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第202話「報酬:屋敷」

 俺は市庁舎の前でうなだれていた。ひざと両手を地面についていた。

 周りの目を気にする余裕もない。

 そんな俺の様子を、フェイがかわいそうなものを見るような目で見ていた。


「まさか、市民登録できないなんてね」

「ぐぅっ!?」


 その一言がぐさりと胸に刺さった。

 そう。フェイとともに市庁舎にやってきた俺だったが、市民登録に失敗したのだ。


 どうやら魔術師ギルドに所属していること、魔術研究も視野に入れた活動拠点がほしいことなどをそのまま言ってしまったのが失敗の原因だ。


「そもそも、どうして魔術師ギルドがベルランテの外にあるのか、という話よね」

「爆発とかしないっての」

「ほんとに?」

「…………たぶん」


 俺は明後日の方向を見ながらつぶやいた。

 絶対、と言い切れないのが悲しいところだ。


 ベルランテでの家探しをフェイに手伝ってもらえるらしく、二人してベルランテに戻ってきていた。

 ミトナも誘おうと大熊屋にも顔を出したが、店は盛況な様子で、忙しく働いているミトナとウルススさんの邪魔するのも悪いと思い、そっと引き返した。


 とりあえず市民登録について聞くべく市庁舎に向かったのだが、結果は先ほどの通りだったのだ。


「となると、残された道は……地主をあたるしかないのか?」


 とはいえ、このままフェイをつれてスラム街を歩くつもりにもなれないし、そもそも相手してくれそうな有力者を知らない。


「研究施設なしの部屋だけなら、いくつか心当たりがあるわ」

「うーん……」


 フェイの言葉に俺はうなる。訓練や検証、研究には別の施設を借りたり利用すればいいのか?

 訓練や検証はベルランテの森に作った秘密基地あたりで十分だろう。しかし、研究となると勝手が変わる。研究に必要な道具類をそこまで持っていくのは大変だなあ。管理の面の問題もあるし。


「じゃあ、冒険者ギルドにも寄るわよ」

「あそこって依頼(クエスト)しかないんじゃないのか?」

「冒険者ギルドは冒険者の相互扶助組織よ。魔術師ギルド(うち)と一緒で部屋の斡旋くらいはしてるでしょ」

「……依頼(クエスト)の報酬で、屋敷とかないもんかな」


 フェイがあきれた顔をした。大げさに天を仰ぐ。


「あのねぇ。あるわけないでしょ」




「ありますよ」


 細目の受付職員。窓口さんは力強くうなずくとその爆弾のような一言を解き放った。


「うそっ!?」

「よっしゃああ!!」


 フェイが驚愕の声を上げ、俺が思わずガッツポーズをとる。さすが冒険者ギルド、すさまじい依頼があるもんだ。


 久しぶりに顔を出した俺を冒険者ギルドはいつもどおり迎えてくれた。久しぶりな顔見知りに手を挙げて挨拶する。護衛や遠征などでしばらくの間冒険者が姿を消すことは特に珍しくないのだ。

 時には死んでしまったか引退したか、完全に姿を消してしまう者もいるが。


 窓口さんはもちろん俺のことを覚えていた。久しぶりにやってきた俺の冒険者の証を確認すると、サクっとランクをひとつ上げてくれた。聖王都であれだけ濃密な戦いをしてきたのだ、十分だったらしい。竜も何体か倒したしな。


 おすすめの依頼(クエスト)を薦めようとする窓口さんを止めて、俺が質問したのが先ほどの質問だ。

 まさか、依頼報酬に屋敷がまるごとあるとは。聞いた自分もびっくりだ。


 窓口さんはカウンターの下から依頼書を取り出すと広げる。


「最近もちこまれた依頼ですね。ベルランテ郊外、貴族街のはずれあたりです。そこの屋敷の浄化が目的ですね」

「浄化……ね。呪われてるのね、そこ」

「ええ。ただの呪いではなく、内部には霊魂系魔物の存在も確認されているようです。屋敷からは出てこないので、外に被害が出るわけではないのですが……」


 呪われた屋敷が存在するというだけで土地の価値が下がる、ということだろう。

 魔物が解放されるのを怖れて解体もできないのだ。


「でもさ、普通は持ち主が浄化だけを頼むんじゃないか?」


「――――それはワタシが説明しましょう」

「サウロ様」


 カウンター前に座っている俺たちの後ろから、その声はかかった。振り返ると、一人の男が近づいてくるところだった。窓口さんが男の名前をつぶやく。

 パルスト教の戦闘神官だ。全身鎧をまとっているが、その上から着ているサーコートにパルスト教の模様が刻まれている。

 短く切りそろえられた金髪、アゴ髭がおしゃれに整えられていた。丸めの鼻と、くっきりとした眉は意思の強さを伝えてくる。身体は鍛えられており、全身鎧を着ていても動きは軽い。そうとうな使い手だろう。腰には円形盾(ラウンドシールド)が掛かっていた。


「この方が例の依頼主さんですよ」


 窓口さんが小声で教えてくれる。

 驚いてその顔を見ている間に、サウロは俺の隣の椅子に腰を落ち着けた。


「この依頼の条件は、ワタシも同行させていただくことです。見ての通りワタシはパルスト教神官でして、ふだんは聖王都以北で活動をしています。このたび遺産の相続で屋敷をいただいたのですが、管理もできませんし、売ることもできず、困っていたところです」

「それで、屋敷を報酬に依頼を?」

「その通りです。浄化費用だけを出すほどのお金もありませんし、神官としてこのまま魔物を放っておくこともできません。なので、こうして助力いただける方を探していたのです」


 フェイが腕組みをすると、横目でこっそりとサウロを観察しているのがわかる。怪しいところがないかを見ているのだろう。

 窓口さんがにこにこと笑顔で口を開く。


「マコト様なら魔術も使えますし、腕も申し分ありません。ドマヌ廃坑で活躍した魔術師ですからね」

「貴方が、あの“大氷刃”」


 サウロの目が驚きに見開かれる。顔の大きさに対して、小さめの瞳だ。テレキアンのような岩みたいな印象の顔だち。

 じっと注がれる視線に、俺はなんだか居心地が悪くなって椅子を座りなおす。


「マコト様、どうされますか?」


 窓口さんが問いかけてくる。依頼を受けるかどうか、ということだ。

 俺はフェイの方を向くと、小さな声で問いかけた。


「フェイ、どう思う?」

「あまりにも報酬が破格すぎると思うけど。冒険者ギルドを通している以上変なことはないと思うわ」

「よし、じゃあ受ける」


 世の中にはいろんなやつがいるからな、と心の中で自分を納得させておく。人にとってはおかしく見えるようなことでも、その当人にはそれしか方法がなかったり、そのやり方が必要だったりすることはあるのだ。


「ありがとうございます。ワタシはサウロ・テッセラーノと申します。よろしくお願いいたします」

「マコトだ。よろしくな」

「フェイよ」


 サウロは人のよさそうな笑みを浮かべ、右手を差し出した。俺も自己紹介しつつ握手で応じた。

 フェイは軽く手を挙げるだけだ。

 サウロは見た目どおり握力が強い。がっちりと握手した手が痛いくらいだ。俺も棒術の鍛錬で鍛えているつもりだが、前衛の本職に追いつくにはまだまだ鍛錬が必要だな。


「準備はよろしいでしょうか。できればすぐに取り掛かりたいと思うのです」


 サウロは立ち上がると、俺たちにそう問いかけてきた。フェイを見ると軽くうなずきが返ってくる。どうやら大丈夫らしい。

 俺は椅子から立ちあがる。


 深々と礼をする窓口さんに見送られ、俺たちは冒険者ギルドを後にした。

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