表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/296

第193話「土龍」

 未明の王都は朝もやが薄く出ていた。

 まだ街も眠りについている時間なのか、ひっそりとした雰囲気が、王都を覆っている。

 顔に当たる風にはそれなりの寒さはあるが、ケイヴドラゴンの防具は寒さもある程度シャットアウトするので温かい。やはり慣れた防具が一番だ。動きやすいし。

 一晩で直してくれたミトナには感謝だな。


 俺は遠くへと視線をやる。まだマースの姿は見えない。

 俺達は、王都を離れていた。


 銀騎士(シルバー)マースの遣いが訪れたのはマースと話した日の夜だった。

 明朝に王都から東の丘で落ち合うという知らせに、俺達は準備を急いだのだった。

 フィクツは付いて来ようとしていたが、衰弱がひどくてまだ店で寝ていることになった。ミミンも看病のために残る。


 その、王都を東に離れた地点に、俺達は集まっていた。

 あたりは柔らかい草に包まれた大地。開発の手がはいっていないだけで、ここも麦畑などに変えれば多くの収穫が見込めるだろう。

 遠くに王都が見える。翆玲神殿と反対側に位置するあたりだろうか。ここからでも王城の偉容は見えた。


「やはり朝方は冷えますね」


 ルマルが両手をこすりながら、いつもの笑みを浮かべた。コクヨウとハクエイが周囲を警戒している。ガロンサはついてきていない。彼も王都で待機組だ。


「こんな朝早くて、ルマルはしんどくないのか?」

「ええ。商人の仕入れはもう少し早い時間から始まるんですよ?」

「そっか」


 視線を移すと、ミトナがアルドラの毛並を撫でているのが見えた。

 ミトナはもとから付いて来るつもりだったようだ。危険だし、残るように説得をしようかと思ったが、話を聞いてもらえなかった。

 その足元では、猫じゃらしのような草相手にクーちゃんがシャドウファイトを行っているところだった。本当に神獣なのか、こいつ。


 マースはまだ来ないようだ。昨日の夜から試している<空間転移(テレポーテーション)>の確認を続けることにした。

 様々なものを転移させてみた結果、<空間転移(テレポーテーション)>の特性がいろいろと見えてきた。


 まず、見える範囲にしか、<転移>させることができない。また、何かの物体と重なるように<転移>させることもできない。

 ある程度の強度のあるものしか<転移>させられないし、生き物はもちろん無理。

 正確にはさせることができるが、著しく成功率が下がる。手に握り込んだ卵が、「あ、割れるな」という感覚と言えばわかるだろうか。


 試しに自分を何もない空中に<転移>させてみたが、乗り物酔いをひどくしたような状態になった。

 部屋から転移させられた時も似たような状態になったし、<転移>と相性が悪いのかもしれない。


 もしくは、別の要素が必要なのか。

 メガネ勇者はコーヒーカップや部屋の中の複数人を<転移>させたりしていた。<転移>には俺の知らないような要素や下準備が必要なのかもしれない。


 〝ラーニング”は便利だが万能ではない。なんともすごいのかすごくないのか。


 いろいろ試していると、<空間把握(エリアロケーション)>が馬に乗って近付いて来る人影を捉えた。

 銀騎士(シルバー)マースだ。

 後ろから四人ほど馬でついてきているのも確認できる。マントのフードを深くかぶり、人相がわからないようにしている。


 四人……少なくないか?

 止めにいくんだよな?


「やあ、お待たせしましたな」


 マースと他四人は俺達のもとまでたどり着くと馬から下りた。マースが何やら馬の首を軽く叩くと、馬が踵を返し、王都へ向かって駆け去っていく。ほかの四人の馬も同様に王都へ向かって戻っていく。


「馬が……」

「ああ、問題ありません。厩舎まで自分で戻れるよう調教しておりますので」

「いや、そういうことじゃなくて」


 馬が無くてどうやって移動するのか。

 それに、聖王都と南部連合とのぶつかり合いを止めるのに、マースが用意した戦力がこれだけ、ということはないだろう。戦場に先行しているとか、そういうことだろう。


「それでは、さっそく目的地まで移動しましょうか。自己紹介と作戦の概要説明はその途中でも」


 マースが目くばせすると、一人がフードを取った。背が低く、ともすれば子供のようにも見える。

 見える、と懐疑的なのは、その顔が見えないからだ。黒子のような覆面。顔の前には大きな目の描かれた目隠し布が垂れ下がっている。

 このデザイン、どこかで見たことがあるような……。


「連れて行くのはこれで全員か?」


 低い男の声が、布の下から洩れた。その声は歳経たものだ。子供なんかではない。

 その顔がルマル達に向けられた。ルマルはどうみても非戦闘員。気になったのだろう。


「あ、私どもは見送りです」

「そうか……。ならば離れていろ」


 ルマルとコクヨウ、ハクエイは男の指示に不思議な顔もせず俺達から距離を取った。離れたところから手を振ってくるのに、俺も手を振りかえした。


 男はマントの下から小瓶を取り出した。何事か唱えると地面に放る。

 小瓶が割れると、どういう魔術か、地面に魔法陣が浮かび上がった。中級レベルの大きさ。


 マースが焦っていないところを見ると、攻撃の魔術などではないのだろう。


「マースさん、これ、何をしてるんだ……?」

「ああ。()んでいるんだよ」


 答えはすぐに来た。

 ミトナがピクリと耳を動かす。クーちゃんも何かに気付いた様子で俺の肩上を駆け上がる。

 かすかな振動がしたかと思うと、地面がいきなり盛り上がった。

 アッと思う間もない。噴火のような勢いで、土砂が吹き上がる。


 地中から――――ッ!?


 顔を出したのは、巨大な蛇のような(ワーム)だ。口元はイソギンチャクのようにたくさんの触手が生え、その皮はぶよぶよしている。

 どちらかというと巨大なミミズ。


 俺は思わず魔法陣を展開するためにマナを練った。即時発動できる術式を思い浮かべながら、攻撃しようとする。


「<(アイシクル)――――」

「ま、待つんだ! マコト殿!!」


 魔法陣の前に、マースが飛び出してきた。慌てて魔術の起動を止める。砕けるのではなく、霧散してしまった。

 俺は思わず厳しい表情になる。


「マースさん!? 危ないですよ!!」

「いや、待ってくれ! マコト殿! あれは敵じゃない!」

「はぁ!?」


 巨大なミミズは何かを探すようにのたのたとあたりを見渡していた。確かにこちらに危害を加える様子はない。


「あれが私たちの移動手段だよ」


 マジか。

 俺はもう一度巨大なミミズを見た。確かに全員を乗せてあまりあるだろう。乗り心地は最悪だと思うけどな。


「おい。もたもたしていると見られる。行くぞ」


 顔を隠した男が低い声で告げる。マースと他三人はこの生き物(ミミズ)を知っているらしく、何の疑問なく集まっていた。

 こうなると行かざるをえない。こわごわ俺も近くに寄る。遠巻きになっていたミトナも若干顔を青ざめながらやってきた。

 

(主……。無理……)

(わかった。ルマル達を頼んだ)


 アルドラから思念が飛んできた。かなり離れたところから、近付こうとしない。どうしてもこの巨大ミミズがいやなのだろう。気持ちはわかる。


「――――<守護殻(ガーディアンシェル)>」


 布の男が魔術を起動した。魔法陣が割れると同時に、全員をまるごと包むように貝殻の白を思わせる半透明の球体が展開する。名称から防御に関係する魔術だろう。そっとその壁に触れると、かなりの強度があることがわかった。


体得(ラーニング)! 魔術「守護殻(ガーディアンシェル)」 をラーニングしました>


 全員が球体に入ったのを確認した直後、巨大ミミズがぐばっと口を開けた。

 真上から滝のように。



 まるごと俺達を飲み込む。



「ちょ――――ッ!?」


 一瞬にして暗くなった視界。

 マースが<光源(ライティング)>の魔術で明るさを確保した。


「驚かせてしまいましたな。これは土龍(オリゴサエータ)。土の中に棲むモノです」


 足元から振動が伝わってくる。かなりの速度を出しながら土中を進んでいる。


「戦いが起きる前には、目的地にたどり着けるはずです」


 見れば、布の男が両手を宙に突き出して、何事か動かしていた。目の前の何かを触ろうとしているのでhない。

 小声で<解析(アナライズ)>を起動する。マナの経路が見えるようになると、男と土龍が繋がっているのが見えた。使い魔(スレイブ)なのだ。


 俺が納得した様子を見せたのを見て取ってか、マースが安心した息を吐いた。

 改めて全員を見渡す。


「到着まではしばらくかかるでしょうな。それまでに、自己紹介と作戦説明を行いましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ