第220話「剣の庭再び」
準備を整えた俺達はツヴォルフガーデンへと向かった。
アルドラのラックに必要な荷物を積み込み、フェイを乗せて進ませる。
ミトナと俺がアルドラの両側を歩き、最後尾をマカゲが歩いていた。
迷宮アンカーを見て、ふと笑みが浮かぶ。ツヴォルフガーデンに初めて来たのもフェイのお願いからだったのを思い出したのだ。
俺の様子に、肩上のクーちゃんが不思議そうな顔を向けて来る。何でもないとその頭をぐりぐりと撫でた。
歩きながらそっとフェイの顔を見る。地図を眺めるその横顔は普段と変わりないように見えた。
大テントでのことを思い出してしまう。言いたい事って何だろうか。
アルドラの上でフェイが身じろぎをした。目線が合いそうになって慌てて俺は顔を反らした。
視線を戻した先、立ち並ぶ木々の頭を越えた辺りに見覚えのある城砦が見えた。ツヴォルフガーデンに着くのもすぐだろう。
城砦への侵入口へとたどり着くと、アルドラには外に待機しておくように言い含める。
さっそく中の探索だ。
「――――<魔獣化>」
魔法陣が割れる。どこから敵が現れるかわからない迷宮内では気を抜くことはできない。準備できることはしておくことにした。
一斉に起ち上がった魔術が俺の身体を強化していく。両腕は圧縮された冷気の腕と化し、同じ素材の尻尾が生える。マナ攻撃に対する耐性の衣をまとい、身体能力を上昇させる。レーダーの役割を果たす<空間把握>で周辺の様子を掴むことが可能になる。
「マコト殿のそれは、いつ見てもすごいな」
「そうか?」
「姿だけ見ると、迷宮の主に見えるわね」
俺は自分の姿を見る。幻による偽装も解除してあるから両の角も空気に触れていた。
角持つ異形。まさに悪魔か魔獣か、そういった類の存在に見えるだろう。
身体にフィットするケイブレザーコートが、未来的なバトルスーツに見えなくもない。そう感じるのは俺だけだろうが。
ふと尻尾が気になって何度か動かしてみる。思い通りに動く。どう生えているのかわからないが、服を貫通して尻尾は生えているらしい。不思議だ。
「かっこいいと思うけど」
小さく呟いたミトナの声に俺は苦笑した。ミトナの言うことだ。ひいき目が入っている気がする。
「ま、気を付けていこう。剣に擬態しているフライングソードがいるかもしれないしな」
「わかってるわよ」
「ん」
フェイが鞄から短杖を取り出す。ミトナがバトルハンマーを右手にぶらさげるように軽く持った。
「それで、バトルハンマーを探せばいいのか?」
ツヴォルフガーデンには、ツヴォルフが集めたとされる多数の武器が保管されている。隠し倉庫も探せばバトルハンマーなども見つかるだろう。
だが、俺の予想に反してミトナは首を振った。
「この前マカゲが見つけたように、武器を造るための素材も残ってると思う」
「そんなのあったのか?」
「星辰刀の素材だ。実際上質なものが残っていたからな」
「あとは剣とかの素材も溶かして戻したりもできるかな。売ってお金にしたほうがいいかもしれないけれど」
「じゃあ、なんにせよ武器庫を目指すとするか」
俺は頷くと歩き出した。俺を先頭に、フェイを真ん中に囲むようにして進む。
久しぶりのツヴォルフガーデンは拍子抜けするくらいだ。
フライングソードが姿を見せると同時に<雷の鎖>で拘束する。雷の性質を持つからか金属に向かってある程度ホーミングしてくれる。動きが止まればフェイの火炎魔術で狙い撃ったり、ミトナのハンマーで無力化したりとやりたい放題だ。
フライングソードが手放した剣を回収し、手早くマカゲが荷物に加えていく。
剣に対して刀を使うマカゲは相性があまりよくない。割り切って荷物の運搬を主に動いていた。
壁面に飾られている武器などをこまごまと回収しながら歩くうちに、前に来たときのことが思い出される。
そういやフェイ、魔術ゴーレムはどうしたんだ?
思い返せばこの前からフェイは魔術ゴーレムを連れ歩いていない。どこに行くにもたいてい連れて行っていたのが、ここ最近では姿を見なくなっていた。
「ミオセルタ、魔術ゴーレムって故障したりするのか?」
「故障じゃと?」
マナの繋がりから疑問に思う感じが伝わってくる。
「三世代ゴーレムが壊れるとは、よっぽどのことじゃぞ?」
「燃料が切れたんじゃないか? マナストーンも無限じゃないだろうし」
「ふむ……。リブート時のマナならまだしも、パスが繋がれば供給先からマナを得ることが可能なんじゃがなぁ……」
それだけ言うとミオセルタは何やら考え込み始めた。呼びかけても返事がなくなったくらいだ。
もう少し話してもらおうと口を開きかけた俺を、マカゲが制止した。
マカゲが言う前にその理由がわかる。<空間把握>には、この先の部屋に大量の武器があることを示していた。武器庫はツヴォルフガーデンの宝物庫だ。
武器だけではなく、武器を打つ金床や簡易炉もあることから、工房の可能性もある。
マカゲは慎重に辺りを見渡した。敵の姿がないことを確認してから、俺達に警告する。
「武器庫の番人がいるやも知れぬ。入ってからはまず動く鎧やフライングソードがいないか確認することだ」
「そうだな。武器を漁っているうちに後ろからってのは困る」
「武器については詳しくないから、私は辺りを警戒するわ」
前回も武器庫にてボス級フライングソードと遭遇している。あの時もかなりの苦戦をした。武器を次々と入れ替えてくるフライングソード。本体はかなりの硬度を誇る古代剣が核だったために倒すのにも苦労したのだ。
緊張した面持ちで、武器工房内に入る。
ラックに納められた武器。軍隊に武器でも供するのかと思うほどの数だが、これを一人の男が自分のために集めたのだと考えると、まさに狂気の行いだ。
しばらく警戒するが、動く鎧が数体居たくらいでおしまいのようだった。
ミトナとマカゲが素材や武器を探すなか、俺は手持無沙汰に武器工房内を見渡した。ミトナやマカゲほど目利きができるわけではない。何かを見つけた時に運ぶくらいしか仕事がないのだ。
「しかし、この工房みたいなのがいくつもあるんだな、この城」
「一説によると、捕らえた鍛冶師や奴隷とかに武器を造らせていたなんて話もあるわ」
「へぇ」
改めて見渡してみれば、この武器工房は完結している。素材の仕入れ、鍛治、仕上げ。販売がないが、この場所で鍛冶の全てがまかなえる。
完結しすぎているのだ。言われてみれば、独房にも見える。
俺は束の間、閉じ込められて武器を造らされ続ける人々を幻視した。生気なく武器を打つ人々。石壁に塗り込まれるようについた汚れは、怨念すら感じる気がする。
薄ら寒くなり、思わず俺は一歩退いた。気のせいだ。今は寂れ、誰も残っていない。俺は傍らで座るクーちゃんを見た。何かを感知すれば反応するはずだ。
この城砦には幽霊も出ないのだ。無念ならそんなものの一つでも出るだろうに。
「あっ!?」
ミトナのそんな声が聞こえて、思わずおれはびくりと身体をすくませた。
「ミトナッ!?」
くそっ! まだ魔物が残っていたのか!?
周辺を探っていたマカゲも、物珍しそうに眺めていたフェイもその声で振り返る。ミトナの許へと駆けつけた。
「ミトナ! 大丈夫か!?」
「ん。私は大丈夫……」
そう言うミトナの右手が跳ねた。ミトナは両手で包むようにして細長い物を掴んでいた。よく見るととても見覚えのあるフォルムをしている。
「ナイフとフォークとスプーン……よね?」
俺の心中をフェイが代弁した。
フェイが不思議そうに言う言葉に、ミトナが頷く。
「この子、フライングソードだよ」
ミトナが両手を開くと、一度ぱたりと倒れたナイフが一人でに起き上がる。次いでスプーンとフォークがふわりと浮き上がった。
くるくるとダンスするように舞う食器類。ミトナがその目を輝かせた。
これもフライングソードと言えるのだろうか。今まで見たフライングソードは最低でも片手剣サイズは
存在した。これほど小さなフライングソードとなると、もしかすると幼体とかなのかもしれない。
俺が腕組みしながら考えていると、ぼそりとミトナが声を出した。
「かわいい。これ、持って帰りたい……!」
「えっ!?」
これ、かわいいか?
旋回しすぎてぼてりとこけたフォークが、再びふわりと持ち上がる。愛嬌ある動きは見ててかわいいといえなくもない。
俺は口を開きかけたが何も言わずにそのまま閉じた。マカゲとフェイを見るが、肩をすくめただけだった。きらきらとした瞳で見つめるミトナを説得することは難しいようだった。




