第221話「小さき仲間」
フライングソードというのは意外とおもしろい魔物だ。魔物といったら画一的な存在に見えて、その実趣味嗜好が存在するようなのだ。
これまで遭遇してきたフライングソードの中には、ツーハンドソードやクレイモアのような大物が好きな個体もいれば、フランベルジュやシミターといった変わった形の刀剣を好む個体も存在する。
本体は一本の剣。本体は目に見えない手を持ち、その手でもって他の刀剣を扱うのだ。他の刀剣を持つのは生態なのだろう。三本の剣が浮かび、踊っているように見えるとこからこの名前がついたのだろう。
「とはいえ、まさかなぁ」
これもフライングソードなのだろうか。
ミトナがフライングソードをそっと床に放つ。俺は解放された食卓用食器を微妙な心持ちで見ていた。
いきなり解放されたことに驚いたのだろう。食卓用ナイフは辺りを見渡すように揺れると、フォークとスプーンを従えて、物陰を目指して動きだした。
その動きは凶悪な魔物というより、ハムスターやウサギのように見える。
逃げようとしたソイツは進路をふさぐように現れたマカゲの靴にぶつかると倒れた。すぐに起き上がるとナイフとフォークを振り上げた。ふにゃんという一撃。叩きつけたつもりなのだろう。何度か繰り出した後、本体による攻撃。経年劣化により切れ味も何も失ったナイフ。この威力なら生身にすら傷がつかないのじゃないだろうか。
その様子をマカゲは見下ろした。腰の脇差に手をやると、鯉口を切る。
「いかに弱くても魔物は魔物。斬っておくか……?」
「だめ! これはうちで飼うから! 斬っちゃだめ!」
マカゲの言葉に、ミトナが割りこんだ。マカゲの気に震えあがったフライングソードがミトナの背後に隠れる。
ミトナは俺の方に懇願する視線を振り向けた。
「マコト君! 飼ってもいいよね?」
「駄目! 見つけたところに捨てて来なさい!」
「ちゃんと世話するから大丈夫だよ」
ミトナの勢いに、思わず脳内でフライングソードにリードをつけて散歩させる姿が見えた。捨て犬を拾ったかのように言うミトナに、許しそうになってしまう。
俺は助けを求めるようにフェイに顔を向けた。フェイの興味津々といった顔にぶつかる。お前も同類か。
俺の視線に気づくと、フェイは苦笑した。
「ミトナ。この子どこに居たの?」
「棚の引き出しの中。ずっとそこに居たみたいだね」
「そこに閉じ込められたか、棚の中のナイフが魔物化したか、というところかしらね。何にせよ弱すぎて生きていけないわね、ここでは」
ツヴォルフガーデンのフライングソードにも弱肉強食が存在する。強靭で出来のいい武器は、より強いフライングソードに奪われてしまうのだろう。ヤドカリの殻のようなものだ。より強い個体がより良いものを。そんな場面にでくわしたこともある。
フェイの言葉に、ミトナが上目遣いで見上げてくる。
「飼っていいと思う?」
「やめたほうがいい。寝込みを奪った武器で刺されては話にならん。生きられぬのなら、ここで介錯するのも一つだろう?」
マカゲが再び刀の柄に掴む。その目には仄かに不機嫌な色が見えた。八つ当たりというか、そういった感じの。
そういや、マカゲはフライングソードに刀を取られたんだっけな……。
ミトナが悄然とした姿を見せるが、安全を確信できないのならマカゲの言にも理があるだろう。
そんな空気を気にしないまま声を出したのはミオセルタだった。
「従者にすれば解決じゃろ?」
「従者って、アルドラのようにか?」
「できるじゃろ?」
「それは天恵が……あッ!?」
不可能だと呟いたフェイは、言葉の途中で気付いたらしい。アルドラとマナの繋がりを繋いだっていうことは、その術を身に受けたということだ。フェイはそれを理解した目で俺を見る。
俺はもう一度床でうろうろするフライングソードを見た。
クーちゃんが猫じゃらしにかまう猫のように、何度もフライングソードをつつきまわしているのを見れば、危険な魔物だと思う気持ちも霧散してくる。
「わかった。試してみて無理だったら諦めろよ? いいな?」
「ん!」
ミトナの顔がぱっと輝く。俺も試したことがないからどうなるかはわからない。
俺はしゃがみこむと両手を前に出す。アルドラやミオセルタとの繋がりを意識するように、<ちのけいやく>を意識すれば、パスのラインがケーブルのように伸び、踊る食器ナイフへと接続された。
――――繋がった。
食器ナイフが震えると同時、フォークとスプーンを取り落とす。軽い音が響いた直後、迷うようなそぶりでうろうろと旋回する。
ミトナが不安そうな顔で俺を見た。
そんな顔で見ても、俺自身も何が成功だかわからないんだからさ。
一応マナの繋がりは繋がったように感じる。抵抗もなく繋がったのはフライングソードの格の低さのためか。驚く感情を薄く受け取りながら、俺は命令してみることにした。
「よし、俺に従え! ダッシュ!」
フライングソードは弾かれたようにミトナの靴の裏に回り込むと、ナイフの柄だけをひょっこりのぞかせた。同時に届く拒否の感情。
「おい、なんだか俺嫌われてないか?」
「飼ったらだめっていうからじゃないかな」
ミトナが持ち上げると、嬉しそうな感情を振りまいた。さながら尻尾を振る犬のようだ。マカゲは未だ納得はしていないようだったが、害はないと認めたのか刀を鞘に納めた。
俺がマスターなのに懐かないことになんとなく釈然としないまま立ち上がる。ともあれ、これで危険はないだろう。
どすんと肩を叩かれて振り返ると、瞳を輝かせたフェイと視線がぶつかった。
「ね、ちょっといい? フライングソードがどんな生態か、調べてみたいのよ!」
休憩がてら、フェイの発案でフライングソードの生態について調べることにした。
ちなみに俺が命令しても言うことを聞かず、なぜかミトナの言うことを聞く。何故だ。
この食器ナイフのフライングソードについてわかったことは、かなり力が弱いということだけだった。
これまでに手に入れた剣に持ち換えられるか試させてみたが、わずかに持ち上がった程度で動かせないらしい。腕力の弱い人が重いものを持っているような反応だ。マカゲが心配した事態にはなりようがないらしい。
「意思の細かい疎通も難しいみたいだし、やっぱり弱小個体なのかもしれないわね」
いじりたおされすぎて疲れた様子のフライングソードを見ながらそう言ったフェイは、満足そうに頷いた。
「名前を決めないと」
ミトナがそう言ったのは、ひととおり様子を見て、なんとなく馴染んだころだった。
奴は俺が所持しようとするとかなり嫌がるので、今はミトナの懐の投げナイフ差しにまとめて収まることになった。
「フラソとかでいいんじゃないか。あとはナイフ君とか」
強烈な否定の意思が届いた。嫌か、そんなに嫌か。こうして感じるフライングソードからの感情はアルドラと比べ、未熟で原始的だ。
「ん……。〝クッカ”でどうかな?」
一瞬悩んだミトナの言葉に、今度は肯定の意思が届く。アルドラの時と同じパターンかよ。そんなに名前のセンスないかな、俺。
ちょっとへこみながら、俺達は新たに加わった仲間を見つめたのだった。




