第187話「剣聖」
話せ、と言われエリザベータは悩んだようだった。
こちらも聞きたいことが多すぎる。
「んー。なにからはなそうか」
「噂ではエリザベータが王女様を人質に取って逃亡中って聞いたんだが、どうなってんだ?」
「あのこならぶじだよ。きがいなんてくわえるわけがない」
「だよなあ。エリザベータが捕まる時も、止めたのは王女様だしな」
俺の言葉にエリザベータは不思議そうな顔をした。まさかゴーレム研究者ミオセルタとしてその場にいたとは思うまい。別に明かす気はないが。
「そもそも、ぼくたちにおってはかかっていないとおもうよ。ぼくがあのことゆくえをくらますのは、よていどおりだからね」
「……?」
「かかっていたとしても、ぎんきしやきんきしとは、はなしがついているとおもうね」
何かの理由で、王女と元剣聖は行方をくらます必要があったということか。
しかし、そこまでの影響力を持つとなると、この状況を造り出しているのはウトガルト王ということになる。
でも、どうしてそんなことを?
「南部連合が欲しいんじゃないのか? あの王様は……」
「うん。それはたしかにそうだね。かなりまえからおうさまはじゅんびをすすめてきたよ」
魔術師に頼らないゴーレム軍による制圧力の強化。新世代の軍事力としてのゴーレムに、目をつけていたらしい。
話によれば、冒険者組合を通してのスライム核の確保など、かなり前から準備を進めてきていたということになる。
確かにゴーレム軍は便利だろう。エネルギーさえ供給できれば文句も言わず、危険も顧みない。腕や足が取れたとしても戦闘を継続できるのだ。
俺が壊したゴーレムも、無事なパーツは寄せ集められ、再び組み上げられるのだろう。
「それで、この戦争はどうなるんだ?」
「おうとしゅうげきのほうふくとして、よびもどされたきしだんがなんせいの〝こうざん”をめざしているね。そのまえにへいげんでぶつかりあうとおもうけど」
エリザベータはしゃべりすぎたのか、疲れたような顔を見せた。
エリザベータのしゃべり方も〝魔物化”の弊害なのだろうか。
エリザベータは知りうるかぎりの情報について語り始めた。戦争の起こりと経緯についてだ。
ゴーレム軍を準備していたウトガルト王は、その準備を終える前に南部連合との戦争を開始した。
その原因は〝勇者”達だ。
パルスト教の最高司祭〝教主”からの推薦で南部地方を見回っていた勇者たちは、持ち前の正義感を発揮。起こったもめ事は戦争の引き金となったらしい。聖王都と南部連合との境界で兵が睨み合うこととなったのだ。
あいつら、どこでもあの調子か。まったく、どこまでも迷惑な。
その後、勇者達の力により、犠牲を出しつつも南部戦線は勝利。同時期にゴーレム軍の完成。戦線に投入となるはずだったらしい。俺がけっこう壊した気がする。
「――――いまいち納得できひん」
ぽつりと言ったのはミミンだった。その表情は硬い。
「確かに鉄があれば便利や。でもな、そもそも穀倉地帯を持っとる聖王国が、そないなリスクを負う必要があるんか?」
「あるんだよ。きみがおもっているより、おうこくはあんたいじゃないんだ」
「何が……!」
灰竜による王都襲撃で被害にあったのはフィクツとミミンだ。帰る家を失っている。
声を荒げかけたミミンを、エリザベータは視線で黙らせた。
「おうこくはねらわれているんだよ。そのたいさくとして、ぼくとあの子はみをかくすことにしたってわけだ。このままだと、おうこくは――――」
「――――お喋りはそこまでにしてもらおう」
低い男の声が響いた。
見覚えのある奉剣部隊の制服。何人もの部下を従えて、そこにアドルが立っていた。
奉剣部隊の兵たちはその腰から剣を抜く。殺気立った様子に街の人たちが悲鳴を上げながら一斉に逃げ出した。料理屋の客までもがきな臭い雰囲気を感じ取って逃げ出した。街中にぽっかりと空間ができあがる。
がたりとフィクツとミミンが腰を浮かせた。
「追手はかからないはずじゃないのかよ」
「そのはずなんだけどね」
ゆっくりとエリザベータが席を立つ。
エリザベータは無手だが、気圧されたように奉剣部隊は一歩とさがった。元剣聖の強さは、彼らこそがよく知っているだろう。
無手……?
今気付いたが、エリザベータは剣を持っていない。
拡がった輪に対し、動かなかったアドルと数名がその場に残る。アドルと共に残ったのはスライサーやピックといった面々だ。
アドルは余裕を見せる動きで、両手を広げた。
「さて、エリザベータ様、リリア殿下はどこです? みんな心配しておられますよ」
「きみにいうひつようは、ない」
アドルは笑顔になる。暗さを感じさせる笑み。こんな顔をする奴だっただろうか。
「それは困りましたなぁ。抵抗されると言うのでしたら、それはそれでかまいませんがね」
アドルの両の腰に、剣が帯びられているのが見えた。
見覚えがあると思ったら、古びた短剣や豪奢な長剣はエリザベータがかつて身にまとっていた剣だ。
「アドル。きみ、だれのめいれいでうごいてる?」
「ええ、もちろんおうさまです」
「みえすいたうそを……! めいじたのがおうならば、おまえごときにヴァトゥーシャをわたすはずがない!」
にたりとアドルの口の端が歪んだ。
聖剣ヴァトゥーシャ。剣聖の持つとされる人外の剣。
古びた短剣か、豪奢な剣か、そのどちらかがヴァトゥーシャなのだ。
アドルは両の剣を抜き放つ。刃が鈍い光を放つ。
空気が重くなったように感じるのは気のせいか。アドルの雰囲気に勇気づけられたのか、奉剣部隊による包囲が少しずつ狭まってくる。
「聖剣ヴァトゥーシャを手に入れた今。私こそが〝剣聖”だ」
「アドル……っ!」
「始末しろ。一人も残すな」
「了解しました」
アドルの命令にピックが動いた。ニット帽をむしり取ると、犬耳が露わになる。その両手には太い針のような刃物が握られている。いわゆる鎧通しというやつだろうか。
吼えることもなく、ピックが速度を上げて接近してきた。狙いはフィクツとミミン。
「ん――――! やらせない」
ミトナがテーブルをバトルハンマーで打撃した。短い打撃にもかかわらず、テーブルは吹っ飛ぶとピックの前進を邪魔した。
動きが止まったところに、ショートジャンプからの振り下ろし。見切ったピックによって回避される。地面に穴をあけるだけに留まった。
「チッ……。熊ふぜいが……ッ!」
ピックは吐き捨てると鎧通しを構えた。どうやら先にミトナを狙うことに決めたらしい。
「<氷刃・八剣>!」
俺は遅延を掛けていた魔法陣を起動した。マナの粒子を散らばらせながら、氷の剣が出現。ほぼ同時にアドルを狙って射出する。
準備していた魔術が、まさかこう使うとは!
「ほう……」
「アドル様!」
魔術の盾を張ろうとしたのだろう。アドルの部下である魔術師ケインが杖を掲げて割り込もうとする。
だが、アドルはそれを手で制した。
アドルの腕が霞んだ。
ほの青く輝く剣の刃が、縦横無尽に振るわれる。氷剣をことごとく粉砕、周囲に氷片が舞った。
八本の氷剣を全て撃墜するとは、どれほどの速度で振るわれたというのか。
一発も届かない。アドルは両の手に持った剣を揺らしながら、ゆっくりと前進してくる。
「素晴らしいものだな。聖剣ヴァトゥーシャは!」
逃げられない。
奉剣部隊の包囲を破る隙が無い。包囲を破る攻撃をしようとすると、ピックかスライサーかケインの迎撃にあう。
何より、聖剣を持ったアドルから目を離すことができなくなっていた。離せばその一瞬で斬られかねない。
「フィクツ、ミミン! こっちへ!」
「お、おう!」
だが、策はある。かなり強引な手だが。
<空間把握>によると、この分厚い石畳の下は地下水路になっている。水路の水を溜めるところなのか、かなりの深さがある。
横に逃げられないなら、下に逃げるしかない。
「<氷杭>!」
魔法陣が割れる。出現したのは巨大な氷の杭。一抱えもあろう太さを持つ氷の杭が、ズドンとその先端を石畳に食い込ませた。
「ミトナっ!!」
「ん!!」
間髪入れず、ミトナが杭の頭をバトルハンマーで叩いた。氷の杭が半ばまでめり込む。
「んんッ!!」
駄目押しの<くまの掌>が入る。ほぼ完全に埋め込まれた氷の杭は、内側に圧縮されていた冷気を爆発させた。ぼごり、と不吉な音を立てると同時、俺達とアドルの足元が、まるごと消えた。石畳が崩れたのだ。
普通なら崩れるような厚さでも強度でもない。
だが、撃ち込まれた杭からの冷気の爆発がそれを可能にした。
アドル、ピック、スライサーが飲み込まれるのが見える。俺達もまた飲み込まれているが。
フィクツがミミンの身体をぎゅっと掴んだ。
そんな二人を、俺の尾てい骨から生えた<やみのかいな>の尻尾が二人を搦めとる。
そのまま落ちそうになるミトナを抱き留めると、お姫様抱っこに抱え上げた。クーちゃんがすばやく俺の頭、肩を踏み台に、ミトナの胸元にしがみつく。
「――――<浮遊>!!」
崩れていく。
石畳だったものが崩れ落ちていくのを見ながら、俺達は一塊になって、ゆっくりと降下していった。




