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第215話「威信の回復」

 パルスト教会ベルランテ本部にも夜は訪れる。もちろん、夜でも訪れる者があればその門戸は開かれるようになっていた。


 油を燃料とするランプが優しい光を放つ。いささか頼りない光源だが、シルメスタには丁度よかった。あまり他人に見られたくなかったからだ。

 シルメスタが廊下を歩く音が強く響く。足音からも焦っている様子が伝わってくるようだった。事実、シルメスタは焦っていた。


 シルメスタは一週間前にベルランテ教会支部に着任した司祭だ。

 五十代も半ばにして、聖王都からベルランテへと派遣された。

 左遷ではない。監視だ。シルメスタはそう信じていた。


 悩める者を救い、人をより良き道へ導き、神の身許へと至る。それがパルスト教の教義だ。

 人間が先導者として、よりよき世界を創る。聖王国ではパルスト教が中心であり、教会の構成員というだけでそれなりの権威を有するものだった。

 だが、ここベルランテではその権威が弱い。

 そのことに司祭シルメスタが愕然としたのは当然の事と言えるだろう。


 教会の夜勤が詰める部屋へとたどり着いたシルメスタは、辺りを見渡して誰もいないことを確認すると扉を開けた。

 中には数人の神父やシスターが常駐していた。一斉にシルメスタの方を見ると頭を下げる。


「シルメスタ様、言ってくだされば伺いましたのに」

「よいのだ」


 シルメスタは鷹揚に頷いた。身分の差はあれど、この者達は同志だと彼は考えていた。パルスト教復権のために動く者達なのだ、と。


「首尾はどのようになっておる?」

「ええ。サウロ様より報告がありました。ベルランテの貴族街にて〝穢れの死魂(レブナント)”発見と殲滅の報告です」

「ふむ……」


 シルメスタは差し出された報告書を受け取る。朝からずっと気になっていたのだ。

 じっくりと読み込む。丁寧にこと細かに記された報告書はサウロの性格を表していた。


 〝穢れの死魂レブナント”の封印(シール)を設置したのは、シルメスタの指示だ。


 ベルランテにおけるパルスト教の必要度は少ない。むしろ、あまり重視されていない傾向にある。おおよその職員もそのアバウトさを受け入れているのだ。

 近頃に至っては、ベルランテは獣人の受け入れを進めてきている。噂によると独立の可能性もあるということすら耳にする。


 シルメスタは憤慨した。

 そしてシルメスタは悟った。自分が本国からベルランテへ異動させられたのは、この状況を覆すためだと。

 地道な布教活動も必要だったが、それでは間に合わない。

 早急な手が必要だったシルメスタは、パルスト教の必要性を演出することにしたのだ。


 霊魂系魔物を退治するには、教会の力が必要となる。当然、獣人の力よりもだ。

 自分たちで殲滅することも十分可能だったが、説得力のために外部からサウロを呼び寄せることにした。

 <浄化>すら使える高位戦闘神官のサウロであれば、十分殲滅ができるだろうと見越してのことだ。


(そのために……あの方にも動いていただいたのだ……)


 仕掛けるにしても、街への被害があってはいけない。

 もちろん霊的な魔物を通さないための結界を屋敷の周辺に張り巡らせてある。サウロが殲滅できなくても、彼が逃げることはできるだろうとシルメスタは考えていたのだ。

 できればそうなってくれればいいと考えて、援助要員を出すことすらしなかったわけだが。

 まさかサウロが冒険者を雇ってまで問題解決に取り組むとは思わなかった。


「結界は今もそのまにしておるのか?」

「結界の撤去作業も滞りなく終わりました」

「証拠も残しておりません」


 特定の魔法陣をマナの繋がり(パス)で連結する結界だ。範囲内の霊魂系魔物や、魔術による現象を阻むことができる。魔術騎士団にも公開されていない、教会のみが保有する技術だ。


 報告書を読み進めるシルメスタは、ふとある記述に目を留めた。

 ――――憑依された獣人を二人殲滅。


「獣人が屋敷内に居たとなっておるな。無人のはずではなかったのか?」

「空き巣のようです。運悪くレブナントに憑依されてしまったようですね」

「まあ、獣人は無能ですから、防ぐ手段も持たなかったということでしょう。これで、ベルランテ執政局も我々パルスト教の必要さがわかることでしょうね」


 口ぐちに言う神父やシスターの言葉を聞きながら、シルメスタは報告書を読み終えた。

 確かに獣人が何人死のうとも重要ではない。むしろ効果を上げるための犠牲として丁度いいくらいだ。


 ここからが重要だ。この報告書をもとに、ベルランテ執政局との交渉に入らねばならない。場合によっては、二の矢、三の矢が必要になるかもしれないということをシルメスタは意識していた。


「ベルランテ執政局が無能でないことを祈ろう」

「お願いします。シルメスタ大司祭」

「何でも言ってください。我々、いつでも手伝えるよう準備をしておきます」

「君たちのような、真に人の世を考える者が増えてくれればよいのだがな」


 シルメスタの言葉に、神父やシスターが陶酔した面持ちになった。

 〝大司祭”というのは、こんな接点でもなければ言葉を交わす機会すらないほどの人物なのだ。彼らにとっては、まさにそれはパルスト神の言葉と同じように響いていた。


 彼らには夜の勤務がある。部屋を出たシルメスタは自室へと引き上げることにした。

 ふと、呼び止められた気がしてシルメスタは足を止める。辺りを見渡せば、通路の奥の方から先ほど話題になったサウロが歩いてくるところだった。

 彼はまだ戦闘装備を解いていなかった。教会の建物内に、重武装は似合わない。

 サウロは緊張した面持ちで、再びシルメスタに声をかけた。


「シルメスタ大司祭殿、少しよろしいか」

「ええ。なんですかな?」

「報告書は読まれましたか?」

「ああ、街中で〝穢れの死魂レブナント”が出たとか……。恐ろしいことだ。獣人などを街に増やすから、こういう淀みが呼び寄せられるのであろう」


 シルメスタは何もしらない風を装い、嘆かわしいという表情を作る。

 サウロはしばらく思案していた。口に出すべきか悩んでいるのがよくわかる。シルメスタはあえて踏み込むことにした。


「サウロ殿、どうかなされたかな?」

「屋敷の中で、解放された封印(シール)を発見したのです。もしかすると、教会に置かれている封印(シール)ではないかと思いまして」

「ほう……?」

「教会の封印(シール)の数を確認していただけませんか? まさかとは思いますが、もしかすると盗まれていたかもしれません」


 シルメスタはぴくりと眉を動かした。

 この情報をどう扱うかを考える。まだサウロはシルメスタの行動に気付いてはいないらしい。


「ふむ、明日すぐに封印官(シーラー)に確認させるとしよう。杞憂だと思うがね。管理体制はしっかりとしている」

「お願いいたします。嫌な予感がするのです。何事もなければよいのですが……」

「浄化をされて、気が騒いでおるのでしょうな。気にしすぎないことです」


 シルメスタはサウロの肩を軽く叩いた。そのまますれ違うようにして歩いていく。

 サウロは去っていくシルメスタの背中を、じっと見つめていた。

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