第224話「サウロの訪問」
フェイが開いた扉の先に立っていたのはフルプレートのサーコート姿、サウロだった。
前に別れたときから変わらぬその姿。この人、外出する時はフルプレートと決まっているのだろうか。
そのサウロの表情が、フェイの後ろから覗く俺の顔を見て納得の表情になる。
待て、それは何を納得しているんだ。
「サウロ……さん?」
フェイの怪訝な声。どうやらこの来客は彼女自身も予想していなかったことらしい。
フェイの問いかけにサウロは苦りきった笑みをこぼした。
「急に押しかけてすみません。魔術師ギルドの男性職員の方に聞くとここだと教えていただいたもので」
「ショーンのやつ……後でお仕置きしてやるわ。それで、御用は何でしょう? 私に、ですか?」
フェイの声には疑念が多く滲んだ。それもそのはず、俺の認識が正しければ、教会と魔術師ギルドはそれほど仲がよくなかったはずだ。冒険者の依頼ならともかく、こうして魔術師ギルドの職員と知って訪ねるとは尋常ではないように思える。
「フェイさんと、マコトさんにです。マコトさんの泊まっておられる宿も探したのですが、あいにく見つけられませんでしたので、ここに寄せさせてもらったのです」
「あ、そうか。最近泊まる場所をいろいろ変えてるから」
長期で安く泊まれる宿を探して、いろんな宿を二転三転しているために、連絡がつかなかったらしい。冒険者ギルドに言伝くらいはしてそうだが、ツヴォルフガーデンに行ったのもあって、冒険者ギルドに寄っていない日が続いていた。
しかし、俺とフェイの二人を探すということは……。
胸中に膨らむ陰りを、俺は自覚した。サウロの雰囲気といい、騒動の雰囲気がする。
「立ち話もなんでしょう。とりあえず上がってください」
「かたじけない」
フェイが家に招き入れる。サウロは鎮痛な面持ちのまま入ってきたのだった。
接客用スペースなのだろう部屋には、低めのテーブルとソファが設えられていた。俺とサウロが向かい合わせに座り、それぞれの前にお茶を供したフェイが俺の横に座る。
サウロは出されたお茶にも手をつけず、両手を組んで沈み込んでいた。黙して祈るような姿はまるで彫像のようだ。
「それで、どうしたのですか?」
見かねたようにフェイが助け舟を出す。サウロは意を決したように顔を上げる。
「先日は幽霊、穢れの死魂の浄化を手伝っていただいて、本当に感謝しています。それに関係するかはわからないのですが、幽霊絡みの話なのです」
力が入ったのか、サウロの纏う鎧がこすれあう音がする。サウロは重たい雰囲気のまま続ける。
「実は近頃、幽霊に憑依された魔物や人が暴行事件を起こすということが起きています」
「それだったら俺も心当たりがある」
俺の頭の中に鬣猪の姿がフラッシュバックした。撃退した瞬間に見た幽霊らしき姿。どうやら鬣猪以外にも、同じような事件が起きているらしかった。俺の言葉にサウロはひとつ頷いた。
「人に取り憑いて害をなすのは、レブナントから発生した幽霊しかありません。この街のどこかに、レブナントが隠れているのです。このままでは危険です。一刻も早く見つけ出し、浄化しなければ、この街自体が……」
「レブナントだらけになる……?」
憑依させられた獣人は、内側に幽霊を詰め込まれて操り人形と化していた。ゾンビ映画のごとく、伝染病のようにアレが増えていくなんて、考えただけでぞっとする。
「力を貸して頂きたいのです、あなた達二人に」
サウロの声は真剣そのものだ。俺達は思わず顔を見合わせる。サウロの話が本当であれば、確かに緊急事態だ。しかし、何で俺達のところに?
フェイの顔にも同じことが書いてある。どうやら思っていることは同じらしい。
「サウロさん。どうして私達に? レブナントなど霊魂系魔物は教会の専売特許だわ。専門家もそろっているでしょうし、対策も多くお持ちでしょ。サウロさんがわざわざ私達に協力をお願いする必要が、あるのかしら?」
フェイの鋭い視線がサウロを射る。短い時間とは言え、サウロの人柄はわかっているつもりだ。だが、状況が解せない。
そんな事態ならまずは教会が動くだろう。そうでなければ騎士団なりベルランテ執政局なりに協力を依頼することもできたはずだ。
「…………教会はあてにならないでしょう」
自嘲とも呻きともつかない声が漏れた。それを言わなければならない自分自身を恥じるように、サウロは小さなソファの上で、大きな身体を丸めた。
「ベルランテ教会支部はレブナントの事で何かを隠しています。それは彼らの気付いていないところで、大きな火種になりつつあるような気がするのです。騎士団にも、ベルランテ執政局にも、すでに話をしにいきました。ですが、シルメスタ大司祭が事態を否定されるため、私の話が聞き入れられてもらえない状況になっているのです」
「同じ教会が邪魔をしてるってことですか」
「ええ。お恥ずかしいことに」
サウロはレブナントがベルランテに放たれていることを確信しているようだった。同じ教会が邪魔するということは、ばれてはまずい事情があるのだろう。隠蔽工作ということだ。
どこも頼れず、この前一緒に組んだことを縁に、俺達を訪ねてきたのだ。
「権威の失墜を怖れてか、調査隊すら編成されない。むしろ妨害がくる始末。私はこの街に来たばかりで土地勘もなければ情勢もわかりません。お二人の力を貸していただきたいのです」
サウロはそういうと、テーブルの天板に両手を着け、額が触れかねないほど頭を下げた。お茶のカップが振動し、中の液体が揺れる。
「魔術師ギルドとしては確たる情報がないと動けない。私個人の手伝いという形なら、魔術師ギルドのバックアップは受けられないわ」
「いいのですか!?」
「この街には愛着があるわ。サウロさんの話が本当なら、放っておけないでしょ」
フェイがわざと砕けた話し方をする。フェイの『しょうがないからやってあげるわ』という顔がそこにあった。レブナントを追うということは命の危険もありうるのだ。それを感じさせないようにわざとそういうしゃべり方をしているのだろう。
「フェイ。まずは何をすればいい?」
「まずは証拠を掴みましょう。教会が隠蔽しているなら、その暴露。もしくは街中に潜伏しているレブナントを引きずりだすか、ね。どうしようもないほどハッキリさせてやれば、どこの勢力も動かないわけにはいかないでしょ」
「お二人とも……。助かります……!」
「報酬、ちゃんと冒険者ギルドに振り込んどいてくれよ?」
「……! もちろんです!」
冒険者への依頼、ということにすれば俺が動く体裁も立つだろう。サウロは教会の暗部も関わっているとなれば、冒険者ギルドにオープンな依頼をするということもできなかったのだろう。大怪我をすれば教会の出番だ。つながりは深い。そんな依頼を出したところで誰も取らないか、最悪シルなんとか大司祭とかいうやつの手で握りつぶされるのがオチだ。
「気になるんだけどさ。もっと爆発的に憑依された人とか魔物とかが増えないのか?」
「そこは確かに変なのです。レブナント自体が大きく動けない原因があるのか――――」
「――――どこかが飼っているかもしれないわね。そうすれば、レブナントの動きは制御できるわ」
「そんなことができるのかよ!?」
「封印という技術ががあるくらいよ。弱体化や操作、制御の魔術くらい開発しててもおかしくないわ」
もしそうなら、これはレブナントを使ったテロだ。今起きている細かい事件は、練習なのかもしれない。俺の背筋が凍りつく。ぞわぞわと嫌な感じが這い上がってきた。大事になる前に、止める必要がある。
フェイがおもむろにソファから立ち上がった。ふたつお下げが背中で跳ねる。
「じゃ、今すぐ動きましょう。ぐずぐずしてられないわね」
荷物を取りに部屋へ向かうフェイの背中を見送りながら、俺は自分にできることを考えていた。
まずは騎士団だ。ハーヴェから情報を聞き出し、バルグムに直接交渉するくらいはしてみよう。




