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第183話「氷の竜 氷の爪」

 俺が何を考えているのかわかったのだろう。ミトナが一瞬で俺の横に陣取る。すでにその手には剥離器(ハクリ)を抜いている。

 ミトナは勇者と戦闘経験がある。距離があるなら魔術を警戒しての武器選択だろう。クーちゃんが俺の身体を駆け上るとマントのフードに収まった。


 ガロンサはもちろん、フィクツとミミンがルマルを守るように移動する。まだ身に帯びている剣は抜いていないが、いつでも抜けるようにしているのがわかる。


「お、お前は……ッ!」


 勇者レンの口から、驚きの声が漏れた。はっと気づいたように、勇者セオと共に戦闘体勢を取る。

 勇者クロエの姿が見えないのは、俺達を転移させたからか。


 罠のような強制転移にやられたのはちょっとムカつくが、おかげで<空間転移(テレポーテーション)>はラーニングできた。使い勝手がわからないからすぐに使おうとは思えないが、運がいい。


 そんなことを考えていると、勇者セオが盾を構えてこちらに向かって突進してくる。自分を鼓舞するように、激しい感情がこもった声で叫んだ。


「やっぱり神の言う通りお前は敵だ! 灰竜(アシュバーン)の襲撃のタイミングで、王城に乗り込んできたんだな!」

「そ、そうです! 僕たちの網にひっかかったのが最後です。ここで倒します!!」


 そもそもここには、ルマルの付き添いで来ただけであって、たんなる偶然だ。

 だが、何を説明しても通じそうにない。

 元の世界に戻る方法を知ってるかもしれないので、殺しはしない。しかし。


「――――<大氷刃・三連フリージングジャベリン>」


 中級魔法陣が三つ展開。割れると同時に巨大な氷の刃を生み出し、空中に留まる。

 わずかに冷気の煙を上げる刃は、大きさもあいまってかなりのプレッシャーを生み出す。

 勇者セオがぎょっとした表情になったのが兜の隙間から見えた。魔術は盾で無効化できると考えたのか、決意を固め、緩めかけた速度を上げてくる。


「おおおおおおおおおお!!」

「確かに盾はすごいかもしれないけどな、他は違うだろ?」


 俺は大氷刃フリージングジャベリンを射出した。

 一発は目くらましで正面から。残りの二発を地面を抉るように着弾させる。

 盾に命中した氷の刃は砂糖細工のように砕け散った。例のごとく理不尽なまでの無効化だ。

 しかし、地面に着弾した大氷刃までは砕けない。地面に突き刺さり、凍てついた土砂を巻き上げる。同時に自ら砕け、ブリザードのような冷気をまき散らす。


 正面からの冷気は防げても、周囲一帯がすべてそうだったら防げるのか?


「うおッ!?」


 勇者セオは焦ったように飛び退こうとするが、前に進んでいた慣性は消せない。自分から冷気の中へ突っ込んでいった。

 まるで吸われたかのように、盾が触れた部分だけが冷気が消滅する。もしかすると剥離器(ハクリ)のような効果なのかもしれない。


「おぁあっ!?」


 身体の節々に霜を張り付かせながら、勇者セオが飛び出した。氷漬けにするつもりだったが、やはりタフだ。

 (パルスト)のご加護とやらか、防御力があがる<身体能力上昇(フィジカライズ)>のような支援魔術が常時かかっているのだろう。

 でなければこの防御力はありえない。


「<拘束(バインド)>!」


 俺は<拘束(バインド)>を起動した。防御についてはわかった。

 だったら、状態異常や呪いはどうなんだ?


 魔法陣が割れ砕ける。粒子のようにマナが舞う中、捕らえ搦めるための呪いの(もや)が突き進む。

 勇者セオはランスで振り払おうとするが、そこに<拘束>はそこに絡みついて動きを止めようとする。


 ミトナがバトルハンマーに持ち換えると、姿勢を低くしながら走り始めた。

 〝獣化”したミトナならば、多少の冷気も気にならないはず。勇者セオを打撃するために接近する。


「セオ君、離れて!!」

「わ、わかった!」


 勇者レンの言葉に、勇者セオがランスを手放した。盾をかざしたままさがっていく。


「僕たちもあれからパワーアップをしている。準備はできた! クロエ君、頼むよ!!」


 勇者レンが空に向かって叫んだ。

 つられて見上げるとそこには氷の鳶が滞空している。どこかで見たことがあるデザインだと思ったら、勇者黒江の〝擬獣化(サモナー)”で創り出された鳥だ。


 氷の鳶の眼が光った気がした。

 空気が震えた。巨大なハンマーのように波紋が広がる。不可視の波が走った。

 それは大質量の物体が、いきなり空間を押し広げて転移してきたが故の現象だ。


 巨大な鎧姿が、空中から産み落とされた。

 ズドォンと重い音を立てて、勇者レンの目の前に着地する。


「あれは――――!」


 見覚えがある。王城のゴーレム研究所の最奥。あの時はまだ未完成だった。


「統括ゴーレムじゃな……! ほう、稼働しておるか!」


 ミオセルタが楽しそうな声を出した。

 完成した統括ゴーレムはかなりの威圧感があった。統括ゴーレムは右手に鎖付き鉄球、左手に巨大な剣をそれぞれ構える。

 その巨大な鎧姿の頭上から、勇者レンが顔をだした。どうやら背部に足場があるらしい。そこに乗っているのだ。


 なるほど、これが切り札ってわけか。

 だが、灰竜(アシュバーン)ほどのプレッシャーは無い。


 勇者レンがにやりと笑う。策が上手くいった時に浮かべる、会心の笑み。


「マコト君……ッ!」

「ニイさん、まだ来るで!!」


 ミトナの言葉にハッと我に返る。

 振り返るとフィクツとミミンが耳をすませるようにしてそばだたせていた。空気の揺らぎを感じている。


 ゴーレム研究所で開発されていたのはこの巨大なゴーレムだけではない。

 そもそも、〝統括”とは、何をまとめ統べるものなのか。


 直後、空間を押し分けて大量のゴーレムが転移してきた。

 大人ほどの大きさの、鎧と剣で完全武装したゴーレムだ。なんの障害もなく、目の前に整列、展開した状態で出現した。


「な……ッ!?」


 俺は氷の鳶を仰ぎ見る。<空間転移>させているのはこの場にいない勇者クロエ。


 まさか、あの鳶から見えているのか!?


「クソッ!」


 俺は<氷刃(アイシクルエッジ)>を起動すると氷の鳶を撃墜する。撃墜と同時に、ゴーレムが転移してくるのは止まった。どうやら予想通りらしい。

 だが、すでに大量のゴーレムが軍勢となって目の前を埋め尽くしていた。

 大量のゴーレムは隊列を整えると、一斉に刃を立て、剣を構えた。まさに全体で一個の意思持つ軍勢。


「これ、全部ゴーレムなのか!?」

「その通りですよ!! ふふっ! どうです。これが僕たちの力です!」


 勝ち誇る勇者レン。その傍には勇者セオの姿。

 圧倒的な戦力差。統括ゴーレムを遠距離から魔術で狙撃しようにも、あの盾によって阻まれるだろう。



「――――よかった」



 俺が呟いた言葉に、勇者達の顔が怪訝なものになった。

 俺の顔に笑顔が広がる。


「全部、無人兵器ってわけだ」


 ――――複合魔法陣(トライアドスペル)。 


 整列して剣を構えるなど、恰好をつけている間に練り切った術式が起動する。

 掲げた手の先、三枚の中級魔法陣が三角形を描く。

 俺からのマナの後押しを受け、一際強く輝く。


「な――――何だよソレぇ!?」


「盾、しっかり構えておけよ? ――――<氷閃刃(アイシクルレイザー)>!」


 思いっきり撃った。

 出現した氷剣は、一瞬で音速まで到達。衝撃波を放ちながら武装ゴーレムに喰らいついた。

 推進のための<りゅうのいかづち>が、さながら箒星のように尾を引く。


 触れたゴーレムは凍結して破砕。そこからまるで洪水のように氷結の爆砕が伝播していく。

 まるで暴れる竜。一直線の青色の光は、全てをぶち抜いて直進する。爪に触れれば無事では済まない。


 動く暇などない。悲鳴を上げる暇も。

 <氷閃刃(アイシクルレイザー)>は瞬時に勇者セオの盾まで到達。自分から盾に命中して砕け散る。


 残った衝撃波が統括ゴーレムと勇者達を叩いた。勇者セオは吹き飛び、統括ゴーレムはぐらりとバランス崩して倒れる。


 武装ゴーレムの軍勢は、完全に撃滅されていた。

 沈黙が辺りに重くひろがる。誰も、何も言わない。

 喋ったら死ぬかのような雰囲気の中、聞き覚えのある声が響きわたった。


「こ、これは一体何事だ――――ッ!?」

「あ、マースさん」


 先ほど見た顔だ。魔術騎士団銀騎士(シルバー)のマースが、驚愕の表情でそこに立っていた。後ろには部下と思しき集団もちゃんと居る。

 どうやら俺達が戦っている間に到着したらしい。気が付かなかった。


 銀騎士マースの眼が、倒れた勇者たちを捉えた。


「ゆ、勇者様――――!?」

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