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第19話「騎士団駐屯地」

 騎士団員たちに囲まれて、俺は街中を移動する。こんなことで騎士団に睨まれるとか迷惑をかけるわけにもいかない。付いて来ようとしていたレジェルとシーナさんには、待っていてもらうように頼んでいる。

 状況はよくわからないが、この前は行けなかった騎士団を見られる機会だ。利用させてもらおう。

 ていうか、ちらっとしか見てないが、後ろをついて歩く騎士団員、剣の柄に手が掛かってないか? 


「なあ、俺は何で駐屯地に連れて行かれるんだ?」

「うるさい! いいから黙ってついて来い!」


 俺はさっきの隊長格に話しかけるが、こんな返事が返ってきただけだった。ウルススさんに迷惑がかかるから付いて来たが、用件がわからないのは怖いな。途中で走ってにげるか? でも囲まれてるから無理か。


 しばらく大通りを横切り、港方向に進んでいく。どれくらい歩いただろうか。高級住宅街っぽいところを通り過ぎ、さらに街の奥へと進んでいく。そういえばこっち側はあまり来たことがなかったな。

 開けた場所に出たかと思うと、屋根の低い、大きな建物が見えてきた。あれがおそらく騎士団舎だろう。


「そこォ! 手ェ抜くな!」

「オッス!」

「すみません!」


 手前に見える訓練場を軽装で走る騎士団員も見える。気合の入った声、剣がぶつかる金属音が多重に響く。整然と並んだ騎士団員がキツそうな女性教官っぽい人から話を聞く姿など、かなりの錬度のように見える。

 向こうは騎乗訓練かな。馬みたいに乗りこなしてるあれって、マルフかな。でも農家さんが使ってたダックスフントみたいなのとちがって、こっちはゴールデンレトリバーみたいでスラっとしてるな。軍用か?


「待て、お前たち」


 そんな俺たちを止める声が掛かったのは、建物内部に入ってすぐだった。厳しい目線をよこすのは、オレンジにも見える赤毛を高めのポニーテールに結った女性騎士。歳の頃は俺と同じくらいだろうか。騎士団員の装備に身を包んではいるが、その女性的なラインは隠し切れていない。


「フィッテ隊長……!」

「よい。私が聞いているのは、何事かということだ」


 あの小隊長が体を硬くして敬礼をしようとする。それを止め、女騎士(フィッテ)が尋ねる。この人、けっこう偉い人なのか。しかし、渡りに船。事情話してくんないかな。


「はっ! 第2分隊のバルグム・アドラー隊長の命によりこの者を連行中であります!」

「バルグム殿か……」


 女騎士が苦い顔をする。どうやらこのバルグムとやらはあまり好かれていないってことか。そりゃ、こんなふうに無理矢理連行しようとするやつだしな。

 女騎士はしばらく騎士団員と囲まれている俺を見て、何か考えこんでいたようだがやがてこう切り出した。


「わかった。バルグム殿のところまで私も同行しよう。構わないな?」

「……は? あ、いえ、構いませんが……」


 お? 何がなんだかわからんが、女騎士さんもついてくるってことか? 助けてくれるのかね? 連行される俺を見て顔をしかめていたし、普通の感性であることを祈ろう。

 俺と、俺を囲む騎士団員、そして女騎士を含む集団はある部屋の前で止まった。小隊長がノックをする。


「ボッツです。冒険者マコト・ミナセを連行してきました」

「入れ」

「はっ!」


 なんだか懐かしい匂い。ダークウッドの落ち着いた色合いの部屋には、執務机が1つ。残りは本棚で埋め尽くされていた。きれいに製本された背表紙が並んでいる。そうか、これ、本の匂いだ。これだけの本があるのを見るのは、この世界に来てから初めてだ。

 窓を背後にした執務机には、1人の男が座っていた。入ってきた俺たちを見もせず、手元の書類に目を落としている。

 歳のころは俺より一回りは上、35くらいだろうか。くすんだ金髪、機械のような無表情。落ち窪んだ双眸の顔立ちと相まって、骸骨のような印象を受ける。


「丁重に、お迎えしろ、と言ったつもりだったがな?」

「はっ! なので、“丁重”に迎えてまいりました!」


 その“丁重”には含みを感じるぞ、小隊長。にしても、こいつが俺を呼びつけた張本人か。


「もうよい。ボッツ小隊長、下がれ」

「……はっ!」


 バルグムが相変わらず書類から目を上げず、冷たい声で告げる。小隊長が一瞬すごい顔をしたが、飲み込んで退出していく。階級の差にしても、ちょっときついな。ぞろぞろと人数がいなくなり、後には俺と女騎士だけが残される。


「フィッテ君、どうして君がここにいるのかね?」


 バルグムがようやく顔を上げた。底冷えするような瞳で女騎士を見る。無感情な低い声を受けても、女騎士は平然としていた。


「同じ騎士団で隠し事はないだろう? 私も同席させてもらってもいいかな」

「断る。私のプライベートだ。下がりたまえ、フィッテ君」

「……いつも思っているのだが、バルグム殿はどうも不透明なところが多すぎる。この冒険者殿については、私は何も知らされていない。騎士団として恥じない振る舞いをお願いしたい」

「言われなくとも、恥じる振る舞いはしてはいないよ。わかったら下がりたまえ」


 女騎士はバルグムを睨みつけると、部屋から退出する。強めに閉められたドアがキツい音を立てた。


 何、この展開。

 騎士団ってもっと軍隊みたいで意思統一されてると思ってたが、こりゃあ、どうなんだ?


 バルグムは書類を置くと、初めて俺と顔を合わせた。値踏みするような視線が俺に投げられる。バルグムは席を立つと、窓際へと移動した。


「自己紹介が遅れたな。私はベルランテ駐屯騎士団・第2分隊長のバルグム・アドラーと言う」

「冒険者のマコト・ミナセだ。 それで、俺に何か用なのか?」


「ベルランテ東の森に、いままでに見なかったような魔物が現れるなど、異変があるという噂が入っている。それについてだ」

 

 確かに、俺が狩り始めた頃と比べて、出てくる魔物がちょっと変わってきてたな。極めつけはケイブドラゴンか。

 俺がバルグムの言っていることについて考え込んでいる間に、彼はさらに続ける。


「東の森で活躍しているマコト君であれば“何か見た”のではないかと思ってね」

「なんか、含みがある言い方だな。……あんた、何が目的なんだ?」


 俺の言葉にバルグムの動きが止まる。



「マコト君。私の“側”へ付く気はないか? ケイブドラゴンをも倒すその腕、実に興味深い」



 何を……?

 バルグムはすでに俺がケイブドラゴンを倒したことを知ってるのか。てか、私の“側”って何だ。


 俺が口を開いた瞬間、部屋の扉がノックもなしに開け放たれる。俺は驚いて振り返ると、そこには騎士団装備の若い男が立っていた。にこやかなスマイル。長身、イケメン、なんかキラキラしたものを振りまいている幻覚が見える。


「冒険者のマコト君がここにいると聞いてね」

「ルークか……ちっ」


 若い男は言いながら部屋へと入ってくる。

 ってかバルグム、今舌打ちしたぞ! 俺にしか聞こえなかったようだが。女騎士の時とは比にならないくらい敵意をこめて、バルグムが言葉を紡ぐ。


「何か用か。第1分隊長殿」

「いや、なかなか客人が部屋から出てこないとフィッテから聞いてね。話を聞くとなんとあの“スライムバスター”冒険者マコト君だと言うじゃないか」


 やめろ、その通り名。恥ずかしい。

 若い男騎士は俺へと向き直ると、自己紹介をした。


「初めまして。僕はルーク・フィオスター。第1分隊の隊長を務めています」

「よ、よろしく」


 笑顔で握手を求めるルークに応えながら、返事をする。うんうんと笑顔のままでうなずくルーク。そこでルークはバルグムに向き直ると、表情を真剣なものに改めた。


「バルグム殿、お客人を引き止めすぎでしょう。冒険者とはとても忙しい職業だと聞きますよ」

「……わかっている。もうお帰り願うところだった。また会おう、マコト君」


 それで用事は済んだとばかりにバルグムは執務机に着いた。ルークが来た時のような不愉快さは今はもう見えない。

 ルークはため息をつくと肩をすくめた。そういう狙ったような振る舞いが似合うな。似合いすぎてなんというか。


「行こうか、マコト君。僕が入り口まで送ろう」


 ルークに連れられてバルグムの執務部屋を出る。部屋を出る前に振り返るが、バルグムは相変わらず書類仕事を続けていた。

 騎士団の廊下を今度は逆に歩く。こうしてよく見てみると、内装はけっこう凝っていることに気付く。なんだか、騎士団の本拠っていうより、貴族のお屋敷って感じがするな。もしかしたら、貴族の屋敷かなにかを接収して使っているのかも知れないが。

 そんな中、ルークは俺に向かって気さくに声をかけてきた。


「いやあ、悪かったね。急に連行して閉じ込めて話なんて、騎士団の振る舞いじゃないと思うよ、僕は」

「いえ、俺は気にしてないですよ」

「獣都モリステアの軍船がこの近くに停泊していてね。いつ攻めてくるかわからない状態なんで、ちょっとみんな気が立っているのさ」


 獣人国モリステア。軍船。不穏なワードが出たな。何か、人間と獣人が戦争してるってのか?


「ルーク……さん。俺、実はド田舎から出てきたもんでよくわからないんだけど、獣人と人間って戦争してるんですか?」


 ルークはおや、と言う顔をすると、歩みを止めた。俺の足も止まる。ルークは辺りを見渡すと、誰もいないことを確認。声を潜めて言う。


「王都グラスバウルと獣都モリステアの仲は悪いね。常に相手国がどうにかならないか狙っている。ここ、貿易都市ベルランテは重要なんだ。ここを抑えられてしまうと、モリステアが攻める足がかりになるからね。それを防ぐために僕たち騎士団がここに駐屯しているんだよ」

「なるほどね……」


 俺は頭の中に新しい情報を叩き込む。王都グラスバウル。獣人国モリステア。うーん、何かメモするものがいるかもな。


「どうも最近不穏な動きがあるようで、いろんな情報を集めているんだけど……バルグムはどんな話だったんだい?」

「いや、よく東の森で狩りをするから何か見なかった、とか。あとは勧誘かな。私の“側”に来ないかって言ってたな」

「ほう……。それで?」

「実は、東の森で狼の獣人に襲撃されてね」


 それを聞いてルークの顔から感情が抜けたように見えた。俺、なんか変なこと言ったか?

 ルークは何かを考え込んでいるようだったが、先ほどよりさらに声を潜めて言う。


「実は、モリステア側の間者がいるみたいなんだ」

「間者……スパイ!?」

「どうやらベルランテを落とすために暗躍してるらしいんだ。確証は無い。無い……がバルグムには気を許さないほうがいいかも知れないね」

「そうか! じゃあ東の森の狼獣人ってスパイか?」


 ルークの眉がぴくりと動く。

 俺の脳裏には先ほどのバルグムの骸骨のような顔がよぎっていた。まさか……。


「まあ、魔術防御の高いケイブドラゴンを氷の魔術で倒すことができる君が、そう遅れを取るとは僕には思えないけどね」


 ルークは言ってアッハッハとわざとらしく笑いながら俺の肩を叩いた。

 それには苦笑いで応えておく。そのことはあまり吹聴してほしくないなあ。


「これも縁だね。僕は君の味方だ。もしバルグムが何か不穏な動きをしたら、是非知らせてくれ。騎士団として何とかしようと思う」


 ルークは急に真剣な顔になって俺に向き合う。

 俺も気を引き締めることにした。もしものときはルークを頼ることにするか。


 俺はルークに見送られて騎士団舎を後にした。何とか……なったのか? もしものときは二重起動(デュアルスキル)で暴れるかもしれないと思ってたが・・。


 戦闘力だけじゃなくて、この国の知識についてもいろいろ仕入れる必要を強く感じるな。

 どこでそういうことを知ることができるんだ? 図書館……とかあるのか?


 俺は騎乗訓練の風景を見ながら中心街に戻ることにした。ああ、騎士団員のにいちゃんがマルフにエサをあげている。

 ああ、俺もマルフ欲しいなあ。どこかで売ってないかな。

次の更新も2日後です! よろしくお願いします。

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