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第175話「南部連合ダナカーン」

 ガロンサ達を筆頭に、護衛の人たちは殺された仲間たちを回収していた。

 俺は何とも言えない気持ちでその様子を眺めている。


 死んでいる彼らの傷口からは、すでに血は流れ出ていなかった。丁寧に血をふき取ると、その全身を布で包んだ。荷馬車から担架を持ってくるとそこに載せられる。

 さすがに荷物と一緒には載せられないが、彼らも家族の下へと帰してやらないといけない。このまま王都まで一度はこび、そこから別便で輸送するようだ。


 倒れ伏した襲撃者たちは、護衛の人たちの手で捕らえられた。

 ほとんどが俺の魔術によって行動不能だ。眠り込んでいるもの、<困惑(コンヒューズ)>のせいで朦朧としたり恐慌状態に陥っている者など様々だ。<氷刃(アイシクルエッジ)八剣エイス>によって重症の者もいるが、命までは奪っていない。

 護衛部隊の一人が、怒りの形相で拳を強く握りしめた。


「こいつら、殺してしまいましょう……! 隊長!」

「俺たちは軍隊でも騎士団でもない。無抵抗な者を殺すな。こいつらは王都に引き渡す」


 そう言ったガロンサの顔も能面のようだった。その内部ではどんな気持ちなのかはわからない。


「とは言え、連れて行ける人数でもないしな……」


 確かにガロンサの言う通りだ。荷馬車を王都に届けるのが先決。この先王都まで、護衛部隊は護衛を続けないといけない。自分では動けない人間を連れていくことはできない。


「悩んでいるところちょっと悪いが、教えてほしい。〝南”の者って言ってたけど……」

「アル・シャガと叫んだのは聞こえたんじゃないか?」


 そういえば最後の突撃の時に、リーダー格の男が叫んでいたような気がする。


「王都グラスバウルと戦争状態にある、南の国〝ダナカーン”の指導者の名前だな」

「〝ダナカーン”……」


 俺はその言葉を口の中で転がす。聞いたことのない国だ。

 一通り周りを警戒していたミトナが戻ってくると、アルドラから降り立つ。


「ダナカーンは鉱石の産出量が高い国だよ。あちこちに鉱山がある。武器防具の生産についてもかなり盛ん」

「そうなのか」

「ん。周りは大丈夫そうだったよ」

「ありがとうな」


 俺がねぎらうとミトナは笑顔で応えた。


「よし、若干名ここに残れ。王都につき次第すぐに増援を送る。残りは王都に向けて出発だ。坊ちゃんを無事に届けることだけ考えろ!」

「ハっ!」


 ミトナの報告を聞いてガロンサはどうするか決めたようだ。全体に指示を飛ばしていく。

 一通り指示を出し終えると、俺の方を振り返り、迫力のある笑顔を向ける。


「残してって、人数減ってだいじょうぶなのか?」

「貴方の力に期待していますよ。アキンド殿がいればひとまずは大丈夫でしょう」


 いや、まあ、襲ってくる奴がいるなら確かに対処はするけどさ。


 俺が苦い顔になっている間にどんどん出発準備は進む。確かに死体を腐らせるわけにもいかないし、しょうがないか。


 俺は『腐る』という言葉が脳裏に浮かんだことで思いついた。

 亡くなった護衛の人が載せられている担架に近寄ると、静かにマナを練り上げた。<「氷」中級>の魔術で冷凍保存しておく。王都まではもつだろう。


「助かります」

「ルマル……。大丈夫か、馬車から出てきて」

「周辺は警戒してもらってますし。何よりじっとはしていられなくて……」

「そっか」


 俺に声をかけたのはルマルだった。低い声は落ち込んでいるせいだろうか。

 俺が冷凍保存した死体をじっと眺めている。


「ダナカーン……だったか、南の奴らしいな」

「ええ。おそらく作戦行動の一つでしょう」

「……作戦?」


 ルマルの言葉はガロンサとは違っていた。俺は思わず聞き返す。


「ええ。南部戦線は王都側の勝利で終了しています。ですが、ダナカーンが滅亡したわけでもありません。戦争は続行中です。王都は鉱石に乏しい。輸入に頼っています。ならば……」

「輸送そのものを潰す、ということか」

「ええ。おそらくそうでしょうね。この荷馬車にも素材が多く積まれていますから、目をつけられたのでしょう」


 ルマルは言葉を切った。その目に炎が燃え上がるのが見えた気がした。


「リーダー格だけは連行しましょう。王都は素材と同じくらい情報が必要とされているはずです。タダでは転びませんよ……」


 ルマルは決然と踵を返した。すぐに出発できるように馬車へと戻っていく。


 俺はアルドラに騎乗すると、ミトナに手を差し伸べる。ミトナを引き上げると後ろに乗せ、二人乗りになった。

 護衛も兼任するとなればこうして馬車の外に居ておいたほうがいいだろう。


 ゆっくりと馬車の車輪が回り始めた。王都に向けて進み始める。俺はルマルの馬車の隣にアルドラをつけた。進む速度を合わせる。


「ミトナ、知ってたらでいいけど、ダナカーンってどんな国なんだ?」

「ん……と、武器をたくさん作ってて、防具もたくさん作ってる」

「それはさっきも聞いた」

「あとは、砂がいっぱいある、らしい。行ったことないから、わからないところが多いよ」


 俺達の会話を聞いてルマルが連絡用窓を開けて顔を出す。


「ダナカーンはここから南、国土のほとんどがサナンカン大砂漠となっている国です。サナンカン砂漠を縦に割るように大山脈があります。この山脈より東が〝聖王国”。西が〝獣王国”ですね」


 俺は頭の中に地図を思い浮かべようとする。なんとなくはわかった。なんとなく。

 後で地図でも買ってみてみるとしよう。そもそも今まで地図を買わなかったのは何でなんだろう。自分でも不思議だ。


「南にあるサナンカン大砂漠では、大砂嵐によって貿易路が途絶することも多く、強力な部族がコミュニティを作って生活しています。それらの部族が連合を組んでいるのが南の実態ですね」


 南部連合ダナカーン。それが砂漠の国ダナカーンの実態のようだ。


「そもそも王都とは仲は良いとは言えませんでしたが、ここまで戦争になるほど悪くはないと思っていたのですが……」


 ルマルは腕を組むと考え込み始めた。

 王都にある豊富な穀倉地帯。南部連合にある潤沢な鉱石。お互いの好悪は別として、それらは貿易するのに適した商材だったはずだ。

 それが、聖王国がここまで暴挙に出る理由は……。


 やっぱ、勇者しかないよな。


 俺は頭の中にあの三人を思い浮かべた。

 特にリーダー格になっている勇者レンは自分の『正義』に酔っている。「聖王国の国民のために」などと言われただけでころっといってしまったのではないのだろうか。


 王様にしても、いきなり謁見の間に転移してきた勇者達を咎めるでもなかったしな。甘々なのは見て取れる。


「う~ん……」

「ん? どうかした?」

「いやな、勇者覚えてるか?」

「勇者?」


 ミトナは勇者セトを盾ごとぶっとばしていた気がするが、翆玲神殿跡地でいきなり遭遇しただけだ。知らないのもしょうがないか。


「まあ、そんなやつらがいるんだが。強いヤツが何人かいるだけで、戦争に勝てると思うか?」

「ん~……。戦場は、ひとつだけじゃないよね。私なら、引き寄せておいて別のところに主力をぶつける」


 何気にコワイことを言っている気がするが、ともかく、強い個人がいるだけでは戦争に勝てるほどの要因(ファクター)ではないわけだ。

 そもそも、その理屈だとエリザベータが居る時点で戦争に勝ち放題ではないか。


「やっぱ、何か……。別の何かがあるのか……?」


 呟きに返事はなかった。

 ゆっくりと進む一行の先、王都の偉容が姿を現していた。

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