第218話「ミトナの進化」
メキメキと音が聞こえてきそうなほど、ベルランテの森が成長している気がする。
ミトナに聞いたところ、この時期では当たり前の様な光景だと言う。まだまだ知らないことがいっぱいあるよなあと感じる。
俺とミトナ、フェイとマカゲのいつもの四人はベルランテの森の秘密訓練場へとやってきていた。
まずは久しぶりの手合わせということで、俺はマカゲと向かい合っていた。
マカゲは皮を巻いた木剣を正眼に構え、俺は霊樹の棒の切っ先を少し下げて構える。長めの木剣は両手剣と呼ばれるサイズだ。普段はマカゲにも棒を持ってもらうのだが、近頃はマカゲが様々な武器を使い、それに相対する訓練に変わってきている。
<空間把握>、<身体能力上昇>は起動済み、その他はまだ起動していない。最終的には魔術補助がない状態でも動けるようになるのが目標だ。だいぶ目標には近付いていると思うけどな。
この世界に来たときには薄かった身体も、かなり鍛えられた身体に変わってきている。
「それが新しい防具なのだな」
「ああ。ミトナの自信作だ」
魔術を起動した際に、ケイブレザーコートは戦闘モードに切り替わっている。
霊樹の棒を構えたまま俺はマカゲをじっと見た。木剣を構えたマカゲは隙が無い。いつもとは違う得物なのに。本職は鍛冶屋なのか武人なのか。
マカゲが木剣の切っ先をわずかに動かした。思わず先端に注目してしまう。
「切っ先だけでなく全体を見るとよい。武器を振るうためにはまず腕や足、腰や肩を動かさなければならないからな」
「そんな難しいことをやってるのか、マカゲたちは」
「ん。なんとなくわかる」
「私はよくわからないわよ」
手近な椅子に座ったミトナとフェイの声が聞こえた。
フェイは手元の本を適当にぱらぱらと見ながら、ミトナは興味津々と言った様子で訓練の様子を見ていた。
「両手剣で気を付けるべきは、一撃の重さだ」
マカゲが動いた。大上段から振り下ろされる。俺はかろうじて回避。風が通り過ぎる。
気付いた時にはマカゲがすでに距離を取っていた。
確かに両手剣の重量がプラスされるなら、棒で受けることはできない。横から打って弾くことも難しいだろう。
「その顔はわかったと見える。ではもう少し本気で打ち込むとしよう」
「お、おう……!」
マカゲからの圧力が増した。相対したくないほどのプレッシャー。
次の瞬間にはマカゲが迫っていた。
「オオオオオオオオッ!!」
一撃でへし折る。
そんな気合が込められた一撃に、大きく後ろに跳び退ことうとした。
ぐんとマカゲの身体が大きくなった気がした。届かないと思った剣身が届く。思わず棒を掲げた。防御。
「――――ぎぉッ!?」
ばつん、という爆発でもしたかという手応えと同時、霊樹の棒が弾き飛ばされていた。残されたのは痺れた手と、膝をついた俺の姿。
頭を勝ち割るかと思えた木剣は少しずれて地面に突き刺さっていた。直前でマカゲが間合いを調整したのだ。俺が思わず棒を防御に出してしまうことも読まれていた。
「こんなのどうするんだよ」
俺は痺れた手をほぐしながら霊樹の棒を拾う。思わず毒づいた。
マカゲが俺を見て苦笑する。
「棍の方が手数が多く出せる。相手に一撃を打たせないように牽制するのも一つの手だ。マコト殿なら魔術という手もある」
「その場合は魔術の盾で防御してもいいわけだ」
手練れだと盾ごと斬られそうな気もするが。
遠くからフェイの声が飛んでくる。
「そうね。攻撃魔術を先に置いてもいいわ。そもそも接近戦の間合いで戦う方がおかしいわ。近接戦士相手には、間合いの外から避けられない一撃を叩き込んで終了よ?」
「でもなあ、せっかくこういうのもできるんだから……」
俺は魔術で空中に氷剣を生み出す。意識をすれば八剣の形状を様々に変えることもできるようになっていた。
「そうだ。ミトナのバトルハンマーって、これで作ってみるっていうのはどうだ?」
「ん?」
俺はマナを集中させると、形状を思い描く。いつもミトナが使っていたバトルハンマー。
「<氷……槌>……!」
魔法陣が割れ、バトルハンマーが出現する。ミトナの目が輝いた。
すぐにやってくると宙に浮かぶハンマーをミトナが掴んだ。だが、その表情が曇る。
「んー……」
「だめか? できるかぎり前のやつに似せたんだが」
「これだと、軽い」
「へ……?」
硬度と形状については気にしていたが、重量については考えていなかった。
「わかった……<氷槌>! どうだ!」
「まだ軽い」
ミトナに聞きながら、重量を調整する。
ハンマー部分を大きくすれば重量は増すが、大きくなればなるほど使いづらい。結局圧縮して重量を封じ込めるという形で何度も魔術で形成する。
ミトナは妥協しなかった。何度もリテイクが出る。
何本創りだしたかわからなくなったあたりで、ようやくミトナのオーケーが出た。
体中のマナがごっそりもっていかれた。大地に突っ伏した俺をフェイが呆れた顔で見ている。
「あのハンマー、どれだけ重さがあったんだよ……!」
「ん。いい感じだね」
何度かハンマーを振りまわしながら重量を確かめるミトナ。様々な打ち込み角度を調整したのち、ミトナはマカゲの前に進み出た。
「マカゲ、いい?」
「お相手しよう」
「ん――――」
ミトナが構えた。ぴぃんと空気が張りつめる。
仕掛けたのはミトナ。地面を蹴ったかと思うと、すでに踏み込んでハンマーの発射体勢に入っている。
マカゲは落ち着いていた。はじめから迎え撃つつもりつもりだったのか、瞬速の下段からの切り上げ。
すさまじい音がして、マカゲの木剣が弾かれた。ミトナが打撃箇所を修正して狙い打ったのだ。
マカゲは弾かれた勢いをそのままに一回転。今度は横薙ぎの一撃。しゃがんだミトナの頭髪を数本かするところまでは見えた。
その後は怒涛の打ち合い。まるで砲弾のように連続して撃ち出されるミトナの打撃。
マカゲの両手剣の間合いより、さらに内側に入りこみ、ともすれば左右や背後にまで回り込むミトナのステップ。
マカゲが防戦一方に追い込まれる。
「これは……ッ!」
マカゲの焦りの声。一瞬マナが揺らぐ。マカゲの踏み込みで地面が沈む。〝獣化”を使って斬り上げの一撃。得物の差を埋める力まかせの一閃だ。
「ん――――ッ!!」
ミトナは更に踏み込んだ。バトルハンマーの打ち下ろしがまともに木剣を捉える。すさまじい音を立てて木剣が折れ飛んだ。
ミトナとマカゲが動きを止めた。やがてマカゲが痺れを取るように手を振りながら圧を解く。
「ここまでだ。ミトナ殿……強くなったな」
「ん。ありがとう」
「さすがウルスス殿の娘御というだけある……」
「パパ?」
「ご存じないのか……? いや、忘れてくれ」
俺とフェイはおそらく変な顔をしていただろう。二人の激突を口を開けたまま見入っていたのだ。
ミトナってこんなに強かったっけ?
いつもサポートしてもらっていた。思い返してみると、撃ち落としたり防いだり、すごいことをやっていたような気がする。
なんだかレベルが俺より数段上、達人クラスぐらいの実力があるように見えたんだが。
こう、動きが違う。俺が考えているのより、違うものが見えているような感じ。センスがある、というのだろうか。
「マコト君」
「お、おう! 何?」
「やっぱりちょっと使いにくいかな。バランスとか、持ち手とか私ごのみに調整してたから」
「いや、ちょっとした思いつきだったし、気にするなよ。それに魔術武器だと普段から持ち歩けないしな」
効果時間が過ぎたのか、耐久が尽きたのか、ボロボロと崩れていく氷のバトルハンマー。その様子をみながら若干申し訳なさそうにミトナが言った。
いいアイデアだと思ったんだけどな。やっぱりただの思いつきじゃダメか。
「武器の素材かあ。店に並ぶのを待つしかないのか?」
「冒険者ギルドに依頼を出すというのは?」
壊れた武器を片付けながらマカゲも言う。その言葉に俺とミトナが思案顔になった。
フェイが本をぱたんと閉じる音が聞こえた。人差し指を立てると、名案を思い付いた顔で言う。
「じゃあ、もう一回行ってみればどう?」
「どこにだよ」
「ツヴォルフガーデンよ」




