざす。興味があるのか、ミトナも見える位置に陣取っているようだ。
バトルシスターがマナの同調のために集中に入る。薄目になって集中する姿は、敬虔に祈りを捧げるシスターそのもの。うーん。擦り傷や切り傷の跡が見えるけど、整った顔してるな。
こっちの世界の人らって、整った顔の人多くない? あの神の野郎の趣味かね。
「<パルスト神の御業をもって、聖なる油と、祈りの文言を以って彼の者に癒しを与えたまえ。……治癒の秘蹟!>」
「ほえ~」
バトルシスターの指先に魔法陣が生まれると、火の粉のように舞い散った。指先を中心に、ほの温かい光が生まれる。傷口から痛みがなくなっていく。
ミトナが驚いた顔をしているのが見える。俺には見えないが、おそらく逆再生のように傷口がふさがっていく様子が見えるのだろう。
<体得! 魔術「治癒の秘蹟」をラーニングしました>
治癒の魔術、いただき! 6シームで買えたら激安だろ。
『神聖術』って言ってたけどやっぱ魔術だよな。これ。呼び方を変えてるけど、本質は変わってねえな。
たぶんこの2人はレジェルが前に言っていた『パルスト教会』の司祭だろう。あの神の野郎を信仰してるなんてどうかと思うけどな。あの野郎に会ったことがあるなんて言っても信じてもらえんだろうな。
俺は6シームをバトルシスターに渡しながら取り留めの無いことを考える。
「それで、連れて行けなんて、何オモシレェこと言ってんだよ」
「人間であるあなたを庇護するのは我ら司祭の役目であります。しかし、自ら危険に飛び込むのはいかがなものかと思います」
やっぱり無理か? まあ、俺もきっちり休みたいしまずは街に戻ることを優先するか。
「わかった。無理言って悪かったな」
「危なくなけりゃ、手伝ってもやるよ。ベルランテのパルスト教会に居るから声かけろよ」
「いや、名前教えてもらってないけど」
「あれ? そうだっけ?」
「あたしはココット。向こうのキノコ頭がリッド。お前は?」
「俺はマコト」
「ミトナだよ」
「マコトにミトナだな。覚えた」
バトルシスター――ココットはうんうんと頷きながら復唱する。その様子を慈愛の目で暖かく見守るリッド。
「きゅ?」
ベッドの下に居るのも飽きたのだろう。和やかな雰囲気につられてクーちゃんがベッドの下から顔を出す。
それに劇的に反応したのはココットとリッドだった。
「魔物! 数1!」
「了解!」
うおっ! ちょ、ココット、速……!
<身体能力上昇>かかってなかったら追いついていなかっただろう。ココットの前に飛び出してクーちゃんに殴撃が繰り出される前に止める。
「マコトさん、射線から退いてください! 神聖術が放てません」
「いやいやいや! 殺っちゃだめだから!」
「何故です? 魔物と獣人は異教徒でしょう? 異教徒は地獄へ送らねば」
いやいやいやいや! ココットも当たり前みたいな顔をして頷いてるんじゃねえよ。
「コイツは俺の相棒だから。だからやめてくれ!」
なんで、こんなに緊迫してんだよ。
クーちゃんは速攻で俺の鞄に潜り込んでいる。もし2人を抑えるにしても、黒金樫の棒を持ってないことが悔やまれる。
怖えよ、リッドさん。いつの間にメイス構えたんだ。ココットも微妙にすり足で位置調整すんな。
「その子、マコト君のペットなんだよね。仲良しだから大丈夫だよ」
空気を読んでいるのかいないのか、ミトナの平然とした声が響く。いつもの眠そうな顔。動じていない様子に、いささかリッドも毒気を抜かれた様子だ。
「成る程。あなたの支配下にあるのですね。ならば今は見逃しましょう」
「いやあ、そうならそうと言えよな」
メイスと拳を下ろす2人を見て、俺は深い息をついた。
……尖がってるな、パルスト教。これって、人間至上主義ってやつか?
「では、我々は任務がありますので。縁があればまた」
「またな!」
リッドさんとココットは荷物をまとめるとこちらに会釈した。休憩所から出て、通路を奥へと進んでいく。ミトナと2人でそれを見送る。ううん。悪い人じゃ、ないんだけどなあ。
「あ……!」
「……? どうしたの?」
「いや、なんで夜にスケルトン退治しにきたのか聞くの忘れたな」
「なるほど」
まあ、縁があってまた会えたら聞くことにしよう。
俺たちもベルランテの街へと戻ることにするか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[メモ:マコトのスキル]
魔術「火」初級 魔法「まぼろしのたて」
魔術「麻痺」初級 魔法「いてつくかけら」
魔術「光源」 魔法「ゆらぐひかり」
魔術「印」 魔法「いやしのはどう」(現在は何故か使用不可)
魔術「身体能力上昇」 魔法「たけるけもの」
魔術「解呪」
魔術「治癒の秘蹟」
技能
「二重起動」「合成呪文」
読んでいただき、ありがとうございました!




