第214話「蒐集家メデロン」
「訪問の日取りが決まりましたら、お伝えしますので」
ルマルはそう言った。ならばベルランテから大きく離れないほうがいいだろう。ツヴォルフガーデンなど遠征はやめて、ここ数日は冒険者ギルドでリハビリがてら簡単な依頼を受けていた。
冒険者ギルドの依頼も、ベルランテ周辺の魔物の駆除やベルランテ獣人街の建設の手伝いなどがメインだった。ベルランテ周辺なら魔物もさほど強くない。大ニワトリや大型ワーム程度だ。たまにはぐれた野良マルフなどが出ると危険らしいのだが、そんなこともない。
獣に近い魔物ならまだしも、それなりに知性のある魔物は大きな街に近付くことはないと言う。自分が討伐対象であることを認識しているらしい。近付けば大勢冒険者が出てきて自分を退治しにくることを知っているのだと、冒険者ギルドの物知りなおっちゃんが教えてくれた。
再びルマルに呼び出されたのは数日後だった。
用意された馬車にすでにルマルが乗っていた。俺が乗り込むと馬車はゆっくりとした速度でベルランテの中を進む。
やがて馬車は貴族街へと入っていった。商業エリアに行くものだと思っていたが、どうやら違うらしい。
「マコトさん、似合ってますよ」
「……ほんとかよ」
向かいの座席に座るルマルが笑いをこらえていた。それが面白くない。
どうやら相手は貴族らしく、着ていく服をルマルが用意してくれたのだ。いつもよりはるかに肌触りの良い服は高級品だ。ふだんの冒険に使う気もおきない。
そのデザインが問題なのだ。貴族っぽい服装は、俺には似合わないと思う。それとも撫でつけられた髪がおかしいのか?
ハクエイさんがやってくれたから問題ないと思うのだが。香油か何かでオールバックにかためられているが、ちょっとかっこいいと思うんだけどな。
座席に丸くなるクーちゃんにどうだとばかりに声をかけてみるが、返ってきたのはあくびだった。
「いえ、ほんとお似合いですよ」
うるせえよ。
フェイやミトナが見てなくてよかった。なんと言われるとわかったもんじゃないな。
「さて、冗談はここまでにしておきましょう」
いや待て、どこまでが冗談だ。似合ってるってとこまでもか?
肯定されるのも嫌なので、熱烈な視線だけを送っておく。無視されたが。
会う相手というのは服装にまで気を付けないといけない相手ということだ。少し気を引き締めて行こう。
「それで、今から会いに行くのは誰なんだよ」
俺が不機嫌な顔になると、ようやく目の前のルマルが笑みをひっこめた。
「ベルランテの流通にかなり手を入れている貴族です。メデロン・フォルン・トランキナウンと言う方なのですがご存じですか?」
「聞いたことないな。そもそも貴族とかは知り合うようなことあると思うか?」
「マコトさんなら、と思ってしまいますね。まあ、メデロン様の話に戻りましょう。この方は陰では〝蒐集家”と呼ばれています。珍しい物が好きなお方ですね。物によってはどれだけ高価でも気にされないようです」
自分の趣味のために商人とつながるうちに、流通ネットワークへと変化していったらしい。いまや貴族としての仕事の傍ら資産を使っての商品売買の方が儲けを出しているらしい。
本人の趣味嗜好はさて置き、流通ネットワークは素晴らしい。できれば顔を繋いでおきたいというところだろう。
「ですが……」
ルマルは少し顔をくもらせて話を続ける。
メデロンという名前は、ベルランテのスラム街でもよく聞く名前らしい。いわく、モノを手に入れるために動かす私兵すら存在するという噂だ。
馬車が豪邸の見える敷地内に乗り入れていく。馬車の小窓から見える庭は奇怪なオブジェや不思議な植物であふれていた。ちょっと芸術色が強すぎて俺には良さがいまいちわからない。
やがて馬車が入り口前で止まる。コクヨウが扉を開け、俺とルマルは玄関の前に降り立った。クーちゃんをさすがに連れて行くわけにはいかないので、ハクエイと馬車でお留守番だ。
「行きましょう」
「あ、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
俺は集中するとマナを制御、<空間把握>を起動する。こうしておけば屋敷内の構造がわかる。壁も貫通して捕捉できるのは実証済みだ。
今回はただの挨拶だ。まさかないとは思うが、伏兵などの警戒の意味もある。どちらかと言えば隠してあるだろう珍しい品というのを見られるかもしれないという気持ちが大きい。
ノックをするまでもなく玄関の大きな扉が開いた。俺達を出迎えるためにメイドや執事がずらっと並んで道をつくっていた。
「お待ちしておりました。ご主人様の許まで案内させていただきます」
年配の執事に連れられて屋敷内を歩く。しばらく進むと、ある一室に案内された。どうやらメデロンの書斎らしい。
貴族メデロンの書斎は広い。本棚があるから書斎と評したが、実際は〝展示室”というのが正しいのかもしれない。たくさんの本と容器に納められた何かや石像などが美術館のように整然と並べられていた。
「ご主人様、お連れいたしました」
窓からの光を受けながらメデロンは本を読んでいた。執事の言葉を受けて顔を上げる。
年のころなら四十代あたりだろうか。
貴族というだけあって整った顔立ちをしていた。細面というのだろうか、芸術品のような美しさ。ボリュームのある金髪を後ろで一つにまとめ上げていた。
ゆったりとした服装はいわゆる貴族衣装ではない。今はプライベートということでいいのだろうか。
イメージと違うな。〝蒐集家”って言うから、もっと油ぎってて、太ってるような奴を想像してたんだが。
「もっと大柄で、でっぷりと太っていて、好色そうな顔をしていると思ったかい?」
そのとおりのことを考えていた俺は、思わず身体を固くしてしまった。
メデロンが俺を見つめていた。
面白がるような視線を投げかけてくる。何も返せないうちにメデロンは俺から視線を切った。
本を閉じると俺達の方へ近づいて来る。
「ようこそ、ハスマルさんのご子息のルマル君だね。いつも御父上にはお世話になっているよ。そちらは……〝大魔術師”マコト君でいいのかな?」
「ええ。これからよろしくお願いします。いろいろとお世話になることもあるかもしれません。本日はお近づきになる印としてささやかながらお土産を持ってまいりました」
「ほう」
「銀狐の毛皮です」
ルマルが包みを取り出す。執事がそれを受け取ると、奥へと持って行ってしまう。メデロンの満足そうな顔。
「君はよくわかっているようだね」
「ありがとうございます」
「そうかしこまらないでくれたまえ。貴族と言っても、ボクの爵位はそれほど高くない」
朗らかに笑うとメデロンは軽く手を振った。
「どちらかというと君たちと同じ〝商人”と言った方がいいだろうね。珍しい物が好きでね。それが高じてこんなことになっている。見るかい?」
メデロンは手近にあった石像を指し示す。俺には幼い子供が造った人型怪物の像にしか見えない。背が低くて、髪の毛がない。鼻が大きい顔は強いて言えばゴブリンっぽい何かだ。
俺が微妙な顔で石像を眺めている。
「これは西方。山脈を越えた先で採取された石像でね。<石化の魔眼>で石にされた生き物だ。ボクの目の前で石になっていったから、偽物ではないよ。知能はあるらしくてね、石化する直前までカタコトで何かを叫んでいたよ」
俺は思わずまじまじと見つめてしまった。これは魔物だろうか、それとも獣人だろうか。
メデロンは得意げに展示してある奇品珍品の説明をする。大山羊の角だの、水蜥蜴の剥製だの、たしかに見たことのない物がいっぱいだ。俺はさっぱりだったが、ルマルがついていけているのでメデロンは上機嫌に見える。
見ていく中で、見覚えのあるものを見つけた俺は、それをじっと見つめていた。ガラス製の容器に納められた卵のようなもの。表面にはびっしりと汚れというか、文字が書きこまれている。
どこかで見たことがあるよな……。
でも、前見たときはこんな形はしてなかった気がする……。
そうだ――――封印だ!
いつ孵化するかわかったものではない。中に入っているのは穢れの死魂かもしれないのだ。
何事も起きなかったが、メデロンの説明が全て終わるまでの間、俺はその不気味な卵から目を離せないでいた。
不審な様子の俺にメデロンが気付く。落ち着き払った表情で問いかけてきた。
「マコト君は何か聞きたいようだね」
「これほど珍しい物って、どこから手に入れているのです? たとえば、これとか」
俺は封印を指差した。
メデロンは微笑む。貴族特有の何を考えているかわからない笑み。その瞳は笑っていない。値踏みするような光がその奥に宿っていた。
背筋が冷える。なんとか顔には出さないように耐えた。
「まあ、あまり表には出回っていない品だからね。これはね、教会から秘密裡に購入したものなんだ」
メデロンは悪戯っぽく言うと口元に人差し指を当てて、そう言ったのだった。
――――教会!?
浄化があれば封印もあるのは予想がつく。じゃあ、サウロは一体誰に狙われたって言うんだ?
サウロもこのことは知ってるのだろうか。
ルマルと共にメデロン宅を辞したのは、それから一時間ほどあとだった。
ルマルにとっては成功だったらしく、手応えを感じていたらしい。
俺は謎の緊張感に包まれたこの日はぐったりと疲れ、これ以上何をするでもなく宿に戻って休むことにした。




