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第186話「理由」

 王都にあるカフェが併設されているタイプの食事屋。そのオープン席に俺は座っていた。

 寒い中なので、まわりに人は座っていない。通行人も、物好きな人としてちらりと見ていく程度だ。


 向かいの席には、髪の色を変え、髪を切ったエリザベータが座っている。フィクツとミミンは隣のテーブルに座っていた。何が起こるか、かたずをのんで俺を見つめている。

 俺の横の席には、殺気だったミトナが座っていた。その手はバトルハンマーの柄にかけられ、いつでも抜き打ちすることができるようになっている。浅く腰かけた体勢で、いつでも動ける。

 俺の目が確かなら、さっきからミトナは〝獣化”を使っている。

 強化された身体能力をフルに使って、エリザベータの動きを注視していた。


 「だいじょうぶ。だれもここに〝けんせい”がいるなんておもいもしないよ。そもそも、みんなのかんがえる〝けんせい”は、リーダーシップにすぐれたたよれるおとこのひとだからね」

「……英雄譚にあるような、か?」

「そうだね」


 エリザベータは注文したコーヒーを一口飲んだ。ミトナについては気にしていない、落ち着いている。


「そっちの子には、きらわれちゃったね。まあ、むりもないか」

「そりゃあな」

「きみも、だね。なにかしかけてるだろう?」

「当たり前だろ。魔術を待機(ディレイ)状態にしてある。何か怪しいことをしたら即座に起動するからな」


 机の下、見えにくいところに魔法陣が輝いていた。<氷刃(アイシクルエッジ)八剣(エイス)>を起動ぎりぎりで止めている。

 <空間把握(エリアロケーション)>を含めた<魔獣化(ファウナ)>は起動済み。圧縮された〝魔獣の腕”ならば刃くらいは防げるはず。


 エリザベータは肩をすくめるとカップに口をつけた。その顔をしかめる。どうやら空だったらしい。


「そろそろいいだろ。今更、何の用だ?」


 すこし話がしたいからお茶でもしよう。そう言ったエリザベータの誘いに乗ったのには理由があった。

 いきなり殴りかかったミトナをなだめるのにはかなり時間と精神力が必要だったが、それをしてでもこの席には価値がある。


 エリザベータから情報を引き出すのだ。


 この聖王都での騒動に巻き込まれたのも、そもそもがエリザベータに拉致されたのが原因だ。何が目的で俺がさらったのか。

 さらには今エリザベータは指名手配されているはずなのだ。何しろ王女を人質に逃亡しているはずなのだから。

 これだけを見てみると、エリザベータは剣聖じゃなくて誘拐犯か人さらいにしか見えない。奉剣騎士団自体がかなりいかがわしい機関だったが、何か関係があるのだろうか。


 ともかく、エリザベータはこの王都に関わる騒動について、かなり深い情報を知っているはずなのだ。


「きみにはめいわくをかけたからね。まずはこれをかえしておこうとおもって」

「それ……」


 エリザベータは持っていた籠から、畳んだ白い服を取り出した。ミトナの造ってくれたケイヴドラゴンの革防具だ。だいぶ使い込んでいたためか、こうやって見るとぼろぼろだな。


 エリザベータがテーブルの上に置くと、ミトナがひったくるようにして受け取った。

 エリザベータが肩をすくめる。金貨袋や、鞄など、俺が持っていた所持していた品がテーブルの上に置かれていく。


「わざわざ俺の荷物を返しにきたのか?」

「ぼくのせいいをみせないと、とおもってね。きみにはききたいことがあるんだ」


 俺は荷物を受け取る。何か仕掛けられていないか、<探知(ディテクト)>を使ってマナの反応を調べてみるが、怪しいところは無い。

 だが、逃亡中の人間が、わざわざ返しにくるというのは考えられない。

 怪訝な顔になった俺に聞かせるように、ゆっくりとエリザベータが言う。


「おそらくきみは、まともなからだじゃない」


 ――――魔物の身体。

 俺も最近知った自分自身の秘密。それを前から知っていたというのか。


「ぼくも、おなじだからね。すぐわかったよ」


 エリザベータはこともなく言い放った。自分が、魔物だと。


「つよいから〝けんせい”になるんじゃないんだよ。せいけんヴァトゥーシャに〝てきごう”するかどうかなんだ」


 端的に言われた言葉は、すぐには理解できなかった。

 それに反応したのはミオセルタだった。驚愕とも感嘆ともつかぬうめき声をあげる。どこから声がしたのか不思議そうな顔をするエリザベータに見えるように、ミオセルタの核をテーブルの上に乗せた。


 ミオセルタは興奮したように、テーブルの上からエリザベータに向かって声をあげた。


「なんと……! つまり、剣聖というのは〝魔物憑き”ということじゃな?」

「そうなるかな」


 エリザベータが頷いた。どうやら喋る珠であるミオセルタは受け入れられたらしい。


「聞くぞい、お嬢ちゃん。ヴァトゥーシャとやらは、喋りかけたり、身体を勝手に動かしたり、意思があるのかのう?」

「それはない……かな?」



「はははははは!!! 力を得るためにそこまでしよるか! すさまじいものよの、ヒトというものは!!」



「いや、どういうことだよ」

「剣聖というのは、驚異的な力を持っておる。その姿、形に関係なくじゃ。その力はどこからくる?」


 ミオセルタは嬉々として続ける。

 

「もし聖剣ヴァトゥーシャが現存する魔物〝魔剣”であれば、自らを身に帯びたヒトを魔物に変え、混沌の限りを尽くすじゃろう。じゃが、そうではない。つまりは、ヴァトゥーシャは人工的に調整された魔物よ! 起こすべくして、〝魔物憑き”の状態を引き起こしておるということよの!」


 エリザベータに視線が集まった。

 空になったカップをいじるエリザベータは、こうして見ると線の細い少女にしか見えない。だが、その身の内には蟲竜(ヴェフラ)ですら一刀両断するチカラを秘めている。


 まともじゃないのだ、この少女も。


「〝けんせい”になってから、ちからもすごくつよくなったし、なんねんもたつのにすがたもかわらないしね。ほんと、ひじょうしきだよ」

「いや、それはわかったけどな。それがどう俺とつながるんだ?」


 剣聖の秘密はわかった。

 だが、どうして俺が拉致されないといけない。

 エリザベータは意を決したような顔になった。俺は思わずうっと身体を引く。


「きみは、あれだけいぎょうのかたちになっていたのに、どうしてもとにもどれるの? ぼくは、そのほうほうがしりたい……!」

「それで、俺を……?」

「はだかにしてしらべたけど、ヒトのからだだった。どうやって、もどってるの?」


 元に戻りたい。そういうことか。

 やけに若いと思っていたけど、成長が止まっていたのか。


 納得した俺は、いきなり隣から吹きつけた冷気にも似た殺気に身体が竦んだ。

 ちらりと見ると、ミトナのねむたそうないつもの顔が、能面のようになっている。


「裸に…………?」

「――――ッ!? いや、ちょっと待ってミトナさん。なんだかバトルハンマーが俺の方を向いていませんか? 向いていますよね」


 ミトナの持つ柄から、握り込まれるギリリという音が聞こえた。スペースがなくとも、ミトナならバトルハンマーでかなりの一撃を放てる。


「…………」

「いや、俺ずっと眠らされてたからね!?」

「ん。言い訳は後で聞く」


 一気にどっと身体が重くなる。エリザベータが気の毒そうな顔をするが、お前のせいだからな。

 俺は切り替えるように、深い息を吐いた。


「答えてもいいけどな。その代り、この国で何が起きて、どうなってるのかを話してもらおうか」

「……わかった。ぼくがしっていることなら」


「ひとつ。俺はどうして自分のカラダがまともじゃないか、自分でもわからない」

「…………」

「俺は……あの勇者とかと同じように、別のところから来た。この世界(ここ)で、生まれ、成長してきたわけじゃあ、ないんだ」


 エリザベータの目が見開かれる。フィクツとミミンが息を吞む。

 ここで明かす必要はないのかもしれない。だが、今のエリザベータには、あるがままを言うべきだと感じたのだ。


「だから、どうしてオンとオフの切り替えができるのか、俺にもわからない。できるから、できるとしか」


 俺の言葉を聞いて、エリザベータはうつむいた。空になったコーヒーカップに視線が注がれる。

 その表情はわからない。

 やがて何かの感情に決着を付けたのだろう。ゆっくりと顔をあげた。


「〝かのうせいがある”ということがわかっただけ、ましだね」


 エリザベータの表情は、悪くはなかった。強がりかもしれないが。


「じゃあ、今度はそっちの番だ。話してもらおうか」

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