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第191話「二魂一身」

「それで、どうするの? 出口を探す?」


 ミトナが地下水路の入り口を示した。おそらくピックもそちら側に逃げたのだろう。

 俺は上を見上げた。高いところに落ちてきた穴が見えている。


「いや、入ってきたところからでいいだろ。――――<ブロック>!」


 言うなり俺は魔術を起動した。それほどマナは込めていないはずなのに魔法陣がかなり輝く。

 割れ砕けると同時に、氷のブロックを利用した螺旋階段が出現した。


「これなら上までいけるはずだ。いけるか?」

「たぶん……。お兄ちゃん、歩ける?」

「なんとか……やな」


 フィクツはゆっくりと身体を起こす。ミミンが肩を貸し、ぎこちないながらも螺旋階段を上っていく。

 ミトナも後ろから、万が一の場合は支えられるようについて行った。


 俺も後に続こうと足を踏み出しかけて、クーちゃんがまだなことに気付いた。

 視線をさまよわせると、氷結した水面の上で、クーちゃんは静かに佇んでいた。


「あれは、真なる魔獣よの」


 小さな声だったが、聞き逃すほどの声ではない。

 ミオセルタが懐から話す声だった。

 俺は思わずクーちゃんに伸ばしかけた手を止めた。


「いや、あれほどまでに魔物の神(メンデロス)に近い存在となると、神獣と呼ぶのがふさわしいかの?」

「どういう、ことだよ。何か知ってるのか、ミオセルタ」

「いやなに……。おぬしとマナの繋がり(パス)が繋がっとるせいか、いろいろといい物をみせてもらったわい。神獣の精神内など、覗けるものではないからのう」


 俺はミオセルタの核を懐から取り出した。


「ちょっと待て、どういうことだ? 何かわかってるなら教えてくれ!」

「そうさのう……」


 ミオセルタはしばし黙り込んだ。何を話すべきか、吟味しているのか。


「全てがわかったわけではない。ワシの推測も多分に含むが、いいかの?」

「それでいい」

「まず、おそらくじゃが、そこの獣はさきほどの神獣じゃろう」


 俺は思わずクーちゃんを見た。クーちゃんが、神獣?

 いつもの無邪気な瞳が俺を見つめ返してきた。そこにはそんな威厳を感じない。


「何が起こったのかはわからぬが、マコトと、そこの獣は、同じ肉体を〝共有”しておるのよ」

「い、いや、ちょっと待てよ、共有って言ったって、この通り別々だろ!?」


 俺はクーちゃんの脇に手を差し込むと、持ち上げた。

 でろんと、後ろ脚と尻尾が垂れ下がる。特に嫌がるでもなく、クーちゃんはされるがままだ。


「イレギュラーなのはマコトの方よ。おそらく、本当であればこの神獣はあの姿のまま、この世界に顕現する予定じゃったのじゃろう」


 俺は背筋が寒くなるのを感じた。あの広大な精神世界。

 ニンゲンに対する敵意。あれが世に放たれたなら、王都などまるごと氷の世界と化すのではないだろうか。


「じゃが、何が起きたのか、その〝肉体”にはおぬしの魂が入り込み、主導権を握っておる。魂が同居すれば矛盾が生じ、不具合が生じる。じゃから、おそらくこの獣の身体はゴーレムの素体(ボディ)のようなものじゃろ」


 俺は両手で自分の顔を覆う。

 これは、なんというか。どう受け止めたらいいんだ。


 俺がこの世界に来た時から、クーちゃんは一緒にいた。


 ベルランテ付近では生息していない魔物。

 ガーラフィンの剣に斬られても切り傷すらつかず、強大なマナを保有する。

 <再接続>で魔術・魔法の行使が可能となったことを考えても、マナに関わる主な機能は、クーちゃんが全て持っているのだろう。

 俺はそこに乗っかっているだけだ。


 もしかすると、クーちゃんは、〝自分”と(マコト)との区別すらついていないのかもしれない。

 俺を癒そうとするのも、常に一緒にいようとするのも。


 歪な肉体の共有。その原因など、一つしか思いつかない。


 ――――(パルスト)だ。


 魂を無理矢理ぶち込んで中心に据えるなんて。おそらく、そんなことをできるのはあの野郎しかいない。

 しかし、一体なんのために?

 考えても答えは出ない。


 俺は抱えたクーちゃんを見つめた。

 同一の肉体。例えばクーちゃんが死ねば、俺も死ぬのだろうか。

 ラーニングの能力は、パルストによる付加能力なのか、クーちゃんがもとより持つ力なのか。


 俺は拳を握りしめた。ぎり、と爪が掌に食い込み。痛みが走る。

 この痛みは、本物なのだろうか。


 (パルスト)に、一度会わなければならない。

 

「マコトよ。呼んでおるぞ?」


 ミオセルタの声に、俺は上を見上げた。螺旋階段からミトナが顔を出している。なぜ上ってこないのか、不思議そうな顔。

 いつもの眠たそうな表情に、少しほっとする。

 難しいことを今結論付ける必要はない。目の前のことについて、ひとつずつクリアしていこう。


 俺はクーちゃんをしっかりと抱えた。氷となった湖面はそれなりの強度がある。


「いま行く!」


 俺は大声でそう言った。ミトナの耳ならば聞こえるだろう。

 すぐに追いつくように、<浮遊(フローティング)>を起動した俺は、大きく段を飛ばしながら上へと向かうことにした。






 ミオセルタは破顔した。

 直後、マコトに気付かれぬように自戒した。


 表情も見えぬ魂のみの存在なれど、多少は感情も繋がっている。こちらから丁寧にシャットアウトしていなければ感づかれてしまうだろう。


(こやつは、自分がどれほど稀有な存在かわかってないじゃろうな)


 ミオセルタは、久しぶりに精神が沸騰するような、強烈なまでの〝歓喜”に身を(ひた)していた。

 これほどまでの研究欲に取り憑かれるのは、久方ぶりだ。神の領域を覗き、魂に受けた衝撃は未だ冷めやらぬ。

 先ほどのマコトとの会話では、思わず要らぬことまで口走りそうになったものだ。


 ミオセルタはマナの繋がり(パス)で繋がり、マナの供給を受けている。マコトが神獣化した際も、その清冽なまでのマナを存分に蓄えていた。


 そう。過剰なまでのマナを。


 おそらくミオセルタひとりくらいの仮想素体(ボディ)くらいなら構築することができる。ウィスプや幽霊(ゴースト)悪霊(レイス)のような素体(ボディ)になるだろうが、しばらくの間は独立して活動することも可能だろう。


(この姿になって、ようやく入り口が見えるとはのう)


 これまで異端と言われ、狂気と言われ、排斥されてきた。


 ミオセルタはひとりごちる。

 魂をいじくる研究は、倫理の面からみても、誰にも同意されなかった。

 その真意を懇切丁寧に説くのは諦めていた。理解できる者が理解できればよい。


 ゴーレムの製造も、魔法生物(スケルトン)生成機関も、副産物なのだ。労働力、生産力、戦力としての有用価値も、所詮たどり着くまでの過程の付加価値でしかない。


 ――――神域。

 その、()()()へと至るまでの。


 この男は嫌いではない。

 思慮に浅く、子供じみたところもある。だが、その未熟なところはミオセルタがとうに手放してしまった青さだ。


(せいぜい、死なぬように干渉するかのう)


 

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