第180話「複合魔法陣」
俺の迷いを隙と見たか、旋回する灰竜は軌道を変えた。
一声咆え、鋭角に曲がると急降下。全身の体重を使ったプレスを仕掛けてくる。間一髪避けたものの、灰竜の体重を受けて屋根が崩れた。
身体が傾ぐ。
「ちょッ！？」
叫ぶが状況は待ってくれない。
魚竜人が走りだした。崩れていく屋根など気にもしない。揺れるドラゴンの上に比べればどうということもないということか。
対するミトナは体勢が崩れていた。魚竜人が槍を振りかぶる。
させるか――――！
脳みそが沸騰しそうなほど稼働する。＜空間把握＞で取得した空間情報をもとに、最短コースを把握。踏めそうな足場を理解。
＜身体能力向上＞で強化された身体能力で身体を動かす。＜浮遊＞によって軽くなった身体は、足場に強度が少しあれば踏み込める。
「――――ッ！」
魔術は無意識で出た。手の先に魔法陣が灯る。＜氷刃＞。
手から放たれた氷の短剣は、魚竜人の槍を防ぐことに成功した。魚竜人は大きくその場を飛び退く。
灰竜がブレスを溜める音が聞こえる。俺とミトナをまとめて焼くつもりだ。
俺は振り向きながら灰竜に向かって咆えた。
「ガアアアアアアアアアア――――ッ！！！」
＜りゅうのおたけび＞は、＜たけるけもの＞よりはるかに威力があった。宙を舞う屋根の欠片などは吹き飛ばし、咆哮の衝撃が灰竜に向かう。
ブレスの発射体勢に入っているため、回避や相殺はできない。そのまま命中する。
だが、灰竜は＜りゅうのおたけび＞の行動阻害をものともしなかった。効果がない。
灰竜からブレスが放たれた。
「ん――――ッ！！」
俺に迫る赤黒い炎。
無理な姿勢から、ミトナがブレスを迎撃した。＜くまの掌＞がブレスを打撃して散らした。だが、その勢いを受けて、ミトナの身体は地面に叩きつけられた。
「ミトナッ！？」
「だい……じょうぶッ！」
俺は拡げた両手の先に魔法陣を割り砕き、＜雷撃＞で魚竜人と灰竜の両方を牽制する。
ミトナの傍に降り立つ。打撲はありそうだが、まだ動けるようだ。俺はほっとする。
助け起こすまでもなく、立ち上がるミトナ。
ぐるるる、という灰竜の唸り声に俺は再び注意をドラゴンに戻す。
バトルハンマーを構えたミトナと背中合わせになった。
「マコト君、どうしよう」
顔を見ずともわかる。こんな状況でもミトナは俺を信じている。
疑うことを知らないようなその声は、俺がなんとかすることを思っているのだ。
「ちょっと、試してみるか……。ミトナ、少しの間頼む！」
「ん！」
俺達の動きにぴくりと灰竜が反応した。翼で空を打つとロケットのように上昇、再び空に舞い上がる。
「予想済みなんだよ！ ――――＜氷刃・八剣＞！！」
俺の周囲に三つの中級魔法陣が起動、即座にマナの飛沫になりながら八つの氷剣を生み出した。
「行けッ！！」
射出した。
まるでミサイルのように、初速から最高速。風を生みだし、空気を切り裂きながら宙の灰竜に迫る。
灰竜が身を捻る。蛇がのたうつように尻尾がうねった。直線を描いて飛ぶ氷剣を回避する動きを見せる。
魚竜人が鼻で笑うのが聞こえた。
「雷の魔術すら避ける我が竜よ、その程度の魔術が通じるものか」
「それは、どうかな」
「――――なッ！？」
氷剣は曲線を描いて再び灰竜を狙っていた。回避のための空中動作をしても、しつこく氷剣は追いすがる。まさにホーミングミサイル。
さっきの＜りゅうのおたけび＞は効果がなかった。だが、命中はしていた。
命中すると同時に、合成した＜印＞を叩き込んでいたのだ。
これでしばらくの間、氷剣は灰竜を狙い続ける。中級魔術をありったけ凝縮した氷剣だ。命中すればその鱗にも刺さる。
俺はマナを練り始めた。
ここで、灰竜は撃墜する！
「くっ……！？」
焦った声をあげたのは魚竜人。俺を狙おうにも、ミトナが立ちふさがる。
穂先をがむしゃらに繰り出すが、多少の傷を受けてもミトナは引かない。引くわけがない。
＜くまの掌＞が、魚竜人を弾き飛ばす。ダメージは受け流されたが、距離を空けることに成功。
魔術は、自由だ。
そのリソースを振り分け、自分の望むようにカスタマイズする。
同時起動で使える魔法陣は三枚。形を造ること、操作のしやすさを考えると選択は＜「氷」中級＞一択。
威力を考えて合成呪文は＜りゅうのいかづち＞。
「――――――」
マナを練り、術式を組み立てる俺の口から、何かの音がこぼれ出る。
イメージするのは一撃で仕留める氷の刃。
「＜氷閃刃＞」
巨大な魔法陣が――――起動した。
魔法陣は三枚同時。陣の一部を接触させ、三角形を形作る。
三枚で一枚の機能を果たす、複合魔法陣だ
俺はこれから起こることを知っている。急いで耳を押さえると、ミトナの耳も押さえるよう指示する。
中級魔法三つ分のリソースをぶちこんで創り出したのは、刃の長さ二メートルほどの氷の長剣だ。
それが俺の目の前で滞空する。
直後、空気が破裂した。
三倍の＜りゅうのいかづち＞を全て燃料に使い、爆発的な推進力を得た氷の長剣が視界から掻き消える。
拡がった衝撃波に、俺の身体がよろけた。
氷の長剣は空を切る。あまりの高速に、青色の光線のように見える。
＜氷刃・八剣＞を避けようとしていた灰竜は、もはやどうすることもできない。
氷の長剣は最速で目標まで到達。接触と同時に目標を氷結、衝撃で粉砕した。
苦悶の声すら上げられない。ぐるんと灰竜の眼が裏返る。
貫通した氷の長剣が彼方へと消えていく。吹き散らされた赤色の氷がばらばらと地上へと降り注いだ。
ぐらり、と揺れた灰竜の体躯から力が抜ける。
大穴を身体に空けた灰竜が墜落していく。いくつか向こうの通りに、その身体が堕ちた。もはや生きてはいまい。
「な……。な……！？」
魚竜人の呆然とした声が聞こえた。
「討たれる覚悟はできていた。だが、これほど……なのか！？」
魚のような顔からは気持ちは読み取りにくい。だが、その絶望の色は見えた。
魚竜人は槍を構える。まだ気持ちは折れていない。
「まだやるのかよ。ドラゴンは墜としたぜ？」
「命の最期まで！」
地を蹴り、瓦礫を撥ね飛ばしながら魚竜人が疾駆する。
ミトナのバトルハンマーの一撃を沈み込んで回避、通り過ぎて俺を狙う。
「オマエだけは――――ッ！」
突き出した槍の穂先を潰すように、上空から＜氷刃・八剣＞が降り注ぐ。
槍は完全に使い物にならなくなり、氷剣のうち一本は腕を貫通。地面に縫いとめる。
「――――＜フレキシブルプリズム＞」
俺がかざした掌から、＜麻痺＞＜困惑＞＜睡眠＞＜りゅうのいかづち＞の【合成呪文】があふれ出す。
状態異常の雷撃が魚竜人の意識を一撃で刈り取った。
倒れた魚竜人を見ながら、俺は一息ついた。ミトナが近寄ってくる。
「一体、なんだっていうんだよ……。ルマルの方は大丈夫なのか……？」
