第201話「家を持つには」
ひとまず落ち着いた俺は、本題を切り出すことにした。家のことだ。
宿ではない、きちんとした家を借りたいということをフェイに相談する。
「そういう斡旋とかはやってないのか? 魔術師の相互扶助組織なんだろ?」
「う~ん、やってないことはないのよね」
いまいち歯切れのよくない返事に、俺は微妙な顔になる。
元の世界では、自分の部屋を探すのはそう難しくないことだった。身許がはっきりとしていて、お金があるならば不動産屋さんや賃貸斡旋所のようなところですぐに決めることができる。
今回も家を土地や敷地ごと買うというよりは、自分の部屋であればいいのだけど。
フェイは立ち上がると、カウンター内に備え付けられた本棚から一冊の本を抜きだす。
ぺらぺらとめくると、細い指先で文字をなぞる。
「めぼしいところはあらかた埋まってるわね。ベルランテの街中だと……いちおう魔術師ギルドで保有している物件がいくつかあるわ」
「お!」
「でも、マコトにはダメね」
一気にあがったテンションが、がっくりと落ちた。
「なんでだよ。俺も魔術師ギルドの一員だろ?」
「ベルランテ貴族居住区にある屋敷なのよ。まだまだ実績の足りないマコトに譲与されるような物件じゃないわ」
困ったような顔で言うフェイに、うっと俺は言葉を詰める。
「高位の魔術師は、それだけでステータスよ。それを誇示するためにあるような屋敷なのよ」
「俺も一応冒険者ギルドでは有名らしいぞ?」
「魔術学園の教授職か、魔術騎士レベルじゃないとだめね」
パタン、とフェイが本を閉じた。
すでに辺りは薄暗くなっていた。フェイは立ち上がると、外を指で指し示した。
「ご飯でも食べない? ギルドも終業時間だし、ね」
魔術師ギルドのあるここは、小さな村のようになっている。この村の全てが、魔術師ギルドのために必要な施設なのだ。
もちろん、職員が食事するための酒場も存在する。魔術師ギルドの職員は少ないと思っていたが、意外と盛況だ。俺が知らないだけで、いろいろな人がこの村には関わっているということだろう。
その酒場の小さなテーブルで、俺とフェイは差し向かいで座っていた。
目の前には注文した料理が湯気を立てている。この辺で採れる薬草と肉を使った香草焼きだ。なんだか寒天みたいなのが入った透明なスープもおいしそう。つけあわせはバゲット。
フェイが料理に口を付けたのを見て、俺もフォークを取る。香草焼きは肉の臭みが少し残るものの、十分においしい。スープはなんだかフカヒレスープのような味がする。なんだろう、これ。
「フェイ、この透明なやつ、なんなんだ?」
「これ? たぶん化け海藻だと思うわよ。海藻の一種」
化けキノコのようなもんだろうか。どんな風に動くのか予想もつかない。
少し食べ物がお腹に入ると、忘れていた空腹を自覚する。それなりにお腹が膨れたころ、フェイが口を開いた。
「それで、どんな家がほしいのよ」
「あー。まあ、望むだけ望めるなら、倉庫があったり、魔術の研究をできるところと、あとはゴーレム研究できるところだな。身体を動かせるような広いスペースがあればなおいい」
「そんなの備えてるの、魔術師ギルドか駐屯騎士団。あとは貴族の屋敷くらいよ」
「ま、そこまでじゃなくてもいい。せめて雨露がしのげて、寝られて、冒険者ギルドで依頼を受けられる拠点になればいい」
「それはそれで極端ね……」
フェイは形のよい太めの眉を寄せた。思案するようにフォークの先を何度か揺らす。
「自分の家を持つ方法は、いくつかあるわ」
「そうなのか?」
「ええ。ひとつはベルランテ市民になることね。市庁舎で市民登録をすれば、ベルランテ執政局が持ってる家を割り当ててもらうことができるわ」
でも、と言いながらフェイは行儀わるく目の前でフォークをぴこぴこと振る。
「ベルランテ執政局からの様々な支援を受けられる代わりに、納税と労働の義務があるわ」
「じゃあ、冒険者は?」
「冒険者は納税の義務はないの。街から街へと定住しない彼らは市民じゃないわ。その代わり、執政局からの支援も受けられないけどね」
ふぅんと呟いて最後に少し残った肉を口に運ぶ。おいしい。
フェイは思い出すように何もない宙を見上げながら続ける。
「あとは、ベルランテの有力者から借りる……ぐらいだわ。ベルランテの土地をたくさん持っている地主みたいなものね。ま、タダじゃ貸してくれないでしょうけどね」
フェイはそこまで言うと、おおげさに肩をすくめ、食後の薬草茶に口を付けた。
ベルランテの有力者。俺の脳裏に虎の獣人の姿が浮かぶ。
そういえばヴェルスナーはスラム街の顔役とか言ってたな。たしかにその傘下の人たちも住むところは必要なんだろう。
「でも、どうしてそんなにバラバラなんだ? ベルランテを治める領主がいるんだろ?」
「もとは貿易の品を保管して置いておくだけの倉庫街だったらしいわ。その積み荷を守ったり、すぐに積み荷を売り買いできるように、商人がやってきた」
フェイは言いながら空になった皿の上に、一枚皿を重ねた。
「人数が増えれば、魔物から身を守る護衛も必要になって、人が増えれば様々な施設が必要になる」
重ねた皿の上に、もう一枚皿を重ね、フォークやカップも重ねていく。
「そこまでくるともう大き目の村よね。経済効果もあって、放置するわけにもいかない。王都から統治のための機関と、護衛のための駐屯騎士団が派遣された」
フェイは俺が食べ終わった皿も全て重ねた。不安定なよくわからないオブジェが完成する。つまりは、これが今のベルランテというわけだ。
だから土地や家の主が分散しているのか。聖王都と違う印象なのも、そこらへんが理由なのだろう。
「ま、簡単なのは市民登録よね」
「なんだか……大変なんだな」
「家作って勝手に住むなんて、小さな村くらいなものよ?」
そこまで言うと、フェイはじっとりとした目になって俺の顔を覗き込んだ。
意味もなく不安になって俺は思わず身を引く。
「まさか、ミトナのところに居候しようとか思ってないわよね」
「ま、まさか」
「どうだか」
フェイの信じてない目に、変な汗が出る。
いや、そんなことなんて、ちょっとしか思ってないぞ。ちょっとしかな。だからセーフだ。
お世話になっているとはいえ、それはお客とお店という関係だ。そこまで面倒を見てもらうことはできない。
でも、どうしようもなかったら相談してみようかな。
明後日の方向を見る俺に、フェイは呆れたようにため息をついた。どうやら見透かされているらしい。
「どうせ今日の宿もろくに探してないんでしょ?」
「ぐっ」
「魔術師ギルドの口利きで、ここの宿は格安で取れるわ。あと、どうしようもなくなったら言いなさい」
フェイがにんまりと笑う。いじわるな笑み。
「魔術師ギルドで雇ってあげるわ。職員寮もあるわよ」
俺はその言葉に、苦い笑みを浮かべるしかなかった。
この日はフェイの言う通り、ギルド村の宿に泊まることにした。この宿をずっと借りればかなり安く済むのだが、いかんせん夜中に謎の奇声やはいずる音が聞こえる宿で泊まり続ける気は起きなかった。
もし見てはいけない何かを見てしまったらと思うと、怖すぎて<空間把握>を起動することもできなかった。
魔物が居る世界で、倒す強さを持ったとはいえ、こういった怖さは変わらないものなのだ。
翌朝、げっそりした顔で宿を出た俺を、私服姿のフェイが出迎えた。
意図が読めない俺に、フェイが何でもないように言う。
「今日は仕事もないし、手伝ってあげるわよ、マコトの家探し」




