第18話「前触れ」
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しばらく待っていると、身体のだるさが取れてくる。
ベルランテ東の森、その深部に俺は居た。
覆面の襲撃者が戻ってくるかと心配もしたのだが、どうやらその気配も無い。
俺はケイブドラゴンの死骸のそばで、いまだ座り込んでいた。
なんとかケイブドラゴンを倒したけどさ。これ、どうやって持って帰ればいいんだ?
せっかくの素材は無駄にしたくない。グローブだけで1000シームしたのだ。まるまる1頭だとどれほどの価値になるか。換金もいいけど、ウルススさんに作ってもらえば、いろいろできるんじゃねえか?
「マコト! 大丈夫か!?」
「助けに来たでござるよ!」
そこに飛び込んでくるレジェルとハーヴェ、少し距離をあけて弓を構えるシーナさんの姿も見える。どうやら俺が逃げ遅れたと思って助けに来てくれたのか。やっぱり良い人たちだな。
「……って……何だそりゃあ……」
レジェルが足を止めて絶句した。倒れているケイブドラゴンと、俺を交互に見る。ハーヴェとシーナさんもぽかんと口をあけて俺の方を見ていた。
「なんというか……倒した?」
「ええええええええええ!?」
ベルランテ東の森に、3人分の驚愕の声が響いた。
そこからの動きは速かった。ハーヴェが覆面の死体を調べ、クーちゃんとレジェルが辺りの警戒。シーナさんと俺がケイブドラゴンの解体にあたる。
俺が倒したから全部俺のだ!と言いたい気持ちはあったが、こんなでかいのを1人で解体しきれないのと、倒せたのはシーナさんが投げた『何か』の効果でケイブドラゴンの動きが鈍ったおかげだからだ。
「そういや、シーナさん。ケイブドラゴンに投げたのって何?」
「あれ? ああ、ヴェフラーっていう蟲型魔物の死骸なんだけどね。危険が迫ると大音量とすごい匂いを撒き散らして逃走するんだよ」
スカンクみたいなものか。蟲でそんな器官があるってのもすごい話だな。
「うまく倒すとその器官だけ剥ぎ取れるんだよ。それを加工した道具なのよ。聴覚と嗅覚を奪うから、大型魔物への有効策の1つなの」
「へえ」
驚いた。そんな便利なものがあったのか。というかそういうものをいざというときのために備えているっていうのは、さすがだな。いや、この2人ってもしかして、そういう大型魔物も倒す実力者なのか?
「ヴェフラ球という名なのでござるが……ちなみに、とても 高 価 でござる」
……。
「素材、山分けにしようか。」
「悪いな、マコト」
「ありがとう、マコト」
頭部の切り離し。牙、舌などをまるごと確保。巨大な身体の皮を剥ぐ。身体からは他に爪、肉を保存。
しかし、大事なのは皮だ。
「レジェル、シーナさん。できれば皮は全部くれないか? 代わりに他の素材はもらってくれていい」
「いいわよ。実質倒したのはマコトよね。だから誰も文句は言わないわよ」
ラーニングがある俺にとって、いかに魔術を生身で防ぐかが重要になってくる。魔術防御の高いケイブドラゴンの皮は譲れない。レジェルとシーナさんに頼んで、皮はすべていただく。かわりに頭部や爪を進呈した。
素材確保が一息ついたころ、ハーヴェが検分を終えて戻ってきた。いや、お前よく死体を詳しく調べて「うっ」てならないな。
「ハーヴェ。何かわかったか?」
「襲ってきたのはやはり獣人でござる。狼の獣人とはこのあたりでは珍しいでござるなあ……」
俺が聞くとハーヴェは腕組みをして考え込んだ。やっぱり獣人か。
「それ、何で襲ってきたかとかは?」
「いや、そこまではわからないでござる。すまないでござる」
「駐屯騎士団に知らせておいたほうがいいかな?」
「そうでござるなあ。」
シーナさんが会話に入ってくる。他にもああいった奴らがいるなら、ベルランテの治安を守っている駐屯騎士団に動いてもらったほうがいいか。素材の加工や換金、俺たちの安全のためにも、ベルランテに戻ったほうがいいだろう。
「素材のこともあるし、一度ベルランテへ戻ろう」
「そうだな。オレも賛成だ。これ以上とどまると、魔物が集まってくるぞ」
「わかったでござる」
レジェルの言葉に、俺はうなずいた。
ちらりと見るとクーちゃん持ちきれないケイブドラゴンの肉をもりもり食べていた。
解体したケイブドラゴンだが、内臓や持ち帰れない肉の一部はそのままだ。ほうっておかれるこれは魔物が食べたり、腐って養分となって自然へと還る。つまり、このままだと肉目当ての魔物に囲まれてしまうというわけだ。
俺たちはベルランテへと戻ることになった。勝手知ったるベルランテ東の森。辺りが明るくなり、ほどなくしてベルランテに到着することができた。
「レジェル殿、シーナ殿、そしてマコト殿、ここまで感謝でござる。一足先に駐屯騎士団に連絡をしてくるでござるよ」
街についてすぐ、ハーヴェがパーティから外れる。駐屯騎士団になにやらコネがあるらしい。さすが情報屋といったところか。俺たちを残して走り去っていった。とりあえず連絡はハーヴェに任せておけばいいだろう。
「私たちは討伐報酬をもらってくるね。あとでお昼ご飯でも一緒にどう?」
「別にかまわないけど、どうしたんだ?」
シーナさんはにっこりと笑顔でケイブドラゴンの頭部を持ち上げる。
「あの時は聞けなかったけど、コイツをどうやって倒したか、ぜひ教えてね」
「……。」
「大熊屋で集合ね! それじゃ!」
うれしそうに走っていくシーナさん。レジェルは無言で肩をすくめるとその後を追いかけて歩いていった。
切り抜け方は後で考えるとして、とりあえず素材をウルススさんの所に持ち込むとしようか。
店を覚えているのか、入る前にクーちゃんがフードの中に隠れる。苦手意識もっちゃったかなあ。
大熊屋の扉を開けると、いつものカウンターにエプロンをつけた熊の姿があった。入ってきた俺の姿を見ると驚いた顔をする。
「おお。ボウズ、どうしたんじゃ、その素材」
「ちょっと手に入ってね。これで装備を作って欲しいんだ」
俺はどん、とカウンターの上にケイブドラゴンの皮を置く。ウルススさんはすぐに素材の検分を始めた。持ち上げてためつすがめつしながら確認していく。
「コイツぁ、ケイブドラゴンの皮じゃな……。ボウズ、いったいどこでコイツを手に入れたんじゃ?」
「ベルランテ東の森でな」
「森……? ケイブドラゴンは洞窟に棲むと思っておったんじゃが……。まあいいわい。これほどの素材、腕がなるわい! それで、どんな装備を作るんじゃ?」
「そうだな・・。」
とりあえず装備としてケイブドラゴンで一式そろえたいところだ。鎧と靴、頭を保護する防具も欲しいな。そのことを伝えると、ウルススさんは快く引き受けてくれた。
「ミトナと一緒に取り掛かったとしてもじゃ……1週間ほどはかかるのう」
「ありがたい。それと……」
「何じゃ?」
俺はへし折れた『ひのきのぼう』を取り出すとカウンターに置いた。ケイブドラゴンに噛み砕かれて完全に再起不能になっている。
「おお、こりゃあひどいもんじゃ。……役に立ったかのう?」
「ああ、こいつがなかったら勝てなかった」
「そうじゃったか……。」
「新しいやつはないか? できればもうちょっと強いやつで」
「同じやつでいいのか? ううむ……そうじゃな」
それなら、とウルススさんは黒い木の棒を取り出してくる。
「黒金樫の棒じゃ。前より強度は高くなっておる」
前の ひのきのぼう と同じようにきっちりと磨き上げられていて、手になじむ。強度が高いってことは攻撃力も上がってるってことだろう。
黒金樫の棒の代金を支払うとほとんどお財布がすっからかんになってしまった。
ケイブドラゴンの皮防具の加工代が出せない。俺の背中に冷や汗が伝う。
「ウルススさん……つけといてくれませんか?」
「……しょうがないのう。これだけの素材で作る機会もそうあるまい。つけておくから早く稼ぐんじゃぞ?」
「助かる!」
装備を入れ替えたり、維持したりするなら結構かかるなあ。ケイブドラゴンの防具はなんだかちょっと安い気がしたけど、払うためにまた貯金しないとな。宿代は前払いしておいてよかった。
俺はレジェルとシーナさんを待つために店内の商品を物色することにした。
鋼で出来た鎧や篭手、ちょっとつけてみるが結構重い。これを着てしまうと防御力はあがるだろうけど、すばやい動きは出来ないだろう。
棚には多彩な武器も並んでいる。短剣や剣、棍棒、槍など、オーソドックスな武器が並ぶ。
ふと、俺はある武器に目をとめた。
「ウルススさん、これって“杖”?」
俺の手には、あの覆面魔術師が使っていたようなショートワンドが握られていた。ねじくれた木の枝に黄色の水晶玉が嵌まっている。
「そうじゃ、魔術師が使うワンドじゃな」
「へえ……」
ウルススさんが俺の防具の図面を引きながら顔も上げずに答える。
多くあるのは黄色の水晶玉で、何本かは緑色の水晶玉の杖もある。何か違いがあるのか?
「ウルススさん、この杖の使い方は?」
「うぬ? ああ、杖じゃな。使い方といっても、持っておればそれでよいのじゃ」
「装備してるだけでいいのか?」
「うむ。先端についてるマナストーンが、装備者の使用マナを肩代わりするんじゃ。こめられたマナを使い切ったら買い替え時じゃな」
俺はショートワンドに嵌まった水晶玉を改めて見つめる。
これ、マナストーンなのか。あのショートワンド、置いてきたけどもらってくればよかったな?
ガチャリと大熊屋のドアが開いた。レジェルとシーナさんが入ってくる。知った匂いを嗅いでか、クーちゃんがぴょこっと顔を出す。
レジェルとシーナさんはやっぱり既知の仲だったらしいウルススさんに軽く挨拶を交わすと、俺へと向き直った。
「待たせたな、マコト」
「ごめんねー。換金に意外と時間かかっちゃってね」
「何か問題があったのか?」
俺の質問を聞いて、シーナさんがほほをかきながら苦笑いした。レジェルが答える。
「出現時の状況とか、攻撃パターンの情報とか、いろいろ聞かれてな。いや、まいった」
「窓口の彼が『めずらしい事例です。』ってしつこくってね。でも、かなりの大金になったし、お昼は奢らせてよ」
「お、いいのか。ありがたく」
俺は笑顔でシーナさんの奢りに飛びついた。いやあ、お金が減ってる時だから嬉しい。
しかし、俺がお昼を奢ってもらうことは無かった。
突然大熊屋の扉が開くと、ドカドカと数人の男が入ってくる。今にも剣を抜きそうなほど剣呑な雰囲気を振りまいている。
「マコトという冒険者はお前か?」
高圧的な物言いに、俺の眉間にしわが寄る。
え? 何、こいつら。
スッキリしたデザインの白金色に青いラインが入った鎧。いかにも「正義の味方」。こいつら、駐屯騎士団の人らか?
「マコトとやら、貴様に用がある。今すぐ駐屯騎士団まで出頭してもらおうか」
「ちょっと待ってよ! いきなり何なの? 説明くらいしてくれてもいいんじゃないの?」
「黙れ! 冒険者ごときが口出しをするな!」
「何? その言い方……!」
仲介に入ろうとしたシーナさんだったが、騎士団員の態度にキレそうになっている。今にも殴りかかりそうな勢いだ。レジェルがシーナさんの肩をつかんで止める。
「待てよ。ここじゃウルススさんに迷惑がかかる。いけばいいんだろ? 駐屯地に」
「そうだ、最初から言うとおりにしておけばよいのだ!」
騎士団駐屯地か……。なんだか不穏な匂いがする。
ありがとうございました!




