第206話「レブナント戦」
穢れた死魂は手に持った球のような何かを巧みな動きで放り投げる。
その動きは的確。ヒュッと風切り音を立てて飛んでくる玉は意識の隙間を縫うようにサウロから少し離れた位置に落ちた。
魔術で撃ち落とすのが一番安全だろうが、そうさせないぎりぎりの位置に落とす手腕。
こいつ、持ってる技術はそのままなのか!?
ぞっとする。
ありえないと思うが、俺がレブナントに呪い殺されたらどうなるのか。ラーニングしたスキルはそのままに、生きるモノを呪い殺す、それこそ本物の魔物と化してしまうだろう。
球は地面に落ちるとその中身をぶちまけた。廊下に広がった液体はすぐに揮発していく。刺激臭が広がる。俺はフェイをまねて息を止めた。
さっきのやつよりもっとひどい。これは吸っちゃダメなヤツだ。
レブナントはわかってる。自分に致命的なダメージを与えるのが魔術だということに。
だから鼠獣人の知識を使って魔術を潰しに来ている!
「くッ!」
<いてつくかけら>で、冷気を纏う氷柱を生成。廊下の薬物を瞬時に凍らせた。揮発できなくなって刺激臭が薄まる。
隙を作るためか背後の幽霊が襲い掛かってきた。俺が慌てて振った霊樹の棒が幽霊にぶつかる。
……!?
物理攻撃が当たる!?
〝霊樹”の棒。ウルススさんが〝珍しい一品”って言ってたのはそういうことか!
「――――ッ!!」
こうなればただの浮かぶボールだ。払い打ち。当たった衝撃を利用して、もう一体も横から打ち据える。退路が開いた。
俺は道を拓くためにさらにダッシュ。
少し離れれば薬品の効果はないらしい。いける。
「さがって! 一度さがろう!」
喉をひりつかせて出た声はしゃがれたものだった。自分の声じゃない感じがする。
サウロが盾を構えたまま後ずさりする。レブナントはサウロを怖れているのか、フェイの魔術を怖れているのか、じりじりと距離を測っているだけだ。距離を取るなら今の内しかない。
再び迫ってこようとする幽霊を俺は突き戻す。強烈な一撃を加えた一匹は、叫び声を上げながら黒い煙をあげて消滅した。体力、というのも変な感じだが、当たりさえすれば倒せるのだ。
俺とフェイが走り、サウロが続く。俺達は突きあたりの廊下を曲がった。曲がった先も長い廊下が続いている。どうやらぐるっとドーナツ状に廊下が配置されているらしい。とりあえず嫌な感じがしないところまで、俺達は走った。ちらりと後ろを見るが、追いかけて来る様子はない。
「す、ストップ……」
どれくらい進んだか、それなりに離れたと思われるところでフェイが声を上げた。
ポーチから小瓶を取り出し、緑色をした液体を呷る。眉が歪み、すさまじい顔をしているところを見ると味は良くないのだろう。
一息ついたフェイの声は、もとに戻っていた。もう一本同じ小瓶を取り出すと、俺に放ってよこす。
「穢れた死魂なんて高位の魔物がなんてこんな街中にいるのよ!」
「わかるわけないだろ!」
「原因はわかりませんが、見つけたのがワタシ達で良かった」
サウロが盾の調子を確かめた。どうやら何度か〝灰毛”やレブナントの攻撃を受けていたらしい。完全に盾だけで抑え込んでいたということだ。サウロもタダモノじゃない。
サウロが顔を上げた。彫りの深い顔に、決意の色が混じる。
「街に被害が出る前に。――――ここで、倒します」
俺も同意見だ。サウロの意見を肯定して頷く。
フェイが呆れたような顔で俺とサウロを見ていたが、諦めたように深い息を吐いた。サウロの本気を見て取ったのだろう。フェイの気持ちも切り替わったようだ。
「じゃ、作戦会議。そうよね?」
客室の一つに入り、状況を確認する。レブナントは鼠獣人の身体に憑依しているため、<空間把握>のセンサーに引っかかる。俺がそっと開けた扉の隙間から廊下を窺う。
怖いのはセンサーにひっかからない幽霊だ。
おそらくスケルトンの時と似ている。レブナントが存在する限り幽霊が湧き出続けるだろう。
フェイは手持ちの中からいくつかの道具を取り出す。ショーンが推薦する魔術道具。この状況でも使えるものがないか確かめている。
顔を上げず、フェイはレブナントの情報を全員に説明する。
「レブナントは死体に憑依するのよ。あの獣人は残念だけど……。そのために腕がもげても足が取れても意に介さないわ。痛覚によるダメージはあまり効果がないと思っていいわ」
俺は顔をしかめた。得意とする氷系統の魔術は氷結の他、切断や貫通といった物理ダメージの効果が強い。炎の魔術も使えるが、効果のある威力を放つとなると壁ごと吹き飛ばしかねない。
フェイはいくつかの道具を選んだらしい。何かが詰まった小瓶と、緑銅色をした大き目のメダルだ。メダルには細かい魔術刻印がなされている。すぐに使えるようにメダルはポケットに、瓶は杖とは逆の手に握り込んだ。
顔を上げて口を開く。
「効果があるのは炎系統の魔術と、〝浄化”よ」
フェイがちらりとサウロを見る。サウロが力強く頷いた。さすが神官。パルストの野郎は気に入らないが、その技術は良いことにも使えるってことだ。
「〝浄化”は使えます。ですが、一度肉体から相手の本体を出さなければ効果はないでしょうね」
「問題はアイツが魔術を封じる手段を持ってるってことじゃないか?」
「そうね……」
フェイが腕組みをして考え込んだ。
武器は霊樹の棒と杖。サウロに至っては職業的な問題なのか武器すら持っていない。素手だ。
素体……を破壊するには魔術が必要だ。その魔術を封じる手段を相手は知っている。
まさか、あんな方法で封じてくるとは思っていなかった。しかし考えてみれば当然のことかもしれない。獣人の国は人間と戦争をすることもある。そうなれば魔術対策を構築するのは至極当然のことだろう。
もしかするとあと何パターンかは方法を持っている可能性もある。
「いいわ。遅延状態にしておくの。そうすれば喉を潰されても大丈夫よ」
「わかった」
「それと、残念だけど火炎系は使えないわね。もし使うなら威力を抑えないと屋敷ごと炎上する羽目になるわ」
俺はふと思いついて片手を挙げた。
「雷撃系はどうだ? 熱を帯びるという点だと火炎と同じだ。効果が高いんじゃないか?」
「たぶんだけど、効果がないとは言わないわ。でも、火炎よりは数段落ちるでしょうね。結果は同じなんだけど、大事なのは火炎が持つイメージよ。死者は炎で焼き清める。それが魔術の――――」
「――――静かに……!」
俺が鋭く警告を飛ばした。フェイがすぐに口をつぐむ。俺は<空間把握>に意識を集中する。何かを探すように廊下を歩いて来る人影を捉える。来た。レブナントだ。
フェイが小声で呪文を詠唱し始めた。俺も意識を集中してマナを練る。
サウロが立ち上がる。盾を構えて先に出ようとするのを、俺は手振りで退がるように伝える。サウロがやられてしまっては誰が〝浄化”するというのか。
「<火炎杭>……!」
「<雷撃>」
フェイと俺の魔術が同時に完成した。起動すると同時に魔法陣が出現。遅延を意識して、魔法陣のまま維持する。
準備完了だ。ヤツの動きは捉えている。
逃げ出す暇や、行動する暇を与えるつもりはない。
俺は二人に目くばせすると、タイミングを測った。扉を開け放ちながら廊下に飛び出す。目の前に向かって魔術を起動した。
割れた魔法陣から伸びた雷撃が大柄な身体を焼く。この世とも思えぬ悲鳴が上がった。瞬間的に失敗を悟る。
違う!
こいつ――――〝灰毛”だ!!
顔中の穴からどろどろした液体を流す〝灰毛”を、さらにフェイの<火炎針>が狙い撃った。胴体部分に突き刺さった巨大な炎の針が〝灰毛”を内部から燃やす。コントロールされた炎は屋敷を燃やすことなく〝灰毛”の上半身を炭化させた。
待――――ッ!
思考は走れども動きが追い付かない。
〝灰毛”の身体からあふれ出したのは、大量の幽霊だ。
幽霊を押し込んで無理矢理動かしていたのか!
サウロはすでに飛び出した。〝灰毛”に近すぎる。さがれない。幽霊の群れに向けて何も持ってないを手を突き出した。開いた五指から放射されるように金色の魔法陣が飛び出す。
「<邪悪な存在を祓いたまえ! 〝浄化”>!!」
フラッシュのように強い光が薙いだ。効果は劇的だ。強い酸に溶けるように幽霊が〝浄化”されていく。断末魔をあげる暇さえ与えない。
「まだだ! さっきのやつがまだいる!」
<空間把握>に感知。振り返った俺は、天井をありえない勢いで移動する鼠獣人を見つける。
〝灰毛”は囮。こっちが魔術で狙うことも織り込み済みの、だ。
レブナントが笑った。両腕をたわめ、飛びかかろうとする。
だが、お前の方こそ甘い!
「<雷撃>――――ッ!!」
俺は同時に三つまで魔術を行使できる。
もしものためにとどめておいた、あと二つの魔法陣を解放した。
一撃目が天井からレブナントを叩き落し、べしゃりと落ちたところを二撃目が直撃した。
肉が焦げる匂いが拡がっていく。二撃の雷は、レブナントの素体を潰すには十分な威力だった。




