第21話「ドマヌ廃坑」
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道中から曇り始めた空だったが、俺がドマヌ廃坑の入り口に着いたあたりで、こらえきれなくなったように雨粒をこぼしはじめた。
入り口の前は平たく整地されていた。
入り口周辺にある瓦礫置き場や一輪車、道具小屋の屋根が雨粒に叩かれる。放置されてボロボロになったツルハシやスコップが散乱している。鉱山として活況だったことを思わせる廃墟がそこにあり、俺は物悲しい雰囲気に浸されていた。
『ドマヌ廃坑』
ベルランテの西には隣国とを隔てる大山脈がそびえている。そこに設けられた鉱山は有益な鉱物を掘りつくしたと判断され、遺棄されたらしい。そこに魔物が棲み付くのにさほど時間はかからず、いまや立派な迷宮と成り果てていた。
なくなった鉱山夫の怨念か、旧時代の地下墓地と繋がったのか、そこにはスケルトンが湧く。
と、いうのが窓口さんの説明だったなあ。あふれてきているってことだったけど、入り口周辺でもスケルトンが出てくるというわけじゃないみたいだな。俺はフード付きマントをはずして鞄にしまう。
にしても……『ドマヌ廃坑』遠い! 遠いよ!
道は一本道で迷うことはなかったのだが、距離がけっこうあった。荷犬車に乗せてもらったりして近くまで来れたのには助かった。おかげでちょっと行って戻ってくるつもりが、着いた今現在で陽がだいぶ傾いている。
ここまで来て帰るってのも何だかな。帰りも運よく乗せてもらえればいいが、今からだと歩きになるだろう。あの距離を歩くか迷ったが廃坑内もどうせ暗い。いざとなれば内部の安全な場所で野営すればいいだろう。
俺が深呼吸すると、古びた空気が肺に入ってきた。肩に乗ったクーちゃんを撫でると、だいぶ気持ちも落ち着いてくる。クーちゃんは撫でられるのが気持ちいいのか、目を細めて嬉しそうにしている。
いいね、この緊張感。挑戦するって感じ。
俺は黒金樫の棒をぎゅっと握り、感触を確かめた。……思ってたけどこれ、見た目といい、用途といい、『棒』じゃなくて『棍』だよな。まあ、ウルススさんが言うんだから『棒』という名称でいいんだろう。
「<光源>!」
二重起動で光球を2つ生み出す。魔術で生み出した光球は俺から離れることはないので手元の明かりに。魔法で生み出した光球は先を見通すために、少し先を先行させる。
坑道内はけっこう広い。おそらく採掘した鉱石を運ぶ台車などが通るためだろう。ところどころ木で出できた柱や梁で天井が支えられていた。天然の洞窟よりも人工的な感じがする。
俺はかばんから購入しておいた羊皮紙と筆記具を取り出す。そう、マッピングだ。迷わないために、そして重要な採取物の情報を掴むためにもマッピングは重要だろう。
時間があったころはダンジョンをマッピングをするRPGなどもしたもんだ。いまや遠い記憶のように感じられるけどな……。
「<印>」
俺は足元に<印>を落とす。これで入り口の位置は感知できる。迷ったらここを目指して戻ろう。
しばらく直進。いくつか横道もあったが印だけつけて、とりあえず正面を進む。
クーちゃんがぴくっと反応したのが感じられる。警戒の鳴き声を聞くまでもなく俺も気付いた。
かしゃん、かしゃん。硬い何かが一定間隔でぶつかる音。足音だ。
十字路になっている右から現れたのは、予想通りスケルトン。理科室で見るような完全白骨標本が、一歩一歩歩いてくる。
「……これ、どうやって保持してんだ?」
俺の思わずのつぶやきが漏れる。骨の関節など、留めるものが何もないにもかかわらず、人間型として骨が立っている。まあ、なんか魔術か魔法か、不思議な力が働いてるんだろうな。
「さて……」
クーちゃんが俺の肩を蹴って降りる。俺は黒金樫の棒を構えた。二重起動で<身体能力上昇>と<まぼろしのたて>をかけておく。
支援スキルは怠らないほうがいいだろな。
「<いてつくかけら>……!」
俺は続けて氷柱を生み出す。距離もあるし、まずは遠距離から。槍サイズまで拡大した氷柱で、とりあえず胸骨のあたりを狙おう。オーバーキル? いや、最大威力で試して倒せなかったら逃げるしかないしね。検証検証。
よし、命中。骨の隙間を抜けるかとも思ったが杞憂だったな。
胸骨が砕け、背骨を氷漬けにしたあたりで、スケルトンは力を失って崩れ落ちた。
俺は崩れ落ちた後も、しばし待つ。
こういう時、スケルトンって自分で組み立て直して復活する、ような気がするんだよね。
しばらく待っても動きがない。どうやら倒したようだ。余裕だな。
俺はスケルトンの残骸に近づくと、頭蓋骨から下顎を回収して鞄に入れる。無理しない程度に集めるとするか。
俺は自分の力を検証しながら廃坑を進む。
スケルトンはさほど知能があるわけでなく、こちらを発見すると走って襲ってくるという思考パターンらしい。素手のスケルトンは両手を広げて掴み攻撃。ピッケルやシャベルを持っているスケルトンは武器攻撃をしてくる。
スケルトンは<身体能力上昇>がかかった状態であれば、黒金樫の棒で物理攻撃しても倒せることが判明した。ただ、腕がふっとんでも気にせず襲ってくるのには驚いた。頭蓋骨がふっとんでも襲い掛かってきた時は、びっくりのあまり叫んじゃったよ。
「けっこう集まってきたな」
「きゅ?」
俺はかばんに集まってきた下顎を確認して、クーちゃんに話しかける。1人でやってるとどうも独り言が増える気がするなあ。もっぱらクーちゃんに話しかけてるんだけど、ソロはちょっと寂しい、と思うときもある。
「さて……思いついたアレ、試してみるか」
カシャカシャ音をさせて、スケルトン2体が歩いてきた。まだこちらを視認していない。
きっかけは前のケイブドラゴン戦のシーナさんだ。魔術で強化された身体能力を生かして『ヴェフラ球』を投げていた。
じゃあ、この魔術や魔法を、全力で『投擲』したらどうなるか。
「<いてつくかけら>!」
俺は氷柱を生み出すと、マナを注ぎ込んで強化していく。拡大する際に成型して持ち手を作る。すぐに片手剣サイズの氷が出来上がった。
がっしと持ち手を掴むと、俺は全身に力を入れる。
「おおおおっしゃあああ!」
空間に直線が走る。微妙に回転しながら、氷柱の剣がスケルトンへとぶっ飛んでいった。
衝撃だけで1匹目の全身をバラバラに破壊し、さらに後ろのスケルトンの上半身を吹き飛ばす。そのまま後ろの壁に突き刺さると、凍てついた空気が拡がった。
おお……!
初速と威力がすごいな。でもこれ、ケイブドラゴンに叩き込んだ『丸太サイズの氷柱槍』は投げられん気がする。
まあいい。これで飛んでいかない『火の玉グレネイド』も使えるようになったということだ。廃坑で使うと爆発で崩落しそうだから後でまた試すけどね。
このあたりで疲れと眠気が俺を襲う。
よく考えると疲れて当然だ。夜明け前から激闘続きで、本当なら休んでて当たり前のところを、いろいろあったのとバトルハイになってしまったのでここまで来てしまった。とりあえず休憩しよう。
ちょうどいい具合に休憩場所というか、採掘途中拠点のような小部屋を発見する。部屋状に掘った入り口に扉をつけたものだ。中には簡易テーブルとベッド、棚が残っている。ベッドには元は寝具だったのだろう何かがこびりついていて、あそこでは寝られないな。
ドアにシャベルでも噛ませればスケルトンの進入くらいは防げるだろ。
「クーちゃんも、骨がやってきたら教えてくれ」
「きゅ!」
クーちゃんが俺を見て鳴く。これまでの警戒レーダーとしてのクーちゃんは本当に頼りになっている。頼むぞ!
俺は鞄を置くと、マントを取り出し、体にまきつけると腰を下ろした。眠気がくるまで魔術・魔法の検証をしよう。
魔法は便利なんだが、魔法陣が出ないから見る人が見ると気にされてしまう。なんとかカモフラージュできないか?
俺は魔術と魔法を同時に出したり消したりしながらいろいろ試していく。
あることに気づいたのは、同じ掌の上で魔法と魔術を同時に起動できるかを試している時だった。
「これ……!」
俺は確認のためにもう一度<光源>と<ゆらぐひかり>を同時に起動させる。魔法陣が割れ砕け、2倍近い光量の光球が1つだけ出現した。
「まさか、魔術と魔法の合成ができるのか!?」
<麻痺>と<ゆらぐひかり>を同時に起動させると、『謎の靄を放つ光球』が浮かび上がった。おそらく命中すれば麻痺にさせることができるだろう。
俺は夢中になっていろいろ組み合わせを試した。火と氷柱はできなかったり、効果が安定しないものもあったが、だいたいのものは魔術と魔法は合成できることが判明した。
<合成呪文>とでも呼ぼうか。
「……っとと」
そんな俺を眩暈が襲う。どうやらマナを使いすぎた。マナ切れ直前なのだろう。
反応してクーちゃんが伏せていた身体を起こすが、大丈夫と手振りで示すとまた伏せの姿勢で丸くなった。
使えそうな合成呪文は覚えておくとしよう。
マナって寝れば回復するのか? 経験だとだいたいそんな感じだが。
耳をすますがスケルトンの足音は聞こえない。どうやら休んでも大丈夫らしい。俺は鞄を枕にすると、横になった。
魔術の明かりがあたりを照らす薄暗い部屋の中で、俺はしばしの仮眠をとることにした。
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