第176話「陽動作戦」
二度目の王都。俺達が出国した時と違い、だいぶ荷物のチェックは厳しいものになっていた。俺とミトナの入国は、置いてきた護衛の人と入れ替わることで何とかクリアしたくらいだ。
ルマルの表情が曇る。普段とは違うのだろう。なんだか門兵がピリピリしている。
「普段よりチェックが厳しいですね」
「俺達が王都を出る時にはここまで厳重じゃなかったんだけどな……」
「ん。そうだね。何か、あったのかな……?」
ひそひそと話していると、門兵が縛って転がしてあった襲撃者のリーダー格を見つけた。
門兵にルマルが呼ばれた。
「何だコイツは!?」
「荷馬車を狙って襲ってきた賊です。王都騎士団を呼んでいただけますか?」
「〝また”か……!」
『また』って言ったぞ今。
俺達の視線を受け、門兵は叫んでしまったことを誤魔化すように何度か咳払いする。
「いやなに、撃退したというのは初めてだが、謎の賊に襲われたという話が何件か来ていてな。騎士団が調査と迎撃にむかっているのだ」
つまり、俺達が襲われた以外にも、他の場所で同じような襲撃が起きているということか。
王都に繋がる道は北の一本だけではないわけだし。
「もしかすると、呼びにいったとしてもかなりの時間待たせるかもしれんな」
門兵は縛られて意識がない襲撃リーダーをちらりと見た。
今は気絶しているが、時間が経てば目が覚めてしまうだろう。
「待たせる場所があるわけでもないしな……。すまんが、騎士団までコイツを直接運ぶことを頼めるか?」
「まあ、それは構いません。もともと事情の説明のために騎士団までは着いていくつもりでしたし……」
ルマルが同意を求めるようにちらりと俺を見る。問題ない。俺は頷いた。
俺が居るなら、目覚めかけた時に<睡眠>と<困惑>を掛けることができるだろう。
「では、そのようにさせていただきます」
ルマルが深々と頭を下げた。どうやら荷物の検査も問題なく終わり、俺達は王都へと入ったのだった。
王都へ入ると、ルマルは荷物を積んだ馬車を部下に任せると、個室付き馬車を残した。どうやらこれで騎士団まで移動するらしい。
アルドラは目立つが、何かあった時のための機動力だ。一緒に行動することにする。置いて行かれないのが嬉しいのか、心もち嬉しそうな感情が伝わってくる。
「それで、御者も全部いなくなったわけだが、大丈夫なのか?」
御者も全て降りてしまい、馬車と俺達だけが残されていた。アルドラの騎乗はある程度アルドラが意思を汲んで行動してくれるので可能なだけで、馬を御することなんてできそうにない。
「大丈夫です。もう少しでコクヨウとハクエイが来ますので。合流しましたら騎士団に向かいましょう」
なるほど。それなら安心だ。
しかし、馬車の操縦までできるとは、本当にすごいな、コクヨウさん。
しばらく待つとコクヨウとハクエイの二人がルマルを迎えにやってきた。
「ダナカーンの賊とは予想外でしたが、アキンド様が戻ってこられるのは、なんとなく予想していました」
コクヨウとハクエイは俺とミトナの姿を見ても驚いた様子はなかった。ルマルから経緯を聞くと、いつものように頷く。
そのまま御者台に乗り込むと、馬車の準備を整えた。
「では、騎士団へ向かいます」
騎士団は王城のすぐそばに敷地が存在する。その広さは奉剣騎士団本部よりもふたまわりほど大きい。敷地の一部は王城と重なっていて、有事の際には王城の守りも固められるようになっているのだろう。
その騎士団も何だか慌ただしい様子になっていた。
鎧を着込んだ兵士の一団がルマルの馬車とすれ違う。どうやら街路の防衛に出る兵のようだ。
「これは……。予想以上の事態のようですね」
連絡窓から覗いていたルマルがぽつりと呟いた。その顔は暗いものになっていた。
南部連合ダナカーンによる輸送路襲撃が本格的なものになっている。勇者という個人がいくら強くても、襲撃場所を複数にされてしまえば、対処することができなくなる。
「騎士団が出れば襲撃は防ぐことができるとは思いますが……」
確かに、襲撃者は数は揃えているが、完全武装した騎士団の兵が来ればやられてしまうぐらいのものだ。
馬車が徐々に減速し、やがて停車した。連絡窓からコクヨウが顔を出す。
「ルマル様、到着いたしました」
「ありがとう、コクヨウ。それじゃ、ちょっと行ってきます。マコトさんとミトナさんは少しお待ちください」
「ついていかなくても大丈夫か?」
「コクヨウとハクエイもいますので。それに、騎士団の兵もいますしね」
「そっか。わかった」
コクヨウが気絶したままの襲撃リーダーを担ぐ。ルマルを先頭に騎士団の施設の中へと入っていった。
馬車の中には俺とミトナが残される。アルドラは馬車の近くでくつろいでいる。連絡用の窓からクーちゃんが入ってくると、ミトナの膝の上で丸くなった。
「残してきた人たちも気になるし、北にも早く騎士団の人に行ってもらいたいもんだな」
「ん。そうだね」
ミトナがクーちゃんを撫でながら同意する。
武装は解除して縛ってあるとはいえ、心配なものは心配だ。
「しかし、なんだろうな。いきなり輸送路の襲撃だなんて。南での戦いは勝ったはずだろ?」
むしろ勝ったからだろうか。ダナカーンもなりふりかまっていられなくなったということなのか?
俺の呟きに、今まで沈黙を保っていたミオセルタが声を出した。
「確かに鉄が少ないとはいえのう。輸送路を襲撃したくらいですぐに枯渇するわけではあるまい」
「まあな、長期的な計画か?」
「ん……。そのわりには、馬車を使ったりとか、準備がしっかりしてあったよ」
「じゃあ、やっぱり陽動作戦か何かか? 騎士団を外に引き付けることが目的?」
王都の守りが薄くなることで、できることは何か。
やはり、ウトガルト王か勇者の暗殺、というところだろうか。
ピクリと、クーちゃんが耳をそばだてた。
いきなりミトナの膝の上に立ち上がると、屋根を見る。
いや、屋根じゃなくて、もっと上の方を見ている。
――――何か、いる。
俺の全身が総毛立つ。
背骨に氷を突き刺されたかのような悪寒。どっと噴き出す冷や汗。
俺は思わず馬車の外に出た。
空を見上げる。<空間把握>の範囲外。だが、確かに何かが、居る!
ぽつぽつと小さな点が見えた。鳥の様に微妙に旋回軌道を描く生き物だ。編隊を組んで飛ぶその姿は、まるで渡り鳥のようだ。
だが、ただの鳥にこんな悪寒は感じない。
飛ぶ生き物は、急降下をしてくる。ぐんぐんと大きくなるにつれ、その姿がはっきりとわかる。
鳥じゃない。
巨大な体躯。長い首。蜥蜴のような頭。長く太い尻尾がたなびいている。
全身を覆うのは硬さを感じさせる灰色の鱗。
その姿はまさに、伝説の生き物としてふさわしい威厳を持っていた。
悪寒を感じて当たり前だ。
あれは――――ドラゴンだ。
強靭な翼がすぼめられた姿は、降下姿勢。どれほどの速度が出ているのかわからない。
だが、編隊を維持したまま降下してくる姿は、訓練された戦闘機のように見える。明らかに訓練を積んだ動きだ。
「まさか……」
「マコト君、あれ、誰か乗ってる!」
いつの間に馬車の外に出たのか、獣化したミトナが空を見て叫ぶ。
ドラゴンが空中から降下の勢いそのまま、何かを投下した。そのまま上昇に移る。
投下された十にも及ぶ弾丸は、勢いを増して落下した。
ドラゴンを利用した高空からの襲撃。
王都に――――着弾した。




