第1話 「新世界の歓迎」
ゆっくり進行です。設定が変なところもあると思いますが、気長にお付き合いください。
ざりっ。ざりっ。
少し湿った感触と、ちょっとだけ痛いような刺激がほっぺたを撫でていく。
クーちゃん……もうちょっと寝かしてくれ……。なんだかすーすーするし。
とはいえ、一度こうやって起きた意識は、少しずつ覚醒を促していく。
ぼんやりと目を開けると、柔らかい木漏れ日と、さわさわとゆれる葉っぱが見えた。
ここ、どこだよ。
頭をぼりぼりと掻きながら上半身を起こす。すると、一匹の獣が顔から飛びのくのが見えた。ちょうど猫くらいのサイズ、フェネックに似た造形で、とても長い尻尾。真っ白な毛色。一度も元の世界で見たことのない生き物だった。何しろ額に宝石みたいな石が付いてるんだからな。
どうりでクーちゃんと間違えるはずだ。クーちゃんは実家で飼ってた猫で、いつもこうやって寝起きに顔を舐めて起こしに来る癖があったなあ。
そいつは動き出した俺を警戒したのか、しばらく上目遣いに見ていたが、やがて茂みの奥に逃げてしまった。まあ、襲ってくるような生き物じゃなくてよかった。運がいい。
そこで俺は重大な事に気づいた。
全裸だ!
服も何もない、全裸だ!
「おおおおおい! そりゃスースーするだろうよ! いや確かにスーツとか異世界に無いのはわかるけどなんかあるだろ! 初心者用装備みたいなものがっ!」
俺の魂の叫びがほとばしる。
そりゃあ、異世界に生まれなおして赤ん坊からじゃなくてよかったけど! 神様のやろうなんか勘違いしてねえかこれ! それともこの姿見て笑ってんじゃねえだろうな!
「しょうがねえ……誰かいるとこまで行こう」
とりあえず元の世界で見たことの無い大きめの葉っぱをちぎり、前を隠すことに成功する。
とにかく服をなんとかしないとな。ていうか本気で裸一貫からのスタートか……。
運がいいことに少し歩くと森が途切れ、村っぽいのが見えてきた。とりあえず道沿いにいけばなんとかなるだろ。苔とか腐葉土みたいなふかふかした地面が続いたとは言え、足の裏が痛い。絶対大変なことになってるよ。
「なあ、お前いつまでついてくるんだ?」
俺は振り返って声をかけた。猫のように両足をそろえて座っているさっきの白フェネック(仮)が俺を見上げている。こっちの言葉がわかってるのかわかっていないのか、小首をかしげている姿がとてもかわいい。
「人が多いところにいくんだから、これ以上はあぶないぞ? もう来んなよ?」
おとなしいけど、たぶん普通の動物じゃないこいつもモンスターの一種なんだろう。このまま連れて村に行けねえよな。
言うだけは言った。あとは自分でなんとかしてもらおう。
気を取り直して俺は進み始めた。すると、開けたところに一軒の家が建っているのが見えた。
おお! ラッキー! 猟師さんの山小屋か何かか?
とりあえず扉をノックする。
「すみませーん!」
「はいはい、今いくよー。ちょっと待っとくれ!」
家の中からおばさんの声がした。
おお! 通じる。言葉はわかる! それくらいはサービスの内か、神様。
ガチャっと木の扉を開けて顔を出したおばさんは、俺を見てものすごく不審な顔をした。そりゃそうだろう。なんだか色々考えてる顔をしてる。
「た、助けてください」
「あんた、どうしたんだい? 追いはぎにでも会ったのかい?」
「そんなところです……。助けてください……」
壮大な追いはぎだよ。神様のやろうに服を剥ぎ取られたんだからな!
「まぁ、武器も服も着ずにやってくる盗賊もいないだろうしね……。入りな」
おばさんは俺を家に招きいれると、奥のたんすから服を出してくれた。
「息子のだけど、着られるはずさ。 いつまでも裸ってわけにいかないだろ? こいつでも着てな」
水無瀬 真は服を手に入れた! → E:質素な服 質素な皮の靴
インベントリ画面はイメージです。
おばさん、あんた良い人だ!
「あたしはリメルダって言うんだけどね、あんたの名前は?」
「あ、すみません名前も言わずに。俺、水無瀬 真って言います」
「ミナァセ? へんな名前だね。マコトって一族はどこらへんに住んでるんだい?」
「いや、『マコト』が名前です。一族……の名前が『ミナセ』ですね」
リメルダおばさんがランプに火を入れる。日が落ちて暗くなり始めた室内が明るくなった。
「聞いたことないねェ。ところで、腹は減ってないのかい? 朝の残りでよかったら食べるかい?」
「ありがとうございます!」
木の器に、あたたかいスープ。それだけで人間は幸せになれるものなのだ。
「まあ、何か事情があるんだろ? 今日は遅くなってきたし、奥の部屋でもう休みな」
いろいろあって今日は疲れた。リメルダおばさんの優しさに甘え、休ませてもらおう。
どんな世界なのかよくわからないけど、優しい世界だなあ。身にしみる。
死ぬまで働いてた前の世界より、楽しくやっていけそうだ。
そんなことを考えながら俺は眠りに落ちていった。
「――だから、もうちょっと色を――――。健康で――、そうそう――」
ざりっ。ざりっ。
またか……。もうちょっと寝てたいんだよ。
「――――の尽きなんだよ。起きる前に連れ――」
がぶっ!
痛ッ!
なんだ!?
痛みのもとに目をやれば、ふさふさした毛が見える。お前か!
俺の指先にかみつく白フェネック。お前は俺に何のうらみがあると言うんだ。
叱り付ける前に、耳に入ってくる声に気をとられた。
ん? リメルダおばさんが誰かとしゃべっている…?
「ふぅん……7000シームね。まあ、しょうがないね。ほら、さっさとあの小僧を連れていきなよ」
……あの小僧?
ちょっと、何の会話なんでしょうか。これ。
「奴隷商人はホントごうつくだね。商品を用意するのも簡単じゃないんだよ」
不吉なワードだらけです。どうする! どうすればいい!
部屋の扉が開け放たれる。
がっしりした体格の男が立っていた。こいつが奴隷商人か。腰には鞘に収まった一振りの剣。普通じゃない。嫌な雰囲気がこいつからする。
男の向こうにリメルダのババァの姿が見える。
優しい世界? 馬鹿じゃないの! 俺!
元の世界だって優しい顔して近づいてきて、こっちのしてほしいことをしてくれるやつなんて大抵詐欺じゃねえか!
じゃりっという音で思考が現実に引き戻される。
奴隷商人が一歩入ってきやがった。
こっちが起きてるから警戒してるのか。ほんと、どうする?
→ たたかう
にげる
あの神様やろうが、特典をつけるって言ってたからな。俺には何かあるはず!
ピンチになると覚醒する力! たぶん!
予想以上に動いて相手を圧倒できる力!
「おりゃああああ!!!」
先手必勝!
俺は勢いをつけて男へ向かっていく。
拳を全力射出!
俺の拳が届く前に、奴隷商人の拳が俺の顔にめりこんだ。
俺の意識はぶつっとそこで飛んだ。
読んでいただき、ありがとうございました!