第177話「チート戦術」
ドラゴンが空中から放った弾丸は鉄球だ。
もちろんドラゴンはブレスを吐ける。竜の行使する魔法によるブレスだ。
だが、行使までにはマナを溜めることが必要であり、そのマナの変動により察知される。
よって、鉄球だ。
直径四十センチメートル。一抱えほどもある大きさだ。
それが降下速度を上乗せされて投下された。
五匹のドラゴンが、両の前脚にそれぞれ持った鉄球を放ったのだ。
王都の様々な場所に、鉄球が直撃した。
五発は王城の壁を抜き、残りの五発が王都の市街を直撃する。
激突時の衝撃はどれほどのものか。ぶつかった建物を薙ぎ払い、石壁などまるで豆腐の如く貫通する。
地面に衝突し、粉塵を巻き上げながらクレーターをつくりあげた。まさに人工の隕石。
着弾の衝撃で、内部の爆薬に着火。破片をまき散らしながら、圧縮火薬が爆発を起こす。
襲撃に王城の魔術師が気付いた時にはもう遅い。
ドラゴンを撃ち落とすための雷の魔術や炎の魔術が飛ぶが、もうドラゴンは退避に入っていた。かなりの威力のある<雷撃槍>や<炎杭>が乱れ飛ぶが、もはや後の祭りだ。
空中からの、見事なまでの一撃離脱だ。
退避するドラゴンを、氷の鳶が追っていく。ドラゴンの少し後方で氷の翼が風を切る。
空を行く速度はドラゴンにも引けを取らない。勇者である黒江かなみの放った<擬獣化>で創りだした魔術の獣だ。
「捕らえたし……! このまま追うからね」
「黒江さん、任せましたよ!」
スマートフォンの勇者である高見錬が黒江にそう叫んだ。
「ドラゴンの航続飛行距離がどれほどなのかわからないけど、人を乗せて南部連合から飛び続けるなんてできるはずがないです。近くに発着場なり、簡易基地なりがあるはずです」
ドラゴンも乗っている騎手も生き物だ。王都を攻めるためには、王都を攻められる位置に部隊が展開しているはずなのだ。
そこを潰さないことには、ずっとドラゴンの空中攻撃を警戒し続けなければならなくなる。
錬はドラゴンの脅威を逃がすつもりはなかった。そのまま簡易基地をドラゴンごと叩くつもりだった。
錬の言葉に、黒江は頷いた。
氷の鳶は黒江と視覚をつなげることができる。
<擬獣化>で創り上げた生き物たちは視覚をつなげることができるため、マコトたちの追跡も容易になっていたのだ。
<転移>も<擬獣化>も黒江がこの世界に来たときから使えるようになっていた魔術だ。
二人の様子を見て、盾を構えた瀬尾隆義がまわりを油断なく見渡す。
この世界に来たときにもらった盾は、物理攻撃を無効化する神器だ。鏡のように磨かれた盾面がきらりと光る。
王城に直撃した時に生じた衝撃波と破片は、全て瀬尾の盾で防いでいた。
魔術で追跡を続ける勇者達のもとに、ゴーレム技術者ヴェンシが駆け込んで来た。
「ゆ、勇者様! お待たせしました!」
「ヴェンシさん、準備できましたか」
「ええ! ゴーレムはいつでも稼働可能です」
「よし。研究所に移動しましょう!」
錬、黒江、瀬尾の三人は、ヴェンシに案内されるまま研究所へと移動する。
そこでは稼働準備がすみ、いつでも動かせるようになったゴーレム兵が命令を待っていた。
すべてが装備に身を包み、ずらっと整列している姿はまさに威圧感がある。
研究所の奥に、巨大なゴーレムが存在した。
太い腕や脚。全身鎧に身を包んだその姿は、マコト達が見た時とは違って完成の域に達していた。
全てのゴーレムに命令を下せる、統括ゴーレムだ。
このゴーレムを介して、全てのゴーレム兵を操ることができる。
錬はゴーレムの前に立つと、その胸元からネックレスを取り出した。大き目の勾玉がついたネックレスも神器であり、勇者錬にあふれるほどのマナを提供するマナ貯蔵庫。
ありあまるマナを利用して、統括ゴーレムを錬が動かすのだ。
ゴーレムの背部に設置された足場に乗り込むと、錬はゴーレムの核に触れた。
ヴェンシが様々な計器をチェックして、ケーブルのようなものを錬のネックレスとつなげた。
「よし、これで統括ゴーレムに命令を下せます。ただ、対ドラゴン装備はまだできておりません。ドラゴンと交戦するのは避けたほうがよろしいでしょう」
「うん。ありがとうございます。ヴェンシさん」
ハッと黒江が顔を上げた。
ドラゴンが降り立つ簡易基地を見つけたのだ。
「――――見つけたし! ドラゴンはまた飛び立ったみたい」
「よし、行こう! 黒江さん、瀬尾くん!」
勇者三人の顔が引き締まる。
朗々と黒江の呪文詠唱が響きはじめた。
ドラゴンの制空権は確かに恐ろしい。だが、ここには空間を無視して移動できる魔術師が存在する。
「<転移>!!」
黒江の叫びと同時、部屋中のゴーレム兵の足元に魔法陣が生じた。
統括ゴーレムと二百五十体のゴーレム兵。それに加えて勇者三人は、空間も距離も無視して、ドラゴンによる航空攻撃を支える前線基地へと<転移>した。
前線基地の端へいきなり出現したゴーレム兵に、南部連合の兵は呆気に取られた。
警戒のための鳴子も、監視のための人員も意味を為さない。
「戦略ゲームは得意なんですよね……!」
勇者錬が統括ゴーレムを通して、ゴーレム兵の一部に命令を送る。防衛と攻撃に振り分け、一糸乱れぬ動きで、鎧を纏った人形が走り出す。
慌てて守りを固めようとするも、錬の指示で黒江が裏側や側面にゴーレム兵を<転移>させる。
高所の見張り小屋の中にも、<転移>したゴーレム兵が出現して剣を振るう。
かろうじて放った矢や鉄球も、勇者瀬尾の盾に阻まれ、錬や黒江まで届かない。
「南部戦線も、ゴーレムがあればもっと速く決着がついたと思いますね」
「っと! まあ、いいだろ。これから使えばよ!」
楽しげに錬が言うのに、瀬尾が応えた。
チート戦術。
ゴーレムを併用することで、地形や陣形を無視して兵力を派遣できるのだ。
瞬く間に勇者達は前線基地を制圧していく。
その時、空を打つ羽ばたきが聞こえてくる。ドラゴンだ。
五匹のドラゴンが異常を感じたのか、戻ってきていた。
その口には煌々とブレスのためのマナが蓄えられている。
「ドラゴン……ッ! 黒江さん、<転移>を!」
「わかってるし……ッ!」
統括ゴーレムを目標に定め、ドラゴンがブレスを吐いた。
小型の太陽のような、赤黒い炎塊が恐ろしい速度で吐き出される。
「狙いがわかってるなら、難しくねえ!」
瀬尾が射線に飛び込んだ。盾の表面に魔法陣が浮かび上がり、ドラゴンブレスを無効化する。
ドラゴンに動揺が走った。防がれるにしても、理不尽だ。
大きな隙に、黒江の詠唱が完了した。
「いくよ! <転移>!!」
そのまま王城へと<転移>する。
前線基地に大打撃を与えた勇者達とゴーレム兵は、忽然と姿を消した。




