第181話「王都動乱」
いきなり歓声があがった。
わあああっというその声は、街の人からだ。
「助かった!」
「今の見たか!? すげえ! ドラゴンが一撃だ!」
「あの人がいれば大丈夫よ!!」
「魔術騎士団の人に違いない。見たことあるぜ!」
興奮した街の人は適当なことを叫んでいる。
あれだけの魔術戦をやったのだ。見られていて当然だろう。それも俺が倒していなければ、街の人たちは死んでいたわけだし。
口ぐちに言われる感謝の言葉に、微妙に恥ずかしくなってくる。少しは考えたが、街の人を助けるために戦ったわけではないしな。
集まってくる人の波に、身動きが取れなくなっていく。なんとかミトナを隣に、倒した魚竜人を捕まえると立ち尽くす。
その時、人だかりの向こうから鋭い声が響いた。
ざっと左右に人垣が割れ、道が造られた。開けた視界に見えたのは、騎士団制服に身を包む一団だった。
防御力を重視した全身鎧より、動きやすさを重視した軽鎧。このデザインには見覚えがある。
バルグムの駐屯騎士団第三部隊の制服だ。
ということは、こいつら魔術騎士団ってやつか?
先頭に立つのは額に十字傷のある男だ。魔術騎士というやつだろう。その振る舞いは高貴さと威厳がうかがえる。魔術騎士がよく通る声で街の人に問いかけていく。
「なんだこの人だかりは。このあたりにドラゴンが出たと聞いた! 何があった!?」
「この人が倒したんだよ」
「そうだよ!」
街の人が俺とミトナを指さす。
あまり目立ちたくはないんだが、逃げる隙間もない。しょうがなく苦笑いしながら魔術騎士と向き合う。
魔術騎士は部下と何事かを話したあと、驚いた顔で俺たちを見た。
俺の足元に転がる魚竜人を見つけると、数人がすぐに確保する。この国の守護機関に逆らうつもりはない。特に思い入れもないので魚竜人を引き渡す。
連行されていく魚竜人と入れ替わるように、魔術騎士が前へと出てきた。額傷の人がどうやらこの集団のリーダーらしい。
「灰竜の撃墜は確認していた。貴公らが倒したのか?」
「まあ、な。そういうことだ」
「ふぅむ……。トドメの魔術。すさまじい威力だった……」
思い出すかのように何度か頷くと、唐突に魔術騎士は俺達に軽く一礼した。
「街の者を守ってもらって感謝する! おかげで被害が少なく済んだ……」
俺は驚いた。何か難癖つけられると反射的に思って身構えていたからだ。魔術騎士の厳つい顔から出たまっすぐな感謝の言葉は、俺の胸にすっと届いた。
硬直していた俺の背中をミトナがやさしく叩く。
「よし、このあたりの救助活動を行え、剣の騎士どもが戻ってきたときに仕事を残してやるなよ! かかれ!」
魔術騎士は後ろを振り返ると、ビシッと号令をかける。一斉に返事をした部下たちは、救助活動へと散っていく。魔術師のはずだろう集団だが、その身体はそのへんの冒険者以上に鍛えられているように見えた。
指示を出した魔術騎士はその場に残る。
救助活動を始めた騎士たちの邪魔をしないようにと、集まっていた街の人たちが少しずつ散っていった。
「ひとつ聞いていいか?」
「褒賞のことだろうか? それなら今は確約できないが、後ほど……」
「違う。灰竜は一匹じゃなかったはずだ。王城の方にも行っただろ。残りはどうなったんだ?」
魔術騎士が目をぱちくりとさせた。
褒賞とかはどうでもいい。今はさらに攻撃があるのかどうかが気になる。王城も直撃を受けていたように思うし。こんなところにこの人が居てていいのか?
「残り四匹の灰竜は我々魔術騎士団が全て倒した。安心されよ」
今度は俺が驚く番だった。
あれだけ苦労した灰竜。それも四匹を迎撃したという。やっぱり俺の魔術もまだまだということか。
「しかし、お二人で倒すとは、さぞ名のある魔術師殿でしょう。ぜひ名をお聞きしておきたい」
「あ、いや……」
俺は言いよどんでミトナと顔を見合わせた。
「失礼した! お名前を聞く前に自分の名前を述べるべきでしたな。私は魔術騎士団所属、銀騎士のマースと言う者です」
その逡巡を魔術騎士は別の迷いと受け取ったらしい。マースはビシッと姿勢を正す。
いや、そうじゃないんだけどな……。
「ん。わたしはミトナ」
「ええと、マコトと言います」
ミトナが自己紹介したので、しょうがなく俺も名前を言う。アキンドを名乗ろうにも<ばけのかわ>は使ってないし。
魔術騎士マースは名前を覚えるように、声に出さず口の中でかみ砕く。やがて名前を覚えたのか、マースは魔術と灰竜の攻撃で壊れた一帯を見渡した。
「これほどの魔術の技巧、魔術騎士団に入隊するつもりはありませんかな? 魔術騎士団の訓練を受ければ、さらに魔術の腕は伸び、新たな魔術も覚えていくと思われる」
魔術の腕を認めてもらえるのは単純に嬉しい。
一瞬考えたが、俺は首を左右に振った。
魔術騎士団で魔術について学べば、たしかに技術は向上するだろう。
だが――――。
「魔術騎士団に所属すれば、戦争にも兵として出なければならないだろ?」
「そうですか……。わかりました。今一度、協力していただいたことに感謝を!」
マースが敬礼する。額の十字傷といい、強面のわりに真っ直ぐな人だ。
もう話すことはない。
アルドラに任せたフィクツとミミンのことも気になる。俺とミトナはルマルの店に向かうことにした。
装備を確認し、歩き出そうとした俺達に、マースが声をかけた。
「南部との戦争も、すぐ終わると思われますよ」
「え……?」
「教皇様が戻られましたからね。では!」
教皇。
聞いたことのない言葉を胸の中で転がしているうちに、マースは部下が働いているところへと駆けていく。
「ん。行こう? マコト君」
「……わかった」
俺は肌寒い風が吹く空を見上げた。何かが動いている気はするけれども、像が見えない。気持ち悪い思いを抱えながら、俺はミトナに促されて歩き出した。
ハスマル商店王都支部に、到着するころには町は少しずつ落ち着きを取り戻しているように見えた。
ハスマル商店の入り口に、門番よろしくアルドラが伏せている。乗せたフィクツとミミンは姿が見えない。
(アルドラ、二人は?)
(――運ばれた)
とりあえずは無事らしい。ほっと一安心する。
商店の中では、すでにみんなが集まっていた。
ルマルが俺達に気付いて駆け寄ってくる。その後ろからコクヨウとハクエイが歩いてきていた。奥にはガロンサの姿もある。
「マコトさん! ご無事でしたか」
「そっちこそ、無事でよかった。フィクツとミミンもここに着いたみたいだな?」
「ええ。怪我はそれほどでもないのですが、衰弱していましたので今は奥で休んでもらっています」
コクヨウが補足説明をするのを聞きながら、俺達は店の奥へと案内された。さすがにみんなが居るようなところで細かい話はできないのだろう。
商談ができそうな小部屋へと通される。
「灰竜が街にも降りたと聞いて、心配していましたよ」
「確かに倒すのは苦労したな、灰竜」
「え? 倒した!?」
「ん。倒した!」
驚くルマルに何故かミトナが自慢げにピースする。
ルマルは驚いた顔をすぐにひっこめると、呆れた顔になっていく。
「蟲竜ともやりあっておられたマコトさんですからね……。規格外なのが普通なのでしょう」
「どういうことだよ……」
「いえ、そんなことを言っている場合じゃないのです」
ルマルは俺の言葉をぶった切ると、強く言葉を重ねてきた。
どうやらとても興奮しているらしい。
「マコトさんは剣聖が反逆者として秘密裡に拘束されていることをご存じですか?」
「うん。知ってる。むしろ捕まるように仕組んだの俺だからな」
「…………」
なんだかルマルが俺を見る目が痛い。
ルマルはため息を一つ吐くと、俺の言葉を無視して話しはじめた。
「王城地下牢に幽閉されていた剣聖なのですが、さきほどの灰竜襲撃のどさくさにまぎれて、牢屋から脱出、行方をくらませたようなのです」
エリザベータが、逃げた?
まあ、あの身体能力なら逃げることくらいはやってのけるだろう。
だが、ルマルが続けて言ったことは、俺の予想の外だった。
「逃げただけならいいのですが、どうやら剣聖は王女を人質として連れ去ったらしいのです」
「――――はァ!?」




