第185話「仕込み」
魔術騎士の部下、つまりは魔術兵ということだろうか。
現場に残された魔術兵の方々はゴーレムの残骸を片付けていた。破片や動かなくなった素体を一ヶ所にまとめていく。いつのまにか回収用の荷車が到着していた。どんどんと載せていく。
「でかいなコイツは……」
「マナで動いてるなんて信じられないな。ちゃんと立ったり歩いたりできるのか、これ」
「しかしこれだけ大きいと荷台に載せて運ぶこともできんな」
統括ゴーレムを眺めながら魔術兵たちが話し合っていた。
どうやら統括ゴーレムが大きすぎて困っているらしい。ちょうどいい。
俺は何気ないふりをしながら、魔術兵のもとへ近付いていった。ルマルを意識して、できるだけ怪しくないように話しかける。
「よかったら載せるのを手伝いましょうか?」
「いえ、そこまでしていただくためには……」
「これだけ壊してしまったのは俺ですから、それくらいはお手伝いさせてください」
疑問を挟まれる前に、押し切る。にこにこと笑顔を崩さないまま統括ゴーレムに近付くと、外装をコンコンと叩く。金属の硬質な感覚。
魔術兵はなにやら顔を見合わせた。ひそひそと相談しはじめる。
「銀騎士様も気にされていた御仁だからなあ」
「すでにゴーレムについては見られているし、手伝ってもらうくらいはいいんじゃないか?」
「では、少しさがっていてください」
困っていたのは確かなようだ。魔術兵は俺の声かけに統括ゴーレムから少し距離を取る。
俺は統括ゴーレムの背部に回り込みながら、懐からミオセルタの核を取り出した。
手伝うなんてボランティア精神は持っているはずなんてない。わざわざ申し出たのは、ミオセルタの〝お願い”のためだった。
手元のミオセルタに小声で話しかける。
「おい、とりあえず何とかここまで来たぞ。どうするつもりなんだ?」
「まずは背部に乗るんじゃ。さっき勇者とやらが乗っていたところじゃな」
ミオセルタに言われるまま、統括ゴーレムの背部に取り付く。横倒しになっているので、自分も横向きにならなければ乗れない。取っ手を握ってむりやりしがみつく。
背部にはコントロールパネルのようなものが設置されていた。どうやらこれでゴーレムを手動で動かすことができるらしい。ボタンというよりは、ガラス玉のようなものが埋め込まれて半分ほど外に出ている状態だ。
まさかこの球体、マナストーンか?
「ふむ。なるほど予想通りじゃな。ワシの核を近づけるんじゃ」
なにが予想通りなのかわからないが、ミオセルタの核をそっと近付けた。どうするつもりなのか興味があるのだろう。魔術兵たちがじっと俺を見つめている。
一応シールドみたいに張り出している部分が、魔術兵からこちらの手元を隠しているが、ひやひやするのはどうしようもない。
ミオセルタの核から、魔法陣が浮かんで割れた。直後、核から緑色のスパークがコントロールパネルへと飛んだ。
一瞬で繋がったマナの電流は、何かを送受信するように明滅する。次第に太くなりながら勢いよくバチバチと弾けるスパークに、俺は冷や汗をかいた。
このままじゃ気付かれると焦りはじめたあたりで、ようやくスパークが止んだ。
「これでいいじゃろ。早速載せてやるんじゃ」
「よし。――――<無重力>」
俺は準備していた術式を起動した。
魔法陣が割れ、淡く統括ゴーレムが光に包まれる。
<無重力>。荷物などには効果を出せないが、装備品や自分自身の重量をゼロにできる。取っ手を掴んでいることで一応装備扱いになっているのだろう。俺は地面に足を着くと、統括ゴーレムを持ち上げた。
「――おぉッ!?」
見ている魔術兵からどよめきが起きた。生身で車を持ち上げているようなものだ。異様な光景だろう。
「これ、載せたらいいんですよね?」
「お、お願いする」
何も載せられていない荷馬車に、ゆっくりと統括ゴーレムの巨体を載せる。乗せた時は何もなかったが、俺が手を放したとたん元の重量を取り戻し、ぎしりと荷馬車が軋んだ。車体が沈み込む。
「これでいけますね」
「お、あ、ご助力感謝です……!」
「いえいえ。マースさんによろしくお伝えください」
俺は魔術兵に手をふりながら、にこやかにその場を離れると、ミトナが待っているところへと戻ってきた。俺が何をしにいったかわからず、ミトナは不思議な顔をしていた。
「マコト君、何をしてたの?」
「いや、俺にもよくわからないんだけどな。とりあえず移動しながらミオセルタから聞こう」
あまり長居をするのも危険か。
俺は王都に向かって歩き出した。ミトナ、フィクツ、ミミンが後をついていくる。
十分に魔術兵が離れたと感じたあたりで、俺はミオセルタに口を開いた。
「ミオセルタ、それで一体何してたんだよ?」
「いやなに、ちょっとした仕掛けじゃよ。統括ゴーレムに干渉して、ワシが遠隔操作できるようにしただけじゃな。普段は通常通りじゃがの、いつでも制御権を奪うことができるということよの」
「ちょっと待ち。それやと、他のちっちゃいゴーレムも全部操れるってことか?」
「そうじゃの。統括ゴーレムの機能は全て使えるからのう」
フィクツの言葉に、ミオセルタは笑みを含んだ声で返す。
再び勇者と対峙した時が楽しみだ。こりもせず同じ戦法を取るなら、ミオセルタの仕込みが効果を発揮するだろう。
「どこの研究所から発掘したのか知らんが、なかなか良いパーツも紛れておるよの。後で抜き出して組み直すのもよいかもしれんなぁ」
「ゴーレム研究所まで誰が乗り込むんだよ、それ」
しばらく歩くと王都の門が見えてきた。冒険者の一行ということで門を通過した。
壊れた箇所を修理する街を横目で見ながら、待ち合わせである例の店に向かう。
「しかし、どうなるやろなぁ」
しばらく誰もしゃべらず歩いていたのだが、ミミンがぽつりと呟いた。思った以上の重さを含んだ声に、思わず俺の足が止まった。
「悪い。そういや何がどうなってるのか知りたいからついて来るっていってたんだよな」
「ええねん」
ミミンはかぶりをふる。
「家が壊れて、街も騒然としてて、何かせなあかん、動かなあかんって思ったんや」
「ミミン……」
「一人で何かしたからって、どうにかなるような流れやないんは、わかった」
「とは言え、何がおきとるんかは知りたいところやな。街を襲った竜は倒した。せやけど、その後どうなるんや?」
俺は腕組みをしながら考える。どうにか止めなければと思って戻ってきたのだが、何に手をつけていいのかわからないのが現状だ。
図らずも銀騎士マースにお願いをした体になったが、それもどこまで効果があるかわからない。
「とりあえず、ルマルを待つとしようか。たぶんあいつの事だろうから、何か情報を仕入れてくるはずだ」
そう結論して歩き出そうとした俺達の前に、人影が立ちふさがった。
黒髪のショートカットの少女。普通の町娘のようなエプロンドレスを着込んでいる。手には網籠を下げており、買い物帰りのような雰囲気だ。
しかし、どこかで見たことのあるような顔だな。
「――――ッ!」
ミトナがいきなり動いた。バトルハンマーを抜き放つと、地面を割り砕く勢いで少女との距離を詰める。
止める間も無い。
「――――!?」
驚愕の息を吐いたのは俺だった。電光石火で振り下ろされたバトルハンマーは、少女にかすりもしなかった。少女が優雅にふわりと避けてみせたのだ。
「ミトナさん! 何しとるんやいきなり!」
フィクツの声を、ミトナは完全に無視した。
バトルハンマーの先端は石畳にめり込んでいる。それを引き抜くと、ミトナは俺をかばうような位置を取った。
ミトナの背中がぴりぴりしている。何をそこまで警戒しているのか。
少女が口を開いた。
「しんじてもらえないかもしれないけどね。あらそうつもりはないよ」
「その声――――ッ!?」
ここでようやく気付く。
何故気付かなかったのか。特徴的な薄桃色髪は染められ、短く切りそろえられている。それだけで雰囲気が大きく変わっていた。
「エリザベータ!!」
俺の叫び声に、剣聖エリザベータはにっこりと笑ったのだった。




