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第194話「作戦決行」

 崖の上からは、その場所が一望できた。

 足元は岩盤。ごつごつした岩などがところどころに点在している。それでも眼下に広がるのはかなり開けている。部隊を展開するのにちょうどいい広さがあった。


 眼下を眺める俺の隣に、銀騎士(シルバー)マースが並んだ。


「ここが戦闘予定地ですな。これだけの広さがあれば騎士団の戦車部隊も実力を発揮できるでしょう」

「戦車なんてものまであるんですか」

「ええ。歩兵戦ではかなりの強さを誇ります」


 俺が思い浮かべたのは、鋼鉄のキャタピラを持つ乗り物だ。

 だが、自分でその想像を否定する。おそらく車輪付の装甲馬車のようなものだろう。


 マースはその手をすっと上げ、東を指差す。


「明日の朝には王国騎士団が到着するでしょう。隊列を並べ、陣形を組んで戦端を開くのは昼ごろとなりましょう」


 マースが視線を西へと向かわせる。俺も目で追いかけた。

 西には鉱山都市からの迎撃部隊キャンプが見えた。炊事の灯りが見える。

 そして、翼を閉じて眠る数頭の灰竜(アシュバーン)の巨躯も。


「やはり報復攻撃も読まれていたということでしょう。灰竜(アシュバーン)が配備されています」

「ここままぶつかれば……騎士団が、負ける?」

「いえ、そうは言いません。灰竜(アシュバーン)が相手でも勝利を収めるでしょう」


 マースは言い切った。その声は自信に満ちている。竜を相手でも勝つ算段があるのだろう。

 まさか、さっき言ってた戦車ってのは魔術を利用した〝魔術戦車”とかじゃないだろうな?

 ちらりとマースの横顔を見るが、それ以上説明する気はないようだ。


「さ、それでは始めましょうか」


 マースが言う。作戦決行だ。





 自己紹介は土龍(オリゴサエータ)の内部で行われた。

 マースが連れてきたのは四人。一人は〝蟲遣い”のドルター。顔は見えないが、やはりそうとうな歳をいっているのだろう。


 残りの三人がフードを上げた。ようやくその顔がわかる。

 男が二人、女が一人の構成だった。


 片方の男はテレキアン。

 四角いという印象の男だった。大きな体はよく鍛えられているのか、揺れる土龍内でもびくともしない。顔の造形も四角く、髪も短く刈られており、細い目もあいまって岩のような印象を受ける。落ち着いた雰囲気を持つ男だ。


 もう片方の男はロベール。

 テレキアンと違い、線が細い優男だ。ふわりとカールがかかった金髪といい、手入れのされた肌や美しい碧の瞳などは、貴族っぽい感じを受ける。

 にこにことルマルの笑みに似た笑みを浮かべている。こういう笑顔のやつは胡散臭い。

 ミミズに似た土龍(オリゴサエータ)に飲み込まれたのに焦らない様子などを見ても、タダの貴族っぽい兄ちゃんじゃない。


 女性の方はクロンツェン。ミトナより大柄で、筋肉の鎧を身にまとった姿はアマゾネスと呼ぶにふさわしい。首などはもりあがった筋肉でなくなっているように見えるほどだ。どこからどう見ても肉体派戦士だ。

 マースの部下で、かなりの実力者らしい。力こぶを見ればそれもうなずける。


 こちらの自己紹介も終えると、マースが作戦の概要を説明し始めた。

 全員がマースに注目する。


「今回の作戦の要点は、聖王都騎士団と鉱山守備部隊との戦闘を回避することだ。騎士団はかなりの数を出撃させている。守備隊にどれほどの戦力があるかわからないが、かちあえば騎士団が勝つことは確かでしょう」

「ん。騎士団が勝っちゃだめなの?」

「いつもなら喜ぶところですが、今回は良くない。この報復戦に勝ってしまえば、南部連合と泥沼の戦いとなるでしょう。それこそどちらかが滅ぶまで止まれない殲滅戦です。ですが、今なら、戦闘が起きる前ならば南部連合と停戦が可能でしょうな」


 質問をしたミトナが頷いた。勝利条件は戦闘の回避。問題は方法だ。


「じゃあ、何をすればいいんだ?」

「ええ。皆さんにお願いしたいのは、戦場を荒らすことです。騎士団が戦うにはそれなりに開けた平坦な地形が必要なのです」


 足元がでこぼこしていたり、おぼつかないとなれば、戦うことなどできない。

 つまり、戦闘に適した地形を魔術で壊してしまえ、ということらしい。


「みなさん……って、マースさんの配下とか、部下とかは?」

「今回は連れてきておりません。みなさんで〝全員”です」

「うぇ!?」


 もっと人員がいると思っていた。これで全員なのか!?

 目を剥いた俺に、マースが苦笑を返した。


「今回の作戦は非正規任務です。軍としてではありません。私達は謎の第三者として、騎士団の報復攻撃を()()にいくのです」


 まあ、表だって同軍が止めたとなれば後々問題でもあるのかもしれない。

 国の偉い人たちの派閥争いやしがらみはよくわからない。

 俺達だけでやるなんて、どう考えても大変すぎるだろう。ふと俺の頭の中に、いい考えが生まれる。

 この土中を進むミミズを使えば、地形など一瞬でボコボコにできるのではないか。


「それなら、このミ……土龍で地形を破壊すればいいのでは?」

「無理だな。この子は土中しか進めん。鉱山地帯に近付けば地面の中に岩や鉱石が混じってくる。動けなくなる」


 ドルターがぼそりと呟くように言う。

 土の中を進む蟲。やっぱりミミズにしか思えない。王都が肥沃な地なのは、まさかこの土龍のおかげなのではないだろうか。


 スコップで掘り返すなどはどれほど時間がかかるかわからない。やっぱり頼れるのは魔術か。

 掘る作業用魔術なんてないが、攻撃魔術でなんとかなるか?

 じゃあ、あとは……。


「無理な地形になったとしても、騎士団の方が戦闘を強行したらどうする?」

「騎士団の指揮官は、自分が説得をしましょう。そのために自分は来ました」


 テレキアンは控えめに手を挙げながら発言する。

 思わず俺はテレキアンの岩のような顔を見た。指揮官クラスに話が通せるとなると、けっこう偉い人なのかもしれない。


「そろそろ着くぞ……」


 ドルターの声に、俺達は口を閉じた。振動が激しくなる。地上に向かって浮上しているのか、鉱石が多くなったために進みにくくなっているのか。

 しばらくすると、地上に出る気配がした。


 作戦が終わった後に帰る方法は残しておかなくてはならない。

 ドルターはここで土龍(オリゴサエータ)と待機することになった。作戦地点まで少し距離があるここなら、何かに襲われる心配もないとのこと。


 俺達はマースの先導のもと、作戦地点を目指して岩場を登り始めたのだった。




 

 そうして、今、俺の眼前に目標ポイントがある。


 テレキアンは少し前に騎士団の到達ポイントに先回りをしている。そこで指揮官を待ち受けるらしい。

 途中途中で地形破壊の仕掛けを行うと言っていた。


「<氷閃刃(アイシクルレイザー)>ッ!」


 複合魔法陣が割れ、氷の爪が大地を割り、氷結の氷柱を大地へ振り撒いていく。

 ささくれだった岩盤が氷結した痕は、まさに棘の山。剣山だ。


 音を聞きつけたのか、にわかに守備部隊キャンプが騒がしくなったようだ。

 あんた達をやるつもりはない。むしろ放っておいたほうがあんた達のためなんだけどな。


 俺はさらにぶち込むためにマナを練る。


「さて、やろうじゃないか!」

「クロンツェン、頼む」


 クロンツェンが気合を入れるように大声をあげた。マースがきりりと表情を変え、マントを払って剣を抜く。美しい宝石のような刀身は、マナクリスタルで造られた刀身だろうか。

 見とれている間に、クロンツェンが同時に二つの中級魔法陣を展開する。


「あんた! 魔術師だったのか!?」

「何だと思ってたんだい! 失礼な若造だね! ……ぬぅんッ! <鉄杭撃(アイアンインパクト)>」


 気合一閃、魔法陣が割れ砕け、巨大な鉄塊が出現した。

 まるで巨大な鉄杭。先端が少し尖ったネジのような鉄塊は、大きさにして両手を広げたほど。これが崖上から落ちるだけでも、かなりの穴が空く。


 だが、それで終わりではなかった。

 クロンツェンは鉄杭を落とさず、空中に静止させる。


「いいよッ! マース!!」

「――――<加速(アクセラレート)>」


 決して叫ぶ声ではない。

 だが、聞き逃せない圧を持った声が耳に届いた。


 マースの刀身の先に、複雑な魔法陣が展開する。割れ砕けると、鉄杭の前に、光の(リング)が出現した。光の環は、鉄杭を待っていた。

 クロンツェンのゴーサインと同時、鉄杭が光の(リング)を通過する。



 ――――加速した。


 光の(リング)を通った瞬間、巨大な鉄杭がありえない速度で飛ぶ。まるで戦艦の主砲だ。

 あまりの衝撃波に、一瞬耳がやられる。

 地面にめり込むと同時に、凶悪な破壊をまき散らす。


「はっ! 攻城協力魔術<重撃剣グラヴィティオブラスト>だよッ!!」

「その名称、やめないかね?」


 クロンツェンの楽しそうな大声に、マースがぽつりと返した。


「マコト君、来るよッ!!」

「――――灰竜(アシュバーン)か!」


 見れば飛び立つ灰竜(アシュバーン)が見える。いかに地形を崩しても、航空戦力はそれを気にしない。

 このままでは騎士団の戦力も空中から食われるだけになるかもしれない。


「マコト殿、お願いするぞ! さっきの魔術は起動までかなりの時間が必要だ!」


 マースが力強く叫ぶ。

 なるほど、灰竜退治。このために俺が選ばれたのか。マースもマースで灰竜が配備されていることを読んでいたというわけか。

 俺は身体と意識が強張らないように、ほぐしていく。

 おそらくライダーが乗っているだろう。そのことを意識的にカットしていく。

 灰竜なら、やれる。


「マコト君」


 ミトナが離陸した竜を目で追いながら、ぽつりと言う。


「あの竜、灰色じゃないよ?」

「……え?」


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