第213話「独立」
翌日にベルランテに戻ると、ミトナはすぐにも防具作成に取り掛かることにしたらしい。
目を輝かせて革を担いで去ってしまった。あれだけの量の革、かなり重いと思うのだが、楽々持ち上げるあたりさすが熊の半獣人というところだろうか。
俺はすごい勢いで去っていくミトナを見送った。フェイがそんなミトナの様子を眩しい者を見るかのような表情で見送っていた。
「張り切ってるわね。羨ましいわ、あそこまで真っ直ぐだと」
「ミトナは防具とか造るの好きだからな」
「……マコトのおめでたさも、ある意味羨ましいわね」
「どういう意味だよ」
フェイは呆れたように俺を見るがそれ以上は何も言わない。
ふあ、と大きなあくびをする。
「昨日は夜遅くまで話し込んでて眠りが浅いし、一度戻って寝直すわ」
「ミトナと何の話してたんだ?」
「……いろいろよ」
フェイがじっと俺を見てくる。何を問うでもなく、ただ見てくるその視線に俺はおもわず後ずさる。
ミトナといろいろって、本当に何の話をしてたんだ? あのことか!? このことか!?
フェイはしばらく不満そうに俺を見ていたが、やがて踵を返す。
「ま、いいわ。マコトから聞く時間はたくさんありそうだし。それに――――」
言葉の後半は聞き取れなかった。聞き返す前にフェイが離れていく。軽く手を振ると雑踏に紛れていった。後に残された俺はため息を吐いた。
魔物化したことも含めて、フェイにもそのうち話しておかないといけないよな。
魔術方面に強いフェイにこそ、何か起きた時の相談ができるというものだし。
考えながら宿に辿り着いた。入り口をくぐりぬけた時に、見覚えのある二人組を見つけた。
「あれ、コクヨウさんとハクエイさん」
「またお会いしましたね。ルマル様の用事でマコト様をお迎えにまいったのですが、お時間はありますか?」
「昼食を食べるか寝るかってところだったから大丈夫」
「それは丁度いい。ぜひ昼食がてら」
コクヨウさんが微笑んで言う。禿頭だが顔だちが整っているので修行僧のような雰囲気だ。この人に誘われてしまうとどうも説得力があるというか、ついつい従ってしまう。
俺はコクヨウとハクエイに連れられて昼間からやっている酒場へと連れていかれた。中に入るとすでに料理が用意されたテーブルにルマルがにこにこと笑顔で待っていた。
料理が湯気を立てているところを見るに、俺が到着する時間もコクヨウに計算されていたということになる。
「マコトさん、お久しぶりです。お元気でしたか」
「ルマルこそ。ベルランテの支店を見に来たのか?」
「ええ。そのあたり、少し複雑な状況になりましてね」
ルマルが俺に席を勧めた。俺はルマルのはす向かいに座る。
さりげなくコクヨウとハクエイが護衛の位置に立つのが見えた。自然体に見えて、隙が無い。
「食べながらお話ししましょうか」
テーブルの上には二人分には多く感じる料理が乗っていた。木製ボウルに満載の野菜サラダ、みずみずしい野菜は春先に採れるもので美味しい。
大ニワトリの肉はしっかりと香草を利かせてソテーしてある。スープは洞窟で採れるのだろうキノコ類をふんだんに使っている。匂いがたまらない。俺は並べられているフォークとナイフを取った。
現金なもので、おいしそうな料理を目の前にするとお腹が減ってくるものだ。
料理をつまみながら、ルマルを注視する。
「それで、複雑な状況ってなんだよ」
「ええ。このたび本店から暖簾分けをすることになりまして、独り立ちになりました」
「へえ! そりゃすごいな!」
俺は目を丸くした。驚きだ。
確かにルマルは有能だ。腹黒いところも商人としてはプラスだろう。だが、かなり若い。元の世界だとまだ親のすねをかじっているような年齢だろうに。
独立かあ。
まず軍資金がいくらいる? 脱サラというのは楽じゃないと聞くぞ。うまくいくにはかなりのコネと運がいるって言うしなぁ。
「――コトさん? 聞こえていますか?」
「っと、ごめん。何だっけ」
俺はハッと我に返った。思わず考え事に没頭してしまっていた。
ルマルは不思議そうに俺を見ていた。俺は苦笑いをするしかない。気にしないことにしたのか、ルマルは続きを口にする。
「それで、独立するということですが、拠点をベルランテに移そうと思っています」
「じゃ、こっちに来るのか!」
「そういうことになりますね」
ルマルはにっこりと笑う。知り合いが増えるというのは嬉しいものだ。
だが、いろいろと話を聞いていくなかで疑問も出てくる。
「どうしてベルランテなんだ? 王都の方が都会だし稼ぎやすいと思うけどな」
ルマルがフォークとナイフを置くと口元をナプキンで拭う。ちらりと視線を周りに走らせた。コクヨウとハクエイが視線を受けて気配を変える。警戒の気配だ。
この店のテーブル自体が他と少し離れているのもあり、聞かれる心配はないと思うのだが。そういう視点で見るといい店を選んでいる。
「ベルランテが獣人を誘致しているという話をご存じですか?」
「ああ、何かどこかで聞いた気がする。実際街の中にも獣人の人たちが増えてるしな。それがどうかしたのか?」
「どうやらベルランテは自治都市として王国から独立するかもしれないのです」
「独立!?」
ルマルが口元で人差し指を立てる。俺は思わず自分の口を押さえた。あたりを見渡すが大丈夫だった。
「もともとベルランテは貿易港の倉庫街として始まった町でもない町が前身です。商人や冒険者が集まり、大きな街へ発展する中に、王国領土内として目付け役を送り込んで来たというのが実情のようです。ほかにも王都の貿易港はありますが、ベルランテほど多方面に向かって開かれている港はありません」
確かにベルランテは聖王国の他の村や町とは違う。パルスト教というものはあるが、獣人や半獣人に対してもゆるいというか、感じがいいというか。
他にはティゼッタぐらいだろうか。これほど受け入れている都市というのは。王都への道すがら通った村や町、都市はどこも排他的というか〝人間”という種を重視する考え方が基本だったのだ。
「少し前から獣人の方たちが住むエリアを拡大してきています。ベルランテ自体が拡がり、大きくなっていますね。それもおそらく〝準備”でしょう。むしろ、これまで以上に獣王国との貿易も可能になる分収益は大きくなるかもしれません」
読めてきた。
つまり、これから伸びしろのある都市をルマル商会の拠点にしようというわけだ。
うまくいけば商業の重要な部分に食い込むこともできる。大商人ハスマル氏のルートや人脈もうまく活用すれば、かなり躍進するんじゃないか?
いつのまにかテーブルの上の料理は食べつくしてしまっていた。俺もそうとう食べたが、ルマルもたくさん食べた。食べた料理の内容や材料についてコクヨウと何か話をしている。どうやらどこから仕入れて、どんなものが安いかを調査するよう命じているらしかった。
酒場で料理を食べるのも、情報源なのか。そんなことなど考えたことなかった。
テーブルの上が片付けられ、食後の香草茶が運ばれてくる。洗練された店員がスマートに給仕すると去っていった。大衆酒場っぽく見えるけど、もしかしてここってかなりお高いんじゃないか。従業員の教育レベルというのは、そのお店のレベルに比例するものだろう。
さっき食べた料理がかなり美味しかったのもうなずける。
ルマルが香草茶を一口含む。落ち着いた雰囲気で切り出してきた。
「それで、地盤固めとしてベルランテの挨拶回りをしようと思っています。マコトさんに是非そのお手伝いをしてほしいのです」
「俺が……? 街中の護衛ならコクヨウさんとハクエイさんがいればかなり十分じゃないか」
「ベルランテでマコトさんの名前はよく知られています。そこも宣伝材料にしたいのです」
ルマルの真剣な声と瞳が、俺を真っ直ぐに見つめていた。
能力が十分でも、やはりルマルの若さはネックになるのだろうか?
商談や交渉において一つでも手札が多いほうがいいのはよくわかる。
「わかった。ルマルの頼みなら。できることなら手伝うよ。ま、本当に俺が役に立つがわからないけどな」
俺は頷いた。受けよう。ルマルには世話になっている。




