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第19.5話「蠕動」

 湿っぽく薄暗い空間に、何人もの息遣いが聞こえている。

 ぽつ、ぽつと配置された松明が、何人もの男たちの横顔と影を浮かびあがらせていた。

 洞窟にしてはかなり広いその空間は、30人からなる小隊を2つ収容するのに十分な広さを備えていた。

 目を凝らしてみれば、壁際に動物の骨などが多数転がっているのが見える。もともとここを棲家にしていた大型の魔物がいたのだが、今は強制的に退場させている。

 ときおり天井の鍾乳石から垂れてくる水滴にも男たちは嫌な顔をせずに作業を続けていた。武装の確認、人数の点呼。統一された装備で整然と並んだ男たちを見れば、誰もが特別な訓練を受けた集団であると分かるだろう。

 特に 獅子を象った国の紋章が彫られた鎧。そして、小隊には狼の頭をした者か豚の頭をした獣人しかいないこと。

 見る者が見れば分かるだろう。


 ――モリステア軍、と。


 奥まった位置に天幕がある。その内部では1人の男が作業をしていた。イノシシの頭を持つ獣人、ヌンマ・ブルドだ。テーブルの上にはこの周辺の地図が広がっている。

 ヌンマは苦虫を噛み潰したような顔でその地図を睨み付けていた。地図の上にはいくつかの駒が配置されている。


 天幕の入り口の布が持ち上がり、ガーラフィン・モルテールが入ってくるのが見え、ヌンマは駒を操る手を止めた。


 屈強な体躯に白銀の鎧を着込んだ狼頭の男、それがガーラフィン・モルテールという男だった。よく言えば勇猛果敢、悪く言えばガラが悪く突撃しか頭に無い戦闘狂。だが、そんなガーラフィンが小隊長などをやっていられるのも、ひとえに彼の戦闘センスが図抜けているが故だった。


「まだ考えこんでいるのか? 下手の考え休むに似たりと言うぞ」

「……ガーラフィン殿か」


 ガーラフィンの声に、ヌンマは反応した。

 ヌンマは地図から視線を離すと、凝った肩をほぐすように大きく腕を回す。マンモスのような大きな牙が生えた口から息を噴出し、ついでに鼻からも噴出す。そこでようやくヌンマはひと心地ついた。


 ヌンマは戦闘においてはスパイクの付いた巨大なバトルハンマーを振り回し、相手の内臓ごとゆさぶるような吶喊をするため、部下からは鬼隊長と思われていた。この洞窟の主に一撃をお見舞いし、その右脚をへし折ったのも、ヌンマだ。

 だが、その実、顔に似合わず、彼には臆病で慎重なところがあった。

 ヌンマとガーラフィン、この2人であれば作戦を担当するのはヌンマの役割なのだ。


 ヌンマとガーラフィン、2人はどちらも小隊長であり、この小隊をそれぞれ預かる者であった。


「それで、考えがまとまったかい?」


 ガーラフィンが椅子に腰掛け、どっかとテーブルに両足を乗せる。ヌンマは気にした様子も無く、自分の考えをガーラフィンに告げる。


あいつ(内通者)が用意する物資しか補給線が無いってのは、いつまでも続くもんじゃねえからな。できれば速めに動かしてくれや」


 モリステアから少数ずつ密入国し、少しずつ集合させた戦力だ。使う時期を間違いたくないヌンマは、慎重になっていた。


 慎重に慎重を期して森林部を隠密行動していたのだが、やはり限界はある。奴隷商人の馬車とはちあってしまったり、森に入ってきた冒険者と遭遇したりと、発覚の危険はあったのだ。


 奴隷商人の馬車のほうはよい。うまく乗り手を全員殺し、馬車を処分することで隠蔽できたが、まずかったのは冒険者との遭遇の方である。

 就寝した隙を突いて襲撃を行ったが、ケイブドラゴンの乱入によって結果は失敗。部下の死亡、しかも冒険者の生存という結果になってしまっている。1人でも生きて戻っただけでも僥倖だろう。だが、手練の部下、それも魔術が使える部下を失ってしまったのは痛い。

 獣人は魔術をうまく扱うことができない。威力が低かったり、属性が限定されてしまったりと、親和性が低いのだ。

 ごくまれに生まれる、生まれつき備わっている特性――天恵(魔法)――でもあれば別なのだが、とヌンマは心の中で考えたが、ないものねだりをしても仕方がない。その考えを切り離した。


 それがヌンマを悩ませているのは、部隊の集合が発覚したかどうかだ。

 もし発覚しているのなら、迅速に動かなくてはならない。騎士団に動かれては、ここまでリスクを冒した価値がなくなってしまう。


「ベルランテ沖の母艦と連絡を取る。――伝令!」


 ヌンマの呼び声に応じて、狼頭の獣人が天幕の中に入ってくる。

 必要な内容を覚えさせると復唱させる。伝令の獣人はヌンマとガーラフィンに一礼すると、すぐさま身を翻して駆け出していった。伝令の速度なら隠密行動をしながらでも1日あれば伝達することができるはずだ。


「小隊員各位に伝達。伝令が戻り次第、作戦開始とする」


 ガーラフィンの口元に獰猛な笑みが浮かぶ。噛み付きでも人を殺せそうな鋭い犬歯があらわになる。


「ガーラフィン殿」

「何だよ」

「目的を忘れてはならんぞ」

「わかってるよ。まあ、まずは獲物(ベルランテ)ののど笛に噛み付かなけりゃ話にならんだろ?」


 ガーラフィンは自分の部下へ声を掛けるために天幕を出ていった。ヌンマも部下に動きを伝えるために天幕を出た。


 状況が決まってしまえば気持ちも固まる。戦いを前にして、ヌンマの全身に、緊張感とあふれんばかりの歓喜が走る。

 我を通すは、力ある者のみ。勝利と肉を祖国に捧ぐ。



「征くぞ――ベルランテだ」 






 

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