第217話「新装備」
「鬣猪が……?」
「ああ、普通じゃなかった。それとも首が折れてても動く魔物だったか?」
「いえ、そんなはずはありません。駆け出しの冒険者様にもお勧めできる魔物なのですが……」
そう言って考え込んだのは、いつもの糸目の受付さんだった。
冒険者ギルドは今日も盛況だ。多くの人で賑わいを見せている。そのいつものカウンターで、俺はこの前の護衛依頼の報告をしていたのだ。
あの、異常な鬣猪の様子を思い出す。
意識を戻すと、糸目さんが何かを言いたそうにしていたのに気付いた。促すと声を一段落として話し出す。
「実は、ここ最近の依頼で同じ現象が起きているのです」
「同じ現象って、死ななくなるってことか?」
「ええ、低位の魔物ですが、死んだはずが死んでなかったり、通常の様子と違って好戦的になったりということが起きているのです」
聞けばベルランテ近郊に出る魔物に同じ状況が起きているらしい。
「まだそれほど騒ぎになるほどではありませんが、このままこの現象が増えるのならば依頼の難度も考えなければなりませんね」
「そういうことってよくあるのか?」
「魔物が好戦的になる“破壊月”という時期があります。ですが、その時期はもう少し先です。その場合は今回のように散発的ではなく一斉に起こりますからね」
糸目さんの声を聞きながら俺は考える。魔術を研究する機関は存在する。魔術学院都市はいわゆる大学みたいなものだろうか。そうなれば魔物を研究する部門もあるんじゃないだろうか。
「ただ、魔物についてはよくわかってないところも多いですから」
「それだけど、魔物の専門家みたいなのは呼ばないのか?」
「……そうですね。それもひとつの手かも知れません。冒険者ギルドの方で考えてみたいと思います」
そう言って頭を下げた糸目さんに挨拶して、俺は冒険者ギルドを出た。
なんだか嫌な感じがする。
目の前の円形広場は普段どおりに見えた。獣人の数は増えたように感じるが、人々がいつものように声をあげ、楽しげに物を売る姿は賑やかながら穏やかなものだ。ベルランテのいつもの風景。
だが、薄皮一枚隔てたところに何か大きなモノがいるような、そんな不安感を俺は感じていた。
気のせいかもしれない。変化しようとしている街というのは成長と同時に問題点も出てくるものだ。その不安感だろうか。
「今度ハーヴェに聞いてみるか……?」
聞いて何ができるというわけでもないが、情報は集めておいた方がいいのかもしれない。
不思議そうに見上げてくるクーちゃんを促して、俺は歩き始めた。
依頼帰りに大熊屋に寄る。もはやルーチンワークともいえる流れだ。
魔物の討伐依頼で得た素材や納品依頼で出る副産物を持って来るのだ。買い取ってもらうこともあるし、何かを作ってもらうこともある。
その得たお金で手袋やベルト、かばんといった小物も仕入れてもらって新調していたりするのだ。
大熊屋に入ると、いつも以上に眠そうな顔をしたミトナがカウンターの奥に座っていた。半分くらい夢の世界に旅立っている。
店番なのかカウンターに座ってはいるが、この状態ではまともに接客できるか怪しいだろう。
「大丈夫かミトナ」
「ん。マコトくん。だいじょうぶ」
言葉の後半はあくびに消えた。目の下には隈が出来ているのが見えた。体力があるミトナがここまで疲れているのは、もちろん防具の修理のためだろう。
「マカゲとかもいないのか?」
「マカゲさんはルマルが連れてったよ。何でも刀を打ってもらうって言ってた」
「星辰刀の出来はすごかったからな、献上品の方面も開拓する気か?」
想像の中のルマルが微笑んで手を振っていた。あいつならやりかねないな。
クーちゃんが跳びあがってカウンターに乗る。ミトナがその頭をひと撫ですると、俺の顔を見て瞳を輝かせた。
「マコトくんの、できてるよ」
大熊屋の入り口に閉店の札をかけ、俺とミトナは鍛冶場に入った。
作業台の近くに俺の防具が吊り下げられているのが見えた。
「おお……!」
俺の口から思わず感嘆の声が漏れた。
ケイブドラゴンの革防具は、大きく形を変えていた。見た感じ、スタイリッシュなロングコートという感じに仕上がっている。ケイブドラゴン革コートとでも言おうか。
振り返るとミトナが満面の笑顔になっていた。
修理のわりに時間がかかっていると思っていたら、こういうことだったのか。
「下がどんな服でも大丈夫なように、上から羽織るタイプにしたよ。見た目は服だけど鋼羽獣の羽も編みこんであるから、軽くて硬いの」
ミトナが吊り下げられたココートを下ろすと俺に手渡した。見た目に反してずいぶん軽い。
着込むと身体になじむようにしっくりとくる。身体にフィットするような出来は、ミトナの技術がさすがというべきだろう。
「もっと防御力をあげたいなら、この上から胸当てかなあ」
着込んだ俺の周りをぐるぐる回りながら各部をチェックしていくミトナ。
ミトナに言われるままにしゃがんだり突っ張ったりいろんなポーズを取る。いくつかの動きをしてみて、どうやら大丈夫だったらしい。ミトナが満足げに頷いた。
俺は身体を捻って服の後ろを確認する。
「しかしこれ、裾が長くないか?」
「ん。マコト君。魔術使ってみて」
「……?」
俺は疑問符を浮かべながらも、魔術を起動しようとする。マナを練ったとたんにケイブレザーコートに異変が生じた。全身に吸い付くように締め付けてくる。まるでエリザベータのバトルスーツみたいになる。
長い裾は両足に吸い付き、まるでズボンのようになった。これだと邪魔にならない。
「おぉ!? どうやってんだこれ!?」
「魔術師殺しっていう植物型魔物がいるんだけどね、魔術のマナに反応して蔓で捕まえて絞め殺して養分にする植物なの。その蔓を使ったんだよ」
「うへえ」
俺は頭の中で食虫植物を思い浮かべた。ついでに俺がつかまって蔓を巻きつけられている様子も幻視する。
魔術を戦術の中心に据えている俺としてはあまり出会いたくない魔物だな。魔法ではなくて性質として反応するのならラーニングしようもないだろうし。
まあ、出自はどうあれ、これは動きやすい。
「だいじょうぶみたい。作ってるはじめのころは閉めすぎてマネキンがへし折れちゃったから」
「いや、大熊屋のマネキンって、けっこう硬い木で作られてたよな?」
「大丈夫だよ! マコト君の足が折れないようにちゃんと調整したから!」
一抹の不安を感じたが、ミトナを信じることにしよう。
そのほかいくつかのポケットや隠しポケット、外部アタッチメントを確認する。前よりさらにマナ耐性が上昇したらしい。
<空間把握>にも反応しなくなっているくらいだ。ケイブドラゴンレベルのマナ耐性があるだろう。
俺も笑顔になると、親指を立てた。かなりいい!
これからの戦闘が楽しみだ。




